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カテゴリー(国政・党・選挙など)

民主・自民・公明3党の幹事長・政調会長により、子ども手当の見直しに対し正式に合意しました。来年春から、児童手当が復活することになります。合意のポイントは以下の通りです。実施時期:2012年2月支給分から。所得制限の導入は来年の6月分から

支給額:3歳未満、3~12歳の第3子以降→1万5000円

      3~12歳の第1子、第2子と中学生→1万円

所得制限:年収960万円程度

所得制限世帯への対応:必要な税制上、財政上の措置を検討。来年度より対応開始

財源の一部は震災復興に当てる

以上がおおまかなポイントです。一部のマスコミでは政局がらみとの批判をしていた。はたしてそうでしょうか。

民主党政権に政権交代したその時の公明党のマニフェストには、児童手当の抜本的拡充を挙げています。しかも今回の合意とほぼ同じ内容なのです。公明党は当時与党。財源の裏付けもある政策であり現実的でありました。しかも他の子育て支援策も具体的に打ち出しているのです。

今日も盆踊りが市内で開催されていました。多くの子ども達も浴衣を着て参加していました。この子らがほほ笑み希望を持てる未来を、何としても切り開いていかなければなりません。

延長国会70日を決めた管内閣。決めたはいいが一向に開かれなかった国会が、本日やっと開催された。与野党の国対レベルで協議しても総理がそれを潰す。幹事長レベルで協議しても総理が潰す。与党民主党からも批判がでた。

政局の前に、真に国民に目を向けた政治をしなければなりません。今日の国会答弁を見ていても、被災者に寄りそい、真剣に取り組む総理の姿はついに見ることはできませんでした。

それでも公明党を代表して、高木美智代さんが現場の声をもとに、早期の復旧復興対策を具体的に進言していました。総理は与野党の色を越えて、政治をしてもらいたいが、無理なようです。一国の指導者が愚かであることほど不幸なことはないという現実を、私たちは一番大事な時に体験しているようです。

それでも、多くの国会議員の皆さん、党派を越えて、イデオロギーを越えて頑張ってもらいたい。

昨年初当選した参議院議員の竹谷とし子さんを迎え、党の支部会を合同支部会として市内で開催しました。

4人のメンバーで喧々諤々の議論を交わし全力で取り組んだ6月定例議会も昨日閉会しました。今日はその報告と、国政の取り組みを竹谷さんからお話いただきました。

東日本大震災の復旧復興の遅れ、福島原発の対応の悪さなど、政治不信は極まっています。新聞テレビでの報道でも、どちらかと言えば政局を中心としたものが多く目立ちます。

しかしながら、被災地に何度も足を運び、必死に復興を目指す自治体の首長や職員、あるいは地域の方々、民間企業の経営者など被災者の方の話に耳を傾け、政策提案を何度も重ねている公明党の活動は、ほどんど報道されることはありません。

公明党はこれまで9回にわたって復旧・復興支援の申し入れ、提言を行い、原発対応でも5回申し入れを政府に対して行っております。それは、形式的なものでなく、被災者の方々の刻々と変わる要望を受け、敏感に反応してきたものばかりです。

多くの公明党の地方議員も被災地に足を運び、支援しています。私も今回の選挙で当選させていただいた直後に行ってまいりました。この夏再び行ってまいります。

一人の人間として何ができるか、困っている人の為に動く、この政治の原点を行動規範として、引き続き被災地を支援し、羽村市の為にさらに働いていくことを誓った会合となりました。

テレビや新聞報道などを見るにつけ、政府の対応の悪さ、発言の二転三転で責任のなさが露呈しています。街頭演説をしているときも、政治家は何をしているのだと、お叱りの声をいただきます。一向に進まない震災対策をみれば、それも当然のことと思います。

リーマンショック前後より、明らかに深刻な市民相談が増えてまいりました。さらに今回の大震災です。羽村市民の方、被災されて来られた他県の方等、皆さまからの相談で真剣勝負の毎日です。

ご相談は、経済、雇用、病気、介護、離婚、子育て、環境問題など実に多岐にわったっています。大震災の復旧・復興が最優先課題であることは間違いありませんが、その狭間で悩み、苦しんでいる方がたくさんいらっしゃることも忘れてはなりません。

そのことが、国のリーダーから見えているのでしょうか。それとも別のことを見ているのでしょうか。自らの延命とパフォーマンスが見え隠れして、あまりにも情けない姿だ。

誰がなんと言おうと、悩み苦しむ方々に寄りそいながら、今日も、明日も私のやるべきことをやる、これに徹してまいりたいと決意しております。

昨日の読売新聞の一面トップ記事。子ども手当を廃止して児童手当を拡充する案が、公明党、民主党、自民党の実務者協議で基本合意したと報道していました。

我が家もそうですが、子育て中の家庭にとって、やっと落ち着くのかといった感じでしょう。国の政策が安定していかないと自治体も家庭も安定しません。与野党を越えて、現実的で現場からの政策を決めていっていただきたいと思います。

意外と知られていないことですが、もともと児童手当は子育てに悩むご家庭の声を受け、公明党の地方議員が提案し開始されたものです。その後、党として国会でもとりあげて国の政策となったものです。

これまで公明党が連立政権に参画した時代に5回にわたって拡充してきました。そして次は中学3年生まで実施という目標をたてていました。

子ども手当。ご存じのとおり民主党のマニフェストでいきなり出てきた政策です。これまで、児童手当をバラマキだと批判をしてきた民主党が、手のひらを返したような政策だったのです。

先日の幼稚園の式典でも参加された多くの方が、今政府が進めようとしている「子ども・子育て新システム」でも現場がわかっていないと皆さん困惑しています。

現場からの子育て支援を、現場からの教育改革を国には是非ともお願いしたい。

「国会が国民から遊離している!」毎日このような声を聞きます。被災地で今も途方に暮れて避難所で生活しておられる方のお気持ちはいかばかりか。

一国のリーダーは、国民の生命と財産を守ることが責務です。しかしながら、現在のリーダーはそれが著しく欠如しているとしか言いようがない。

東日本大震災という国難に対し、政局よりもまずは復旧復興が第一と皆で確認したではないか。その約束通り、公明党は速やかに多くの議員が被災地に赴き、直接の声を聞く中で、現場からの具体的提案を政府に申し入れてきたし、持てる情報も提供してました。

しかるに一国リーダーは、公明党の提案をはじめ多くの意見や進言に耳を貸すことなく月日ばかりが過ぎた。28もの会議や本部を発足して打ち合わせばかりに終始した。その結果、官僚の中枢はその会議の書類作成に追われたと言うではないか。どこに眼を向けているのかと言いたい。

しかもあれだけ政局含みのことは避けて団結して進もうとしている時に、一国のリーダーは大連立を野党に持ちかけてきた。連立構想は、政策協議を重ねて積み上げていくものであり、政局です。政局を持ちこまれた野党は戸惑ったでしょう。一国を挙げて復旧復興を目指し協力している時に何事かと思ったにちがいない。

福島原発の問題では、東京電力との連絡体制も不十分で信頼を失い、官僚からも外国や自国の国民からも信頼を失った。リーダーシップの欠如を一番認識していたのは、一番身近にいる民主党の議員たちであったのではないか。何よりも自党の議員から信頼を失ったのではないか。国の行く先を憂うならば、党内でリーダーの交代をすべきところであったが、そんな力も責任もなかったのでしょう。

公明党は3月から復興庁を設け、復興担当大臣に強い権限を与えて復旧復興にあたることを提案してきた。公明党のみならず、良識ある多くの方の共通認識だった。しかし、会議ばかりに明け暮れて決断をせず、今やるべきことを先のばしをしてきた。

だから不信任案出さざるを得なかったのではないか。誰が好きこのんでこの時期に不信任案を出そうとするか。愚かな指導者に率いられた民衆ほど不幸なものはない。それを変えるための決断だったのではないか。

解散などこの時にすべきでないことは明らかだ。にもかかわらず首相自ら解散をちらつかせ党内ににらみをきかせるという卑劣な手段に出た。そしてそのてん末が曖昧な辞任劇だ。

被災地も多くの国民も特別なことを望んでいるわけではない。やるべきことをたんたんとやってほしいだけだ。

直接被災地に赴き、その現状をこの目で見、そこでの声を聞き、羽村市内でも被災されて来られた方の相談に耳を傾けてきただけに、あまりにも情けない国会の現状に思わず乱筆になってしまいました。

選挙に当選した市議会議員の任期は4年です。羽村市議会議員の場合は、平成19年の5月1日から平成23年4月30日でした。つまり今日で任期が満了となったのです。

今回勇退された公明党の市議会議員も今日が最後となりました。12年間の活躍本当にお疲れ様でした。また、他会派でも勇退された議員の方もおられます。主義主張は違っても、市民の皆さまの付託を受けて活動されてこられたものと信じております。今後ともそれぞれの得意な分野で、社会貢献されていかれるものと確信いたします。心よりご検討をお祈り申し上げます。

また今回の当選者は、いよいよ明日からが任期の始まりとなります。心してこの4年間、働いていかなけれなりません。選挙広報やはがき、あるいは演説や相談などで述べてきた約束を果たすための戦いが始まります。

私もその一人として、責任と自覚をもって今日から明日へまい進してまいります。

統一地方選挙の後半戦が終了しました。羽村市でも18の定数に対して21人が立候補。まれにみる大激戦となりました。そして、今日の午後、当選証書授与式に参加させていただきました。

今回の選挙は、国難とも言うべき東日本大震災を受けての選挙となりました。自転車遊説とか自粛選挙というような表面的なことよりも、この人はどんな政策をもって立候補するのかを、心ある有権者は選択したかったのではないかと思いました。

だから私は政策を堂々と辻々で訴えさせていただきました。震災後の自らの行動とこれまでの実績、今後10年のビジョンなどです。花粉症で傷んでいた咽を酷使してガラガラになってしまいました。

選挙戦最終日の夕刻、羽村市の東天に大きく鮮やかな虹がかかりました。どんなに大変な時でも、人は希望を失ってはいけない、自らの力を信じて前に進むのだ。虹はそう語っているようでした。大きく弧を描いたその上を飛行機雲が一直線に登っていく様は、感動さえ覚えました。

私自身、さらに研鑽を重ね、多様な人々の中で人格を磨き、陽出ずる世紀を目指し、凛々しく立ち上がってまいりたい。

今日立ち寄った根がらみ前の水田は、一面が鮮やかな絨毯となっています。羽村市は40万球のチューリップが満開の季節をむかえています。多くの方が赤、黄、紫、ピンクなど様々な種類のチューリップを堪能していました。

このチューリップの球根は、私も毎年参加させていただいている市民ボランティアの手により一つひとつ植えられたものです。さらに農家の方の努力もあります。観光協会の方々の尽力もあります。皆さまに感謝です。

いよいよ明日は選挙の告示日です。7日間にわたる選挙活動が開始されます。皆さまと共に紡いできた実績と公約をしっかり語ってまいりたいと思います。

現在の公職選挙法では選挙期間中のホームページの更新ができませんので、このブログもしばらくお休みとなります。

ご覧頂いている皆さまに感謝し、また再開できるよう頑張ってまいります。

今日、「選挙広報はむら」が届きました。羽村市議会議員選挙を知らせる内容です。4月17日に告示され、4月24日が投票日となります。

大切な一票が次の市政の方向性を決定づけます。どうぞ投票所に足を運んでいただきたいと思います。また、当日都合の悪い方は、期日前投票が気軽にできます。4月18日から4月23日の期間で、時間は午前8時30から午後の8時まで、市役所分庁舎の1階で行っておます。

私も8年前に初当選させていただき、この期間皆さまと共にたくさんの実績を残させていただきました。現在のホームページに掲載させていただいている実績は、任期が4年ということでその後半の4年間での主なものです。

一人の声を大切に、さらに声にならない声を敏感に感じ取りながら、誠心誠意頑張ってまいりたいと思います。

清流地区から多摩川に向にて羽村の堰を望む桜

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羽村市 石居尚郎
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