サッカーW杯「代表という至上の喜び」について 7164
昨日は終日政策懇談会。朝5時から見ました。サッカーW杯、日本 vs オランダ戦。感動の引き分け。キャプテン・板倉滉選手は青葉区出身。小川航基選手はお隣の都筑区出身。次のチュニジア戦。期待しています!
先日、日経新聞コラム「サッカー人として」に、W杯を前に三浦知良選手が「代表という至上の喜び」と題して寄稿されていました。
「メッシ(アルゼンチン)と君と、どちらがすごい選手だ?」。あるブラジル人はそう聞かれて「自分だよ」とあけすけに答えた。
理由は「俺はワールドカップ(W杯)を優勝している」。これはメッシが2022年にW杯を掲げる前のやりとり。皆さんからすれば「?」ですよね。でも本人は信じて疑わぬほど、ブラジルではW杯や優勝は最高のステータスなんです。
「僕がクオリティーをチームにもたらせるのであれば、代表でプレーをし続ける。どんなクラブでプレーするよりも、代表のためにプレーすることが僕の人生において最も大きな誇りだから」。クロアチアのモドリッチは前回のW杯で3位をもぎ取った試合でそう語ったと、人づてに聞いた。誰もがうらやむレアル・マドリードで中軸だった名手でも、そうなのだと。
ここで自分は生まれ育ち、学び、この家族、この人たちと戦禍も乗り越えて歩んできた、そういう人間なのだ――。クロアチアの人間であることの彼の喜びと誇りを、武力などではなくて最高の形で表明できる場がW杯なのだと思う。
人口は約380万人、規模では横浜市や静岡県と同等ながらもクロアチアはワールドクラスの選手を輩出している。自分の国の素晴らしさを知って、分かってほしい。人々の思いが選手に投影され、背中を押す。
思いと熱、それと共鳴するような選手の誇りと喜びを、これからW杯で僕たちは目にすることができる。そして日本代表の選手たちも、モドリッチと同じ思いでいると思う。ビッグクラブにいる身でも、日本代表よりすごいチームはない、代えられないものだ、と。
日本代表のユニホーム姿で応援する光景は風物詩となり、そこには懐かしい「ドーハの悲劇」時代の一着も、ちらほらと見かける。
でも僕は、外から応援する立場であのユニホームを着ることは、できない。袖を通すとしたら代表選手としてあの勝負の場に立つときだけにしたい。日常で袖を通すのははばかられる。自分には重みがありすぎて。
ともあれ、W杯は何にも代えがたい楽しみ、お祭りだ。失意と歓喜のドラマの幕はもう切られている。楽しみましょう。Bom festival! Aproveita!」
がんばれ、ニッポン!
昨日はご挨拶まわり、地元の会合等。うちの犬の名は「ピース」。他方、「ミュトス」とは古代ギリシャ語で「神話」「語られる物語」。世界を震撼させる物語になるのかどうか。
昨日から各業界団体との政策懇談会が始まりました。昨日は建設関連、薬剤師、ごみ収集等の各団体から材料不足、価格高騰、人手不足等、様々なお声。今後の議論の中で、できること、できないことがありますが、現場の状況を認識せずして、評価も行動もありません。声が大事。基本が大事。
昨日は区役所で青葉区選出の市会議員の区づくり会議の後、県議を含めた議員団会議等。街づくり、子育て支援、高齢者支援等々、多岐にわたり議論。私は持ち回りの座長で進行役でした。
昨日は田奈駅前で街頭を始めて30分で雨。撤収。その後、市民相談、断続的な打ち合わせ等。認知症の話に。長寿は大事。只、機能低下は抗えないので、誰かの助けも大事。「郵便物を開けない」「ハンコが管理できない」「不要なものをたくさん買っている」等々、様々な声があります。
昨日はご挨拶まわり、市民相談対応等。「巨人の阿部監督、どうなるんだろうね」との声。昨日も報道がありましたが、2週間前の監督辞任直後から、復帰を求める多くの声。ネットの影響力は大きいです。