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バックナンバー 2011年 2月

そろそろ花粉の季節がやってきます。そう言っただけで、鼻がむずむずされる方も多いはずです。皆さんはどんな花粉症対策をされておられますか。

政治では、この問題に対しどのように取り組んできたのでしょう。公明党は、1999年「党アレルギー疾患対策プロジェクト」を発足させました。このころはまだ他党では、「アレルギーなど命に及ぶことではないだろう」などとこの対策を軽視する意見もありました。これに対して公明党は、2000年に国の取り組みの強化を求める1464万人の署名を集めて政府へ提出。こうした党の要望が実り、国のアレルギー関連予算が、2003年度には100億円を突破した上、治療研究体制の強化が図られました。
 近年では、2008年4月、公明党の前浜四津代表代行と1都8県(東京、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、神奈川、山梨)の各都県議員らが、花粉症対策に関する申し入れ書を政府に提出し、発生源対策の充実や予防・治療対策の推進などを求ています。詳細は省きますが、都議会公明党も積極的に推進し、東京でもそのための予算が計上され、花粉症対策が進んでいます。

かく言う私も花粉症。一日も早い治療体制の確立を願いながら、この季節を走り抜いてまいります。

黄色い花粉がいっぱい付いた羽村市内にある杉の木

今日は集中して3月1日から始まる議会の準備と市民相談の対応の一日となりました。会派での打ち合わせ後、さらに調査研究。いただいている市民相談をもう一度整理。どのように一人の声を受け止めて肉化していけるか、行動と思索の毎日です。明日も朝から行動開始!

8年前、市議会に候補者としてスタートしてから、昨年の秋で市民相談の件数は3000件を越えました。多くの皆さまの声を受け、一つひとつ真剣に取り組んでまいりました。生活現場の声は深刻です。今日もあるご婦人が国会の様相を見て嘆いておりました。いったいどこを見て政治をしているのかと。今後とも心のアンテナをピンと張って、現場を走りぬいてまいりたい。

羽村市の水道水は地下水をくみ上げて、市独自で水道事業を営んでいます。今年で50年の佳節を迎え、今日は、記念式典が開催されました。羽村市の発展は水道事業なしには語れません。昭和30年代後半から40年代にかけて企業誘致をし、同時に工業用水、生活用水も充実させてきました。それまでは、多摩川流域周辺に集落が集中していましたが、水道事業開始により、これまで桑畑一面であった台地にも住宅や工場が建設されるようになり、羽村市は急速に都市化しました。先人の努力に感謝です。

さらに約100年前、水源林の経営は東京市が行うべきであると、当時の尾崎行雄東京市長の決断により水源林の経営が始まりました。水源林の保全により今でも豊かな水が湧き出ています。現在の繁栄があるのは、憲政の父、尾崎行雄氏らの先見の明によるものでしょう。100年前の先駆者に感謝です。「100年先の未来を真剣に考える政治家よ出でよ!」と尾崎行雄先生の声が聞こえてくるようです。

「水はむら」の学習発表会をする武蔵野小の4年生

「怒れる者の 歌が聞こえるか」 Do you hear the people sing ,singing the song of angry men?

レ・ミゼラブルの『民衆の歌』のイントロ。エジプトをはじめ中東では、民衆の怒りが爆発しています。民衆の声を聞かない政治への怒りです。日本でも民衆の声が届かない政治をしていると、日々怒りの声を聞いています。現場の声とかけ離れた子育て支援策、中途半端な景気経済対策、年金公約のまやかし、公約破りの地方への負担。国会中継を見るにつけ、こんな無責任な答弁を聞いたことがない。日本の民主党政権よ、もっと真摯に民の声を聞けと言いたい。

だからと言って、民衆の怒りが破壊へと進むのは不幸です。民衆の怒りは建設へと向かうべきでしょう。そのための地道な作業を、今日も持続してこう!

今日は節分。各季節を分ける意味があり、新しい季節の始まる日。羽村市でも各地で豆まきが開催されていました。明日は立春。羽村にも春よ来い。それぞれの新しい出発に向けて始動開始!

写真は、小作駅前で街頭演説をする前に撮影した羽村の夜明けです。

きょうは衆議院予算委員会で石井さんと高木さんが党を代表して質疑に臨み、社会保障制度と税制の一体改革、予算案・税制改正などについて政府の姿勢を質しました。社会保障制度の質問に対するいいかげんな政府の答弁に対し、国会のいしいさんも怒っていました。羽村のいしいも怒っています。

ドイツなどでは年金問題などの重要課題は与野党が政争の具にしないようにしているといいいます。日本ではどうでしょう。当時与党であった公明党が主導して「年金100年安心プラン」を実行した時、当時野党だった民主党は、まさに年金問題を政争の具にしてしまいました。あの時の年金改革があったからこそ、社会保障制度は延命したと、今では高く評価されています。当時は一部のマスコミも民主党の煽動に乗っていました。そこで起きたのが国民の年金不信の高まりでした。政権交代して、民主党が案を出す番になったらどうでしょう。今日の予算審議の答弁がそれを物語っています。政府与党が具体的案も出さずに、与野党で議論しましょうとは何事でしょう。公明党はすでに昨年末、社会保障制度の今後のあり方を具体的ビジョンとして発表しています。

何でも反対。一方的な攻撃。そんな無味乾燥な国会質疑を国民は望んでいません。この国をどうするのかという責任感を持ち、現場からの具体的政策提言を求めています。今晩もある壮年の方と政治談議になりました。国会中継も見るのもいやだ、政治家は信用できないと痛烈でした。日々生活現場の最前線で皆さまの声を直接お聞きしている私から見ても、不誠実な政府の政治姿勢にはあきれるばかりです。政治不信の根っこは政治家不信にあります。それを信頼に変えていけるのは、政治家自身の誠実な行動以外にないと、明日も寒風の中を走りぬいていこうと決意しました。

羽村産業ルネサンス。新しい産業振興に思いを込めた私の造語であり、一昨年の一般質問で使った言葉です。羽村の気質として、「進取の気性」とよく言われます。これまで羽村市は、時代に即した産業を生み出し、繁栄してきた歴史を持っています。あるときは蚕を飼育し、またあるときは養豚を営み、さらには企業の誘致を成功させ、今日の繁栄を誇ってきました。今再び羽村の先人達の気概と英知に学び、羽村の産業復興を新たなビジョンをもって興していく時であると思いから、「ルネサンス」の言葉を用いました。

本日はある経営者の方と懇談し、羽村の未来を展望したお話ができました。今後とも、さらに多くの方々と対話重ねていきたいと思います。

サイト管理者
羽村市 石居尚郎
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