午前中は、引き続き長期総合計画特別委員会。午後からは、以前、新型インフルエンザ対策や自転車対策等で訪れた武蔵野市役所に行ってきました。
今回は、総務委員会で防災安全センターを視察。平成19年7月にオープンした同施設は、阪神淡路大震災を教訓に、堅牢な災害活動拠点を計画。2階建ての西棟の上に免震構造の建物を増設する方式で建設。施設内には、指揮所機能、活動支援機能、備蓄機能など一局集中したかたちで集約されています。
我がまちをどう守るか。羽村市も安心・安全のための体制を強化する必要があります。今年度公明党として羽村市に提出した提言の3本柱のひとつが、「安心・安全のまちづくり」でした。さらなる努力をしてまいる決心です。
今日も長期総合計画特別委員会が開催されました。市役所に向かう途中で畑仕事をする中学生を見かけました。
農家の方は顔見知りの方。中学生にも「職場体験ですか」「頑張ってください」と声をかけました。今日で3日目だそうで、腰も痛いと言っていました。
毎日口にする食材が、どういう思いで、どういった苦労で実り、収穫されていくのか。その一端を体験できただけでも、かけがえのない宝となることでしょう。
中学生の職場体験の意義は、生徒一人一人が、さまざまな体験活動を通して、「学校で学んでいる今をどう生きるか」について実感をもって学び、働くことに対する意味付けを行うことに重要な意義があると羽村市の教育委員会は位置づけています。
それど同時に、働くことにより学ぶことの意義を感じとることもできるでしょう。日本が生んだ大教育者、牧口常三郎先生は働きながら学ぶという、半日学校制度を提唱されました。今から81年も前のことです。
さらに羽村市教育委員会では、中学生がさまざまな職場体験を通じて、人と人との出会い、社会とのかかわりの中で働くことの意味付けを行い、体験を通して学び、実感を伴った学習活動ができるよう「職場体験サポート事業」を計画しております。
この事業は、市内公立中学校2年生全員が5日間の職場体験学習を実施するものです。平成23年度は5月に1校、10月に1校、11月に1校の延べ528名(予定)の生徒が、学校での生活を離れ、連続した5日間をさまざまな職場に分かれて体験活動を行います。(羽村市のホームページを参照)
私が出会った中学生は、まさにこの体験活動の最中だったのです。未来を担う青少年の前途を限りなく応援したい、そう思いながら、朝の道を走り抜けました。
“ 百折不撓 ” 何度失敗しても、志しを曲げない。百回折れても、絶対に負けない心。私が大学時代から座右の銘にしてきた大切な言葉です。
今日の新聞に、私の大切な友人の体験が掲載されました。友人からは以前より予定を聞かされていましたので、楽しみにしていました。
氏は、30歳の時に友人と共に会社を設立。46歳で独立。ところが一昨年、不景気の波が押し寄せ廃業を余儀なくされた。年齢はすでに60歳に届こうとしていた。
ハローワークは長蛇の列。これまで培ってきた経験を生かせる求人は皆無。年齢的にも厳しい。希望条件をどんどん下げても先が見えない。それどころか30社・40社と書き送った履歴書は、返送され山と積まれた。これまでの人生がすべて否定されたように思い、心が折れた。
様子がおかしいと家族が気付き、心療内科へ。うつ症状の診断。それでも負けないと薬を服用しながらの挑戦。そこには家族や多くの友人の温かい励ましがあった。
送った履歴書は70社を超え、面接できたのは、そのうちの2社。それも採用されない。
「絶対大丈夫!」 「われら壮年の灯台に!」 この友の励ましに奮起。息子さんから父の日にもらったプレゼントが支えに。そうした中、職業訓練校で資格を取得し再就職を目指すことに。
入学の競争率は3倍。もう一人の息子さんが教師役となるなど、家族で父である氏を応援。そして昨年10月、見事合格。たくさんの資格を取得して、本年3月卒業。そして、この6月ついに正社員採用を勝ち取った。就職活動開始から一年半後のことでした。
年齢に関わらず就職の悩みをもつ方は多い時代。私のもとにも相談は寄せられています。自信を失い、希望を失い、目的を失い、何もかにも失って来られる場合もあります。
じっくりとお話に耳を傾け、温かく寄り添いながら、一歩、また一歩と、階段を一緒に上がり始めるような気持ちで接しています。決して無理を強要するつもりはありません。ただ、自分の心の中に、わが生命の源に、折れても、折れてもくじけない「負けじ魂」が誰にでも本来備わっていることを自覚することが大切と考えます。
勇気と希望を私にも、そして多くの方に与えてくれた友に感謝。今回新聞掲載された友人にも、これからも山も谷もあるでしょう。それでも百折不撓で生きていく限り、人生勝利の歴史が輝くことを確信しています。本当にありがとう。
朝一で市民相談の対応を済ませてから、市役所へ。今日より9月以来の長期総合計画の特別委員会が連続して開かれます。本日は、序論と基本構想の前半を審議しました。
議会対応の打ち合わせの後、午後2時ごろ議会改革の先駆者である、本村幸四郎氏が来訪。本村氏と初めてお会いしたのは、北海道の栗山町で偶然ご一緒に視察をさせていただいた時でした。
三重県伊賀市で市議会議員を8期務められた方です。議員主導で市町村合併を推進し、議会基本条例、自治基本条例を制定し、住民自治協議会も設置するなど、数々の改革を推進して来られた先駆者です。
氏は、現職時代は伊賀市において多数の視察を受け入れ、各地域で議会改革などの講演を重ねるなど、全国に議会改革の波をおこされました。
私も会派視察と委員会視察で2度伊賀市を訪問。そこでの視察報告を委員会を代表してさせていただいたことが懐かしく思い出されます。
氏との対談は多岐に話が及び、あっという間に3時間が経過。地方分権が進む中で、議会の役割は増大してくる。政策を立案し、ビジョンを持ち、未来志向できる議員が求められている等、議会改革についても貴重な意見交換ができました。
これまで羽村市も4度にわたり議会改革が行われてきました。さらなる高みへと、議会総体として挑戦していく覚悟が必要です。議会が変わればまちも変わる。それを現実の中で体現できるよう、新たなる戦いを開始してまいります。
TPPの問題も、消費税の問題も日本国内で議論がないまま、なぜ海外で態度表明をするのか不可解である。鳩山総理の時にも二酸化炭素25%削減をいきなり発表したが、はたして今はその取り組みは具体的にどうなったのか。これは市民の方との対話からでてきた話です。
さらに年金に至っては、無責任極まりない。民主党が野党の時代、年金問題を政局化してしまった。政権を取ると年金の一元化は40年後だとうそぶいた。そして今回の支給年齢引き上げの問題。どこまで我々の年金をいたぶるのか。いいかげんにしてほしい。これも別の方からの怒りの声です。
日本の社会保障制度を国民のために真剣に守ろうとする姿勢が全く感じられません。皆さん老後の不安を抱えています。国会議員は命を張ってこの制度を守ってもらいたい。与党や野党とか言っている場合ではありません。
我々地方議員は、毎日市民の皆さんの嘆きや怒りの声を聞いている。そして、共に悩み、共に祈り、共に行動している。現場のない、国会議員など不要だぞ。これもまた別の方からの厳しいご指摘。
今は非常時。政治家は命がけで戦う時。市民の皆さまとの対話の中で、引き締まる毎日です。
今日・明日と羽村市では産業祭が富士見公園で開催されています。市内外から多くの方が参加されておりました。友好都市の北杜市や八丈島から、また復興支援ブースもあります。何より羽村の農業・商業・工業・地域連携を知る絶好の機会でもあります。明日の天気が心配されますが、最後まで大成功をお祈り申し上げております。
文化祭もいよいよ大詰め。第三期の展示を見に、にぎやかな産業祭から文化薫るゆとろぎへと移動。生け花や水彩画、写真、パッチワークなど楽しませていただきました。
どの催しでも実行委員会の方や交通安全協会などのボランティアの方々など多くの人的パワーを感じた一日となりました。皆さまほんとうにありがとうございました。
夜は町議選の打ち合わせで奥多摩へ。
今日は友人にご招待いただき、3年に1回開催される現代アートの美術展に横浜まで行ってきました。題して、ヨコハマトリエンナーレ2011。国内外の現代アーティストの作品と横浜美術館のコレクションを堪能してきました。
かつて風俗店街であった地域が活性化に取り組んでいるという話を聞き、視察にいってきました。横浜市の黄金町の商店街です。ここではアートで活性化しようと空き店舗を利用して作品展などが開催されていました。「黄金町バザール2011」、今年で4回目だそうです。なんとかわが町を盛り上げようとする地域の方の心意気を感じて帰ってきました。また同時に、そのまち独特の雰囲気を変えていく難しさも実感しました。今後のご発展をお祈りいたします。頑張れ黄金町。
明日は、いよいよ羽村市の産業祭。我がまちの活性化も真剣勝負。頑張ろう羽村。
朝から小作台小学校の学習発表会を参観しました。最初は5年生が清里での移動教室について、「清里大好き!清里最高!」とのテーマで発表。
ガイドウクォークや酪農体験、キャンプファイヤーなど体験したことを自分たちの言葉で表現していました。最後に歌った、「清里の歌」の歌詞に、「私たちは、この自然の温もりに会いにきた」という言葉があり、とても印象に残りました。
どこで生まれた歌なのでしょう。昨日清里の羽村市自然休暇村に視察に行ったばかり。高根町や北杜市の皆さんにもご紹介したいと思いました。
まだ他の学年も拝見したかったのですが、護国神社の秋の例祭に参列するために学校を後にしました。羽村市の護国神社は、明治39年(1905)羽村出身で日清・日露戦争で戦死した人々の英霊を祀るために創建されたそうです。ご遺族の二度と戦争は起こしてはならないという叫びが心に染みました。
その後、党事務所で打ち合わせをして奥多摩に。奥多摩町議選の予定候補、宮野さんと住民相談の対応。その地域ならではの課題があります。現状を調査したうえで後日回答することを約し帰ってきました。
本日、総務委員会で北杜市に行政視察に行ってまいりました。視察前に羽村市の姉妹都市である北杜市の議員の皆さまと懇談。議長、副議長、常任委員会の正副委員長が出席され、今後の交流等について意見交換を行いました。
最初の視察先は羽村市自然休暇村。現在指定管理業者が運営をしており、その経営状況と課題等を聞き、施設内を見学しました。オープン以来23年が経過していますが、きれいに使用されております。老朽化した部分などは優先順位を決めて改修していく必要も感じました。その後は太陽光発電を視察し、夜には羽村に着きました。
なお、総務委員会の視察報告は2月に発行予定の議会だよりに掲載の予定です。帰宅後、市民相談がいくつか入り対応させていただきました。











