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教育のための地域社会づくりをめざします!
7月12日 午後1時から 江差町議選『若山あきひろ』候補の事務所開きが明るく開催されました。若山候補は農業を営みながら、江差町議として議員活動を誠実に取り組んでこられました。定数12の中、15人立候補予定の少数激戦です。真夏の暑い最中ですが、私も精一杯支援していきます!全道全国の皆さんご支援よろしくお願いいたします。
5月8日から9日にかけて、青森県弘前市からJR五能線を経て秋田、秋田から秋田新幹線こまちに乗って角館へ。角館から秋田内陸縦貫鉄道に乗って鷹巣まで二時間半、車窓から秋田の新緑を楽しみました。秋田県は人口減少が著しく、消滅都市がほとんどと喧伝されているが…秋田の町はそれぞれの地域で自分たちの資源や財産を大切にしながら、本当に健気に頑張っていると思いました。五能線の八郎潟駅のある大潟村に米作を中心に収入も安定、農業を軸に雇用も安定していることから、秋田県では数少ない人口が増加安定している自治体の一つである。八郎潟に広がる広大な水田の夕陽が射している光景に秋の稔りを確信しました!
麗らかな春の陽光が降り注ぐ中、函館の十字街にある「(株)丸山園茶舗“お茶の多目的空間〜御茶の倉”」を訪問しました。社長の井ヶ田嗣治さんと春の昼下がり、素敵な御茶の倉で、茶の湯について、いわゆる茶道の三千家について、函館の文化と茶の湯について等、談論風発に語り合いました。井ヶ田社長は「自分は茶道の革新派であり、伝統を墨守することに対しては疑問を持っています。例えば、百万円の茶碗に安価な抹茶で淹てた茶と、廉価な茶碗に茶匙一匙千円で淹つたものではどちらが美味しいか?誰も答えを出せませんよね!楽しい時間は瞬く間に過ぎ、名残を惜しみつつ退出しました。
事務所に足を踏み入れると、発酵学者で“味覚人飛行物体”と自称する小泉武夫東京農業大学名誉教授の寄せ書きのメッセージが目に飛び込んできました!小泉武夫教授は知る人ぞ知る食魔。その小泉教授のお墨付きが、我が函館市の小田島水産食品の「木樽仕込みのいか塩辛」なんです。函館市は「いかの街」で、函館市の魚も「いか」です。小田島水産食品は大正三年創業、昨年百年を迎えました。小田島隆社長とは「発酵文化〜塩辛」をテーマにフォーラムをぜひやりましょうと意気投合。地域創成の起爆剤にしていきませんか!と意見が一致しました。
12日投票の道議選が明後日に迫る中、函館市区選出となる「しがたに隆」候補は「しがたには安泰」との逆風を突いて今日も渾身の遊説で声をからしています!最後の最後まで油断なく走り続けます!最後の最後まで逆転大勝利を信じて!
例年になく函館の街には2週間も早く待ち遠しい春がやって来ました!東京辺りでは桜盛りですが、北海道函館は長い厳しい冬が終わりを告げ、待望の春です。「冬は必ず春となる」です!今日は以前勤めていた中学校の卒業生が務める「レストラン“箕輪”」でランチでした。オーナーシェフの父・和幸さんの下でスーシェフとして支えるのが息子の圭祐さんです。岡田准一に似ているイケメンです。函館のガイドブックには必ず紹介されるフレンチレストランです。シェフの父・和幸さんはローストビーフで有名な「鎌倉山」で腕を磨いた方です。函館の方はもちろん、全国各地から食いしん坊が訪れる函館の名店です。
早春の駒ヶ岳を臨む道南の森町のグリーンピア大沼に会場に、「第14回“下の句歌留多”函館大会」が開催されました。私は「全国下の句歌留多協会函館臥牛倶楽部」の顧問として参加しました。大会長は、同倶楽部・顧問である しがたに隆北海道議会議員(函館市区選出)です。しがたにさんは多忙な中で時間をやりくりして駆けつけて、大会長の挨拶をしてくださいました。この下の句歌留多は北海道で独特に発達し、全道各地で行われています。札を取るスピードは老いも若きも真剣勝負です。札の並べ方、札を取る時のかけ声、相手方の札を取った時の独特のパフォーマンスなど、スポーツの大会?と勘違いするほどです。この大会には、遠くは日高から苫小牧、伊達、室蘭、長万部、そして地元・函館の全16チームが参加。白熱した大会となりました。私は開会式の中で「この大会を通して北海道の各地から同好の方々が集い交流し合うことは本当に素晴らしい。このような営みを大切にしていこうではありませんか!」と挨拶をさせていただきました。大会を夜9時から始まり夜通し続けられます。正に体力勝負です!
昨年(平成26年)11月2日、「函館の地域福祉を考える会」の主催で、函館市の万代町会館を会場ににぎやかに開催されました。町内の高齢者とお孫さん、親子連れなど三世代に渡っての和やかな交流餅つきとなりました。子どもたちにとっては杵を持って臼の餅をつくのは初めての体験であり、杵を降り下ろす度に歓声が上がります。我が家もそれぞれが公明党員である妻と長男次男の息子たちも張り切って参加しました。妻は子どもの頃は田舎で餅つきを経験しており、“あいどり”(杵で餅をつく度に餅をひっくり返して合いの手を入れる役目)を買って出ていました。私も杵で餅をつきましたがなかなか難しいものでした。