【今日の出来事】
寒い日が続いています。
午後からは小雨も降って、手もかじかんできました。
年末のご挨拶まわり。
大掃除やお正月の準備など、忙しく働いておいででした。
【公明新聞から】
政府は、自衛隊の中東派遣を閣議決定しました。
今回の中東派遣は、防衛省設置法の調査・研究です。
本来は防衛大臣の命令だけで可能でした
これを、公明党が主張して、世界中の「どこでも」「いつでも」派遣できる前例にすべきでないとしました。
地域も限定し、1年延長の度に閣議決定、閣議決定と活動終了は国会に報告義務を課しました。
シビリアンコントロールの徹底を公明党は求め、実現させています。
取集した情報は、日本の船舶に伝え、安全に航行する手助けをしていきます。
このような派遣をしなくても良いよう、中東の平和と安定を願いたいです。
【今日の出来事】
公明党青梅総支部として、IT講習会を開催。
引き続き、本年最後の党総支部議員全員協議会を開いて、来年に向けてのスタートを切りました。
来年も団結して地域のための、一人のために全力で働いて参ります。
【今日の公明新聞から】
公明新聞がシリーズ化した冷戦終結30年。
最終回の今回は、平和憲法の下で武力不行使の活動を展開してきた歴史的経過を綴っています。
いわゆる自衛隊の交際貢献の歴史です。
世界の中で日本がどうのように平和貢献するかとの命題。
一国平和主義を超えた先に、世界の中の日本が、どう生きるべきかが問われました。
憲法9条と海外派遣は90年代前半、日本を二分する問題でした。
公明党は、多国籍軍の後方支援のための自衛隊派遣は、違憲の恐れががあると反対して法案を廃案に追い込んだ。
一方でPKO協力法案に対し、公明党は参加5原則を主張ました。
PKO協力法案成立後、自衛隊はカンボジアに派遣され高い評価を受けました。
その後も各地のPKOに参加する中で、今では国民の8割以上がPKO参加に賛成する時代となりました。
世界の中で、平和憲法のもとで、どのように国際貢献するか。
日本は「武力不行使」の国際貢献という基本を堅持しています。
今後も注視していきたい課題です。
【今日の出来事】
夜がめっぽう冷えこんできました。
空気も乾燥する中で、インフルエンザ予防にも気を配りたい日が続いています。
市民相談の対応と座談の場、夜は忘年会と懇親を深めました。
困難や課題があるから挑戦できる。
しっかりと腰を据えて、来年に向かって前進したい。
自分自身への限りなき挑戦、これが来年のテーマになりそうです。
【今日の公明新聞から】
核軍縮をどのように進めるか。
その課題と展望を一橋大学国際・公共政策大学院長の秋山伸将教授に聞いている。
たいへん興味深い内容です。
「運動と政策は車の両輪」
「政策のない運動は、同じところをぐるぐる回るだけになる」
「市民運動を展開する上で、意識変革をどう実現するかが重要だ」
平和を願い、着実に政策と運動を継続していきたいと思います。
ご一緒にご一読ください。
【今日の出来事】
今日から師走。
一年が早いと思われいる方も多いのでは。
議会人としての12月は議会の月です。
目前にせまった議会の準備を開始。
全力で臨んで参りたいと思います。
午後からは病院にお見舞いに。一日も早いご回復を祈っております。
【今日の公明新聞から】
先日懇談会した方との対話から。
公明党は、日本の防衛にどのような考えをもっているのかとの質問を受けました。
そこで私は、個人的な考えとして、国際社会から日本を攻めた世界中の恥じだと言うくらいの国になる事でしょうとお答えしました。
日本の行動が、国際社会の中で平和国家として認知され尊敬されるようになる。
そのためには、政府だけでなく、政党としての平和外交も必要です。
文化・芸術・教育・環境・経済など各分野での活動も大前提となります。
今日の記事は、2016年の公明党中南米訪問から3年が経過し、その後の活動経過の中で平和外交が結実していった事例が紹介されています。
コロンビアとキューバの話題です。ご一読下さい。
【今日の出来事】
今日は都心でセミナーに伺う予定でしたが、体調を崩して欠席となりました。
楽しみにしていた講演会だけに残念でした。
また地元羽村市では、「西多摩で生きて逝く」地域包括ケアシステム講演会in西多摩が、西多摩地域広域行政圏協議会主催で、羽村のゆとろぎ大ホールで行われました。
空気が乾燥してきたせいか、喉が炎症をおこしたようです。
早めに直すように努めます。
【公明新聞から】
昨日の新聞に、川上高司拓殖大学教授のインタビュー記事が掲載されていました。
「大転換の時代に突入する世界」と題し、平和をどのように実現させてけば良いのかを語っておられます。
東西冷戦が終結して30年。
旧ソ連のゴルバチョフ書記長が時代を動かしたとの実感を持っています。
もうそんなに時が過ぎているのかと驚かされます。
「自由」「民主主義」「基本的人権」「法の支配」といった価値。
各国がこの価値観を共有することが大切と訴え、日本が国際協調の推進約にと期待を込めています。
また、国家間が平和であるというだけでなく、個人の平和が実現されているかが重要と指摘。
【今日の出来事】
今日も羽村市内ではイベントがたくさん開催されました。
小学区では学習発表会や展覧会、ゆとろぎでは保育展と力の入ったものばかり。
午前中は、自分の住んでいるマンションの理事会でした。
修繕工事をどのように進めるか等、皆でしっかり協議して進めています。
夕方は別のマンションの理事会に参加し、種々情報交換。
そのまま会合と訪問、市民相談と今日も一日が早く過ぎていくようでした。
【今日の公明新聞から】
戦争はまだ終わっていない。
当事者は、苦しみや悲しみを抱えて暮らしておられる。
親族がシベリア抑留者で遺骨収集をしておられる方のお話を伺った事がありました。
その方もシベリアに渡り活動を継続しておられます。
高木美智代衆議院議員が取り上げられたものも、大切な問題です。
人間の尊厳は、死してもなお守られるべきものだと思います。
国の体制強化に期待をしたい。

【今日の出来事】
午前中は、議会質問の聞き取り調査へ。
12月議会で取り上げる課題を住民の方にお話し、ご意見を伺いました。
午後からは、踊りの会のイベントに参加。
限られた時間でしたが、優雅で力強い舞いを拝見。
その後、奥多摩駅へ、みやのとおる候補の応援に。
奥多摩町議選での打ち上げ遊説に、塩田参議院議員、高倉都議会議員も駆けつけて下さいました。
みやのとおる候補も最後の力を振り絞って訴えておりました。
大勝利して、また東京都西多摩地域の地域の未来を語りながら、一緒に仕事をさせて頂きたいと思います。
最後までの応援をよろしくお願い申し上げます。
同時に、本日は青梅市長選の最終日でもありました。
総支部長として、河辺駅での浜中啓一候補の応援に伺いました。
塩田参議院議員、高倉都議会議員も応援のマイクを握っていただきました。
現職の青梅市長は、同時に8市町村からなる西多摩地域の広域行政圏の代表でもあります。
私が羽村市議会議長をしていた時、西多摩議長会の会長を1年間務めさせて頂きました。
その時、議長会の総意で、超高齢社会を迎えている地域で、広域で地域包括ケアシステムを進めるよう浜中市長に対して要請をしました。
これに対して、共通のハンドブックを作成したり、講演会も企画するなどその要請に応えていただいております。
これからさらに、連携を強化していく必要性が高まっています。
一つの自治体だけで解決できない課題は、広域連携が不可欠であり、その中心的役割を青梅市長は担っています。
その意味では、青梅市長を選ぶという選挙は大変重要な選挙となります。
最後まで、予断を許さない選挙ですが、勝利を信じております。
【今日の公明新聞から】
ハンセン病へのこれまでの国の取り組みは、まさに人間の尊厳と権利を無視した言葉にしたくない仕打ちを患者と家族にしてきました。
家族補償法が成立した今、改めて問い直したい。
私たちは、二度とこのような事を繰り返してはならない。
見て見ぬふりをしてもならない。

ハンセン病問題の全面解決
「最後は報われた」の思いを
「辞表」胸に首相官邸へ「控訴せず」貫いた厚労相

菊池恵楓園を訪れ、隔離政策の象徴「望郷の窓」などを視察した坂口副代表ら=2005年6月20日 熊本県合志町
それまで赤ペンでメモを取っていた厚労相の坂口力の手が突然、止まった。坂口は泣いていた。――2001年5月14日、ハンセン病国家賠償訴訟の原告団との面談で、元患者の老女が自らの半生を語った時の出来事だった。
9歳で発病。その日、離島の療養所へ。何年も「母に会いたい」と泣き暮らしたが、会えずじまい。亡くなったことさえ知らされなかった。

その後、同じ入所者と結婚。やがて子を宿すが、妊娠8カ月で強制的に早産させられ“殺された”。「小さいけど、元気な産声でした。自分の胸に抱きたかった。その時の泣き声が最初で最後。あの泣き声がいまだに耳から離れません」。想像を絶する話だった。
坂口は元患者らに深々と頭を下げ、謝罪の意を表した。「誠に申し訳ない思いです」。そして心に誓った。「絶対に控訴すべきではない」と。
熊本地裁の「国が全面敗訴」の判決に対し、役所の意見は「控訴すべし」が大勢だった。自民党幹部からも「控訴後に和解」といった声が流されていた。
だが、坂口の「この裁判は終わらせるべきだ。元患者の皆さんに『大変だったが、生きていて良かった。最後は報われた』と思ってもらえる最後のチャンスではないか!」との思いは微動だにしなかった。
そして、運命の5月23日。その朝の毎日新聞1面には「坂口厚労相が辞意」という見出しが躍っていた。それには坂口自身が驚かされたが、官邸に向かう車中の坂口の胸ポケットには、この朝認めたばかりの「辞表」が用意されていた。
朝9時、官邸で官房長官の福田康夫が言った。「改めて、お考えを聞きたい」。坂口が答えた。「控訴には絶対に反対です」。福田「それは、厚労省の考えですか?」。「官僚たちの考えは別です」と坂口。福田が重ねて聞いた。「大臣の考えと、官僚の考えと、どちらが厚労省の意見ですか?」。坂口は毅然として言い放った。「私が厚生労働大臣です。私の考えが厚労省の意見です」
首相の小泉が原告団に面談したのは夕刻。その直後、政府は見解を発表した。「控訴せず」と。
後日、財務相の塩川正十郎は、坂口に語った。「あの朝刊の1面記事は、首相には、ものすごいパンチだったよ」
「控訴せず」の政府決定を受けて6月1日、坂口は改めて原告団代表に会い、正式謝罪した。その後、坂口と厚労副大臣の桝屋敬悟(公明党)らは手分けして全療養所施設を訪問し謝罪した。
後に、坂口は語った。
「政治家は、自分を犠牲にする覚悟があって初めてできる職業。好きでやっている人がいるとすれば、それは政治屋である。そして、私は政治家である前に、一人の人間であり、医師である」
(文中敬称略、肩書は当時、2007年2月9日付 公明新聞より)
【今日の出来事】
視察2日目は仙台市に。
目的は、「RPA」の取り組みです。
RPAとは「Robotic Process Automation /ロボティック・プロセス・オートメーション」の略語。
ホワイトカラーのデスクワークを、パソコンの中にあるソフトウェア型のロボットが代行・自動化する概念です。
仙台市では、事業の効率化を目指し、最大95%の業務負荷軽減効果が認められたとし、本年7月より本格導入しています。
どこの自治体も職員数が減少し仕事量が増える傾向にあります。
いかにして効率化し、市民サービスの向上に向けられるか、大きな課題となっています。
これまでも、党としてRPAの導入を提案してきましたが、今回の視察でその効果を実感。
羽村市でも導入に向けて検討できるよう進めて参ります。
【公明新聞から】
公明党は、核廃絶に向けて結党当初から粘り強く活動を進めてきました。
その中で、大きな役割が期待されてきたのが、公明党が提言した賢人会議です。
これは、日本の有識者と海外の核保有国と非保有国と中立国の代表が、同じテーブルで対話するもの。
日本政府が橋渡し役を担う重要な機関です。
2017年11月27日に第1回を開催し、この10月21日に報告書が出されました。
対話の取っ掛かりは、核抑止論。
そこから安全保障と人道法に基づく新秩序の構想を模索していくもの。
高い理想を掲げつつ、粘り強い現実路線を着実に進む以外にない。
核兵器は明らかに、次の世代にとって、若い世代にとっての負の遺産である事は間違いないのだから。
【今日の出来事】
会派視察の初日。
今日は東松島市を訪問させて頂きました。
自治体として積極的にSDGsを推進しておられます。
SDGsは、国連が2015年に全会一致で採択した、持続可能な社会へ向けてのビジョンです。
2030年を目指して17の分野で169のターゲットを全世界で取り組みを開始しています。
東松島市は東北として初めて2018年にSDGs先進未来都市に選定されました。
2030年のあるべき姿を、「全世代型グロウアップシティ」として、全世代に住みよいまちを目指していました。
高齢化が急速に進む羽村市にとってもおおいに刺激となりました。
【今日の公明新聞から】
今月12日から25日は、政府などが進める「女性に対する暴力をなくす運動」期間です。
ストーカーDV対策のはか、暴力被害や貧困などの困難を抱える女性への支援について特集しています。
また、職場などのハラスメントを防ぐには、意識のアップデートが必須と、相模大学の白河桃子客員教授は指摘。
規制のないハラスメント後進国の日本。
一人ひとりの意識改革を、身近なところから進めていきたい。

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