羽村市文化協会が主催する、美術・工芸展を見てきました。生涯学習施設である、「ゆとろぎ」が開館して5年が経過しました。陶芸では6つの団体が出展されておられました。そのうち3つは、ゆとろぎが完成して結成された会だそうです。そしてそれらの会の指導者は、公民館時代から続けておられる先輩方とお聞きしました。
羽村でも文化・芸術の分野で、継承が着実に行われていることに感謝と感動を覚えました。人と交わり、土と格闘しながら自分のイメージを膨らませていく作業。何と素晴らしいことでしょう。
東日本大震災で、まちや経済の復興は最優先されなければならないのは当然のこととしても、このような文化・芸術を通しての人の心の復興が、あちらこちらで行われていくことが大切でしょう。報道を見ていますと、すでにそのような動きが各地で行われているようです。
羽村市文化協会の定期総会が開催されました。今回で6年目となります。平成17年6月25日に発足し、これまで羽村市の文化・芸術の振興に努めていただいてきております。
今回は6年間会長をお勤めになった方から2代目へのバトンタッチの総会ともなりました
。前会長をはじめ設立にご尽力された皆さまに心より御礼申し上げます。また、新時代への新たな挑戦にご期待申し上げます。
東日本大震災は、震災地のみならず周辺地域へも多大な影響を及ぼしています。羽村市もそうです。今は、自粛ムードから地域がどう活性化していくかが、テーマとなっています。
そのためには、人間の心の復興が大切であり、勇気と希望を内面から湧き立たせることが大切でしょう。その力こそ、文化の力であり芸術の力だと思います。
人間の復興からすべでは始まります。 がんばろう!日本! がんばろう!羽村!
羽村市の生涯学習施設「ゆとろぎ」は、本年で5周年を迎えました。また、その運営を支える「ゆとろぎ協働事業運営市民の会」も5周年を迎えました。
今日の夕刻よりその事業報告会があり、6年目へと突入しました。
生涯学習の中心拠点としてスタートした「ゆとろぎ」。当初より市民と行政が協働しての運営という考えがありました。その考えに共鳴して集って来られた方々が、「ゆとろぎ協働事業運営市民の会」の皆さま方です。
他にもあまり例の少ない協働事業であり、大変ご苦労されて今日まで事業を展開されてこられたと聞いております。皆さまに、心より感謝と敬意を表したいと思います。
私も、岡山から東京へと出てきたころ、文化団体で活動していたことがありました。そこで世界の文化・芸術に触れさせていただく機会に恵まれ、多くのことを学ばせていただきました。
これまで文化協会の設立、生涯学習施設のあり方等を積極的に提案させていただきました。それは、文化の力がその地域の力と成り得ると思ってきたからです。
市民と行政が協働して文化・芸術の拠点を運営するという事業が、今後ともさらに充実していき、市民の皆さまに喜んでいただけるよう、私なりにさらにさらに支援させていただく決心です。
いまこそ、「文化の力 人の力」を伸ばしていく時であり、それが勇気と希望の未来へとつながると信じています。
今晩、郷土史を探求されておられた平井英次先生の通夜に参列させていただきました。93歳でした。郷土史の他にも、防犯協会や地元神社などの振興に努められた地域の名士であられた方です。
平井先生は、『多摩の方言と随想』、『多摩の方言と人情』、『多摩の方言と生活』、『多摩弁暦』、『多摩地方の仕来』、『武蔵野国川崎村の歩み』、『玉川上水物語』の7冊の本を世に出されています。羽村を中心とする方言を、自らの足を使ってひとり一人に直接お会いして集積されていかれた探求者であられました。
先生の本に初めて触れたのは議会図書室でした。町会議員を務めておられたこともあり寄贈本があったのです。その後、手元においていつでも見たいと思い、直接先生より何冊か購入させていただきました。入院先にお邪魔させていただいた時、書籍に先生の花押まで書いていただきました。久しぶりに書くのでと言われながら、しっかりと筆をすすめられる先生の姿が忘れられません。
執筆を続けていく中で、言われなき中傷もあったとお聞きしました。それでも一貫して書き続けられたそうです。ぼくとつとした文章でありながらユーモアも交えた先生の文章からは、郷土をこよなく愛する誇りが伝わってきます。時が経つほど先生が残された功績は光を放っていくにちがいありません。
その後、何冊か拝受いたしましたが、直接そのお礼と感想が言えなかったことが心残りとなりました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。先生が遺された功績を大切に守り伝えていかねばと、強く誓う日となりました。
雪の舞い散る今日。ちょっと大げさなタイトルですが、そんなことを感じた一日でした。
午前中は、生涯学習センターにおいて、多摩地区特別支援教育研究会の「劇と音楽の会」が開催。羽村市からは羽村第三中学校が出演し、午後は司会にと活躍していました。「西多摩再発見フォトコンテスト NISHITAMA百景」も展示室で開催。また、お隣の幼稚園では作品展がひらかれていました。夕方には芸術関係の方と懇談。今日一日はどっぷりと文化芸術に触れさせていただきました。
幼児の作品に囲まれた世界を知っていますか。まるで別世界です。心が癒されます。勇気をもらえます。世界中の人に見てもらいたいと思いました。毎年楽しみの展示会。
写真展でも、心と自然との調和を整えてもらったようです。じっくりと拝見させていただきました。出展者の皆さまに感謝です。
文化芸術の振興がもたらす影響は、人間の心を耕すだけでなく、経済効果もあると言われています。約80年前のアメリカにおけるニューディール政策もそうでした。
人間の尊厳を大切にする社会の構築には、文化芸術の振興は不可欠です。これまで以上に、この取り組みを前進させてまいりたい。
成人の日にあたり羽村市でも成人式が生涯学習センターゆとろぎ大ホールで開催されました。新たに成人になられた623人の皆さまおめでとうございます。久々の友人との再会や互いに晴れ姿を撮影する光景がまぶしく映りました。希望の船出を心よりお祈り申し上げます。終了後は、羽村駅にて成人の日を記念する街頭演説会を開催させていただきました。
昨日の出初式に続き本日も羽村第一中学校の吹奏楽部の方が活躍され、ミニコンサートで新成人を祝いました。羽村第一中学校の吹奏楽部には恩があります。平成15年に初当選させていただいた翌年に、初めて羽村市の成人式に参列させていただきました。当時はスポーツセンターで開催されており、多くの方が成人の日の式典を厳粛にとり行おうとしている中で、一部の方が心ない行為をするのを目の当たりにして、とても残念に思いました。その後の議会質問で、成人式の在り方について、小中学生も参加して後輩の模範となるような式典をと提案をしました。その翌年の成人式では羽村第一中学校の吹奏楽部が参加され演奏していただきました。その年も一部元気のよい方が活動しそうになりましたが、吹奏楽部の堂々たる演奏の前におとなしくなりました。その後毎年市内の小中学校の吹奏楽の演奏が定番になり、厳粛な式典を盛り上げていただいております。今年はその先鞭を切った日本一の一中の吹奏楽部の演奏でした。勉学と部活の両立に挑戦される皆さん、本当にありがとう。
今日は2年に1回開催される、第16回松林(しょうりん)小学校の音楽発表会。生涯学習センター「ゆとろぎ」の大ホールで開催されました。
他の行事もあり後半やっとの思いで間に合いました。金管楽器と打楽器の合奏と合唱。今年最後の出演となる5・6年生が合奏とダンスで見せた「スリラー」はほほえましいものでした。全員合奏の「翼をください」も圧巻。おわりの言葉の児童の立派な挨拶。
羽村市で規模の一番小さな学校であるからこそ、教職員・生徒・父母・地域が一体となってまとまっているのでしょう。学校の芝生化も羽村市初で実施される。芝生の管理を地域の有志の方が快く引き受けてくださり実現となったと聞いている。
羽村市は以前より「音楽のあるまちづくり」を目指してきた。そのため各学校には他の自治体に比較して多様で抱負な楽器があるそうです。これは羽村市に赴任されて来られる学校の先生方が声をそろえて言われていることです。
今年の10月30日には、全日本吹奏楽コンクール中学校の部で羽村第一中学校が金賞を受賞し、見事日本一の栄冠に輝きました。また、10月9日の東日本吹奏楽大会の中学校の部でも、羽村第三中学校が銀賞を受賞。私も心から喜びました。
各小中学校は楽器が不足するとお互い連携をとりながら貸し借りをしている。中には他市から借りる場合もあるそうです。限られた予算の中で楽器の修繕費や維持費は決して安くありません。
ある中学では部活動費が一月2000円。それでも足りないので値上げと話し合っていると聞きました。以前より修繕維持費の相談はお受けしており、各学校の楽器の管理の様子、購入年代、修繕が必要な楽器などを直接見て廻り、議会で提案をしてきました。他の部活動との兼ね合い、財政状況もあるかもしれません。しかしながら本気で「音楽のあるまちづくり」を標榜するのであれば、それなりの取り組みを羽村市としても支援すべきであると思っております。引き続きこの事業を支援してまいりたい。


