関東地方も梅雨明けです。いよいよ本格的な夏の到来。今年は特に熱中症にならないよう、お互いに注意してまいりましょう。
午前中から午後にかけて会派打合せでした。6月議会から9月議会へ向けて検討、調査を開始しました。何よりも皆さまから戴く声に真剣に耳を傾けながら、取り組んでまいります。
6月議会の通信をお配りしながら、懇談や市民相談。会う人ごとに、「暑いですね」と決まり文句の挨拶を交わします。暑くて大変なのは人だけかと思えば、自然界も大変なようです。
羽村市の根がらみ前にある水田も青々とした稲の上を、風が通り抜けていました。しかし多摩川から引いてくる水が不足しているようでした。梅雨も明けて、このまま雨が降らなければと農家の方も憂慮されておられました。
夜はポンプ操法審査会に向けて練習を積んでおられる、消防団を訪ねました。今週の日曜日が本番とあって、気合い十分でしたが、選手の方々はもはや限界を越えても頑張っておられました。日ごろより本当に感謝です。
被災地に絵本を送っている事業をされておられる方が全国にもおられます。私も早々に思い立ち、児童文学作家の先生方に相談しました。そのお一人が羽村市に住む漆原智良氏でした。その際、漆原先生は、童話作家の皆で希望がわく本を書くからねと、言っておられました。
その本が、昨日のブックフェアでお目見えしました。タイトルは、『希望がわく童話集 白いガーベラ』です。漆原智良氏を始め、内田麟太郎氏、高橋秀雄氏、三丘真理氏、金治直美氏、最上一平氏、高橋うらら氏、深山さくら氏の諸先生、また絵では、岡本美子氏、おのかつこ氏、進藤かおる氏、ひだかのり子氏、山中桃子氏が担当されておられます。
読書は無限の勇気と希望を心の中から湧きださせてくれます。多くの方に読んでもらいたい一書です。
もう一冊、勇気・元気がでる珠玉の言葉を集めた本も出版されました。『生きる力がわく珠玉の言葉 つらかんべぇ』です。「つらかんべぇ」とは東北弁で、「さぞ、つらいことだろうなあ」と相手に同情するときに使われる言葉だそうです。作者の漆原氏は、苦学生のころ立松和平のお父様からかけられた大切な言葉として紹介されています。
相手を励ます言葉の力は大きいものです。逆に心ない言葉で相手の心を傷つける場合もあります。最近辞任した大臣も、心ない言葉が原因でした。
最近、無責任に人を批判したり、勝手に評価する風潮があるように思えてとても残念です。その対極にあるのが、相手に寄りそいながらかける、励ましや共感の言葉です。このような時だからこそ、相手を思いやりながら、言葉を大切に使っていきたいものです。自戒を込めてそう思います。
今日の日中は、ほとんど羽村にいませんでした。午前中は、教育相談の打ち合わせ、午後はビックサイトに東京国際ブックフェアに行ってまいりました。
夕刻に小作駅に着き、そのまま「七夕祭り」を見てきました。地元地域の方がボランティアで開始し、今年で5年目になります。幼稚園や保育園の園児、または福祉施設の高齢者の方等に七夕飾りを作ってもらい、それを笹に付けて駅前に飾っています。駅を降りた方々は、なつかしい夏の風物を見て季節を感じておられました。毎年取り組んでおられる皆様に感謝です。
その後、ごのかみ幼稚園の夕涼み会を訪ねました。毎年この時期に開催されます。園児や先生方も浴衣を着きて、踊ったり花火を見たりと、夏の夕刻を楽しんでいました。父母会の皆さまやお父さんの会としてもやぐらの上で演技を披露。
ごのかみ幼稚園では父母が行事に積極的に参加し、親子で成長していくという伝統があります。子どもが幼稚園にいる時期はほんの少しの時間です。その宝のような時を子どもと共有していくことがどんなに大切か。それが後々の子育てに大きく影響していくように思います。
公明党の復旧・復興ビジョンの理念は、心の復興です。経済やライフラインの復旧ももちろん大切です。それでも、ここに住んでよかった。皆と共に新しい希望に向かって出発できる。こう思えてこそ、復興が成ったと言えるのではないでしょうか。その日まで、公明党は頑張り続けます。
さて、羽村市においても、「心の復興」は必要です。震災後にいただいているご相談の傾向として、寄り添いながら問題解決へと努力していく事例が増えています。心が弱ってきているのでしょうか。
大きな災害の影響とともに、遅々として進んでいない復旧復興、不誠実な政府の対応、放射能の恐怖と原因は種々でしょう。一定の方向に流されている社会の流れに呑み込まれているのでしょうか。
「一人の人を大切に」この政治の原点を胸に、今日も、明日も走ってまいります。
今日の午前中、会派4人で、学校給食センターを視察してきました。検便を2回実施し、細かい注意事項を確認して臨んだ視察。学校給食センターの衛生管理に万全を期すかたちで実施されました。
8年間の活動の内、一期目と二期目それぞれ2年で計4年間、学校給食組合議会で活動させていただきました。これまで、食物アレルギー対策や食育、地産地消等の提案もし、他の学校給食も多く視察してきました。それは、少しでも等しく児童・生徒に安全でおいしい給食を食べてほしいとの願いからでした。
今回の視察は、白衣と白帽子、白長靴、マスクを着用して、調理場に入らせていただきました。2階の事務所からはガラス越しに何度も調理場をみてきましたが、以前より調理場を直接拝見し、現場の方のお話を聞きたいと思っていました。
約6000食を毎日作る作業は、重労働です。室温も40を超えます。その中でチームワークよくテキパキと食材が調理され、箱詰めされ、それぞれの学校に配送されていきます。午後は、もどってきた食器を消毒・洗浄して明日に備えます。
毎日、安全な給食が食べられることはあたりまえですが、その陰には多くの人の真剣な取り組みがあったればこそ安全が確保されています。
さらなる高みに向かって、学校給食が充実していくよう、今後とも頑張ってまいります。
延長国会70日を決めた管内閣。決めたはいいが一向に開かれなかった国会が、本日やっと開催された。与野党の国対レベルで協議しても総理がそれを潰す。幹事長レベルで協議しても総理が潰す。与党民主党からも批判がでた。
政局の前に、真に国民に目を向けた政治をしなければなりません。今日の国会答弁を見ていても、被災者に寄りそい、真剣に取り組む総理の姿はついに見ることはできませんでした。
それでも公明党を代表して、高木美智代さんが現場の声をもとに、早期の復旧復興対策を具体的に進言していました。総理は与野党の色を越えて、政治をしてもらいたいが、無理なようです。一国の指導者が愚かであることほど不幸なことはないという現実を、私たちは一番大事な時に体験しているようです。
それでも、多くの国会議員の皆さん、党派を越えて、イデオロギーを越えて頑張ってもらいたい。
福島第一原子力発電所の大事故からまもなく4カ月がたとうとしています。いまだに多くの方々が避難され、故郷へ帰ることもできず、家族も離ればなれになり、これまでの日常生活の一切を奪われたままです。被災された皆さまの悲しみと怒りは、いかばかりでしょうか。住民生活だけでなく、地域の産業基盤までもが破壊され、復旧のめどさえたっておりません。
今回の原発事故は、ひとたび大事故が起きれば社会基盤が崩壊し、放射能汚染が拡大し、何十年、何百年と、生物への影響や環境への影響を受け、生存権さえも侵害されることを思い知らされました。
これまで公明党は、一昨年のマニフェストとして「緑の産業革命」を提言、また「地球温暖化対策の国際交渉等に関する提言」と、低炭素社会の実現を目指した提言を世に問うてまいりました。さらに約12年前、JCO臨界事故を教訓に、「原子力災害特別措置法」を公明党がリードして策定させました。今回の事故に対しても、この法律に基づいて、さまざまな対応が行われています。
今後は、全国にある原発の安全性の総点検を今すぐに実施し、徹底した安全規制の見直しを行うこと。そして、原子力安全委員会の独立性をさらに高めるため、公正取引委員会のような政府から独立した機関とすることも検討させる。さらに、より根本的には日本のエネルギー政策の方向性も見直していかなければなりません。
原子力発電に替わるべく「クリーンで安全な代替エネルギー」の実現に向けて、今こそ、人類の英知を結集して取り組んでいく時です。






