午前中、「マンションの高齢化対策を考える」と題したマンション管理セミナーに参加してまいりました。マンション管理において建物の老朽化と居住者の高齢化という避けて通れない問題に対し、将来展望の必要性を改めて痛感するセミナーとなりました。
『東京の赤い雪』 東京大空襲、疎開の体験を通し、平和の尊さを謳いあげた児童文学作品。午後からは、東京の赤い雪のダンスパフォーマンス劇を鑑賞しました。原作は羽村市在住の児童文学作家、漆原智良氏。戦争体験者が年々減少していく中で、戦争の悲惨さを次の世代に語り残していきたいとの、平和への思いが伝わってくる内容でした。
夜は、多摩川で灯篭流しがありました。本年で30回目だそうです。時間の許す限り、地域のお祭りも3カ所寄せていただきました。わが街のことを考えている真剣な方が多いことに未来の光明を見た思いです。私も一緒になって頑張ってまいります。ありがとうございました。
今日は憲法記念日。午前10時より、護国神社の春季例祭に参列。平和であることの尊さを思い、戦争体験を次の世代に伝えねばと、遺族会の方々とお話する中で痛感。
羽村市では大雨洪水警報が出ているとのことで、その後、清流地域、玉川、根がらみ前等をパトロール。多摩川もいつもより増水していました。午後からは、雨が止んで、ひと安心でした。
途中、郷土博物館に立ち寄りました。4月末に訪れた時、季節展示の「五月人形と鯉のぼり」を見学。今回は、時間の都合上、先日見ることのできなかった展示を拝見。地口行灯(じぐちあんどん)100展という企画展で、7月1日まで実施しています。入場は無料です。
地口行灯は、人社の祭礼時に境内や氏子の庭先、玄関などに行灯を飾るものです。「地口」とは、駄洒落のこと。ことわざや有名な芝居のセリフなどの言葉を変えて楽しむ文化だそうです。羽村市でもお祭りの際は、今でも神社境内や周辺の家で見ることができます。
羽村でも以前、提灯店がありました。その提灯店が絵を供給していました。現在の地口行灯は、羽村市で最後の店となった羽村提灯店が、シルバー人材センターに48枚の地口絵原本のコピーを提供され、センターに登録している絵心のある人がコピーしたものに色を塗って売り出しているそうです。
年末のどさくさに紛れて、いったい野田政権は何を考えているのか。
政府が、原則としてすべての武器や関連技術の輸出を禁じた武器輸出三原則の緩和を決めたとの報道。私は耳を疑った。平和憲法を堅持し、世界平和の電源地を目指してもよい日本が、まるで逆行ではないか。
以下、公明党山口代表のコメント主旨を掲載します。
我が国では、国策として定着している武器輸出三原則を、今なぜ緩和、見直す必要があるのか。議論も説明も全く不十分だ。コスト増や歳出削減を目的とするのでは本末転倒だ。むしろ、どれだけ国際社会の理解が定着しているか、隠れた利益を説明すべきだ。拙速な判断には強い批判を浴びせなければならない。
わが国は憲法で海外での武力行使は一切行わないという国だ。そうではない国々とは国のあり方が違う中で、国際共同開発の技術的必要性やコスト削減だけを言い、こういう緩和を認めることこそが、今の政権に確固たる信念や見通しがないと言わざるを得ない。
今こそ、心して政治を監視していこうではないか。
さわやかな朝、地域の皆さまと共にラジオ体操。
7時からは、羽村駅にて朝の街頭演説。平和への強い祈りを込めて訴えさせていただきました。
午前中は福祉委員会主催のそうめん流し大会に参加。楽しいゲームを地域の子どもたちと高齢者の方が集って楽しんでおられました。そうめん流しにかき氷。暑い夏に、地域の大人たちからのプレゼント。
同じ地域に住む人々が交流し、食べながら会話を楽しむ。ここに平和の原点があるように思います。平和の光を地域から放っていく活動を、今後ども全力で支援をしてまいりたいと思います。
平和は、平和を望む人たちの地道な戦いの中で築かれる。私も平和のために戦う人であり続けたい。暑い中厨房や会館の入り口で準備をされる方々に交じり、固い決意を確認した日となりました。
深夜に火災発生の防災無線が流れ早速現地に。集合住宅1階の飲食店での鍋の空炊きで煙が出て、火災までは至りませんでした。
飲食店の多い繁華街と住居が混在する駅前の商業地域。火災予防も含めて、安心安全の取り組みが必要な地域です。さらなる改善に努力してまいります。
今日は、66度目の終戦記念日。心からの追善と哀悼を込めて祈りをささげさせていただきました。そして今日の日は、二度と戦争は起こしてはならないとの強い意志で、恒久平和に向けて誓う日でもあります。
戦争体験者の高齢化が進む中で、戦争体験の風化が危惧されます。私も戦争を知らない世代です。父母や祖父母、その年代の方より戦争体験は聞いてきました。さらに次の世代にも語り継いでいけるよう、具体的に取り組んでまいりたいと思います。
公明党の衆議院議員である池坊保子氏が書いたフランス視察のリポートを読みました。
日本の原子力安全規制行政への信頼が大きく揺らぎ、政府と東電の事故に対する情報公開も極めて不十分であった。何よりも対応が後手に回ってしまた。そして4月初め、国際原子力機関(IAEA)の事務局長が以下のことを表明されたことをきっかけに、フランス視察を決めたそうです。
事務局長の表明とは、東京電力の福島第一原発について事故前から取ってきた安全対策は、〝事故を防ぐには充分ではなかった″ とのこと。
この表明を受けて池坊さんは、フランスの原子力安全規制担当局である原子力安全規制機関(ASN)と、ASNを技術面で支援する放射線保護・原子力安全研究機関(IRSN)の職員と意見交換をしてきました。
ASNの主要任務について五つ挙げられていましたが、注目すべきは、「国民の広報」についてです。
フランスは、原発に伴う危険についての正確な情報が国民に伝わるようなしくみを作っていました。国、地方自治体、地域住民、そして原発を推進・運営する事業者らとの間で相互に意思疎通を図り、情報を共有できる場を設けています。
場合によっては、原発の危険性について理解した地域住民の不安や要望を踏まえ、必要があれば事業者は、原発に関する事業方針などの見直しを行います。このようにして地域住民との信頼関係を構築しているのです。
今回の大震災における日本での対応はどうであったのか。「地震が起きても、津波に見舞われても、原子力発電所は安全です」と原発の安全神話ばかりを強調してきました。フランスとは大きな違いです。
池坊さんはこの視察を通して、原発を推進する上で不都合な情報も、包み隠さず国民に知らせることがいかに重要であるかを再認識されたと語っておられました。
そして日本に帰国後、衆議院の文部科学委員会で、日本に原子力安全規制体制の見直しについて質問しました。質問では、フランスのASNのような強い独立性が確保された組織の重要性と、国民に対する情報開示の徹底を求めました。
私たちは、日本のエネルギー政策をさらに真剣に考えていかなければならない時をむかえているように思います。







