母は81歳で他界しましたが、死ぬまで機を織っていました。
晩年は脳梗塞を病んだこともあり「もう年だから、機織りは止めさせようか」と家族で相談して、一時は中断したこともありましたが、止めたとたんに急に老け込んでしまってね・・・
やっぱり好きなことを続けさせたらどうだろう、と再開させてみたら、織機に座るやいなや人が変わったようにしゃきっとして、「シャー、トントン」と、毎日楽しそうに織り始めて・・・、皆、びっくり仰天。
娘時代から黄八丈が好きで、それ一筋だった母。
機織り道具一式だけを嫁入り道具に嫁いできて、家計を支え、子どもを育て、自分達を大学にまで行かせてくれた母。
感謝の念とともに、黄八丈の果たした役割の何と偉大だったことか、今頃になってやっと気づきました。
さて、一昨日の黄八丈織物協同組合総会後の懇親会の時に、
「黄八丈の生産向上のために、分業体制を組織化したらどうでしょうね。糸繰り、整経、織り、とそれぞれ専門の担当者を決めて」と私が話題を提供すると、ある生産者から言下に否定されてしまいました。
「それは島には馴染まないと思いますよ。何故なら、どこかの部署に穴が開くと生産ラインがストップしてしまうから」とのこと。
「なるほど、幾多の経験の中から八丈島に合った製法が引き継がれてきたのだなあ」と感心してしまいました。