安全・安心の横浜へ 「何を言ったかでなく、何をやったか!」

公明党 横浜市会議員(青葉区) 行田朝仁 (ぎょうた ともひと)

ゲームが舞台「ネットいじめ」について 5507

未分類 / 2021年12月7日

IMG_0370 (1昨朝、地元の小学校へ。学校における課題は様々ありますが、年々陰湿の度を増しているのが「いじめ」問題。ネットの底に入り、ネットパトロールでも見えなくなっています。

先日、日経新聞に「ネットいじめ、対策急げ 高校生8%経験、ゲームが主舞台」と題し仏教大学の原清治教授が寄稿されていました。かなりの積み上げをされた調査結果です。

「新型コロナウイルス禍の中で「ネットいじめ」が増えた。高校生のネットいじめの大規模調査を続けている原清治・仏教大学教授は、個々の学校の実態を踏まえた啓発活動が重要だと指摘する。

子どもの「ネットいじめ」が深刻な状況にある。文部科学省の2020年度の問題行動・不登校調査によると、小中高校のいじめ全体の認知件数は51万7163件で前年度比15.6%減る一方、ネットいじめは1万8870件で同5.3%増え、過去最多となった。

今回の調査では自殺した児童生徒数も415人で過去最多となっている(前年度は317人)。多くの子どもが「生きづらさ」を感じており、ネットいじめもその構成要素の一つであろう。

「見えにくい」とされるネットいじめを大規模調査により可視化することで、生きづらさを緩和できないか。そんな問題意識から、私たちは15年と20年の2回にわたり京都府と滋賀県の公私立高校の生徒を対象に調査を行った。対象は15年が約6万6千人、20年が約6万3千人である。

この5年間で高校生のネットいじめの実態はどう変化したのだろうか。

まず、ネットいじめの発生率(高校入学後にネット上で嫌なことをされたことがある生徒の割合)は、15年の5.2%が20年には8.7%に上昇した。増加は予想していたものの、ここまで増えたのは衝撃的だった。

注目すべきはその内容である。複数回答で最も多かったのは「オンラインゲーム」で40.7%。以下「ツイッター」22.8%、「LINE」20.8%、「メール」19.9%、「ブログ」17.9%と続く。前回15年はツイッターが最多(51.8%)で次がLINE(39.7%)だった。

15年調査では「ゲーム」の選択肢は設けていない。ゲームを経路にしたいじめが想定されなかったためだが、現在では参加者が対話できるチャット機能のあるオンラインゲームがネットいじめの主舞台となっている。

「下手くそ」「バカ」といったチャットでの罵倒や誹謗(ひぼう)中傷を高校生はいじめ(嫌なこと)と捉えている。大人の感覚ではそれは一過性であり、やりすごせばいい、と思うだろう。

だが、高校生の生活空間の中でゲームは相当な割合を占める。アイテムを脅し取るような行為もあり、そこで子どもたちはリアル(現実)のいじめと同様のダメージを受ける。ゲームだからといって看過はできない。

ネットいじめの相手を「特定できた」割合(「ほぼ」と「だいたい」の合計)は59.5%で15年の86.1%から大きく低下。一方、「全く特定できなかった」は前回の7.9%が31.7%に急増した。加害者の匿名性が強まったのも現在のネットいじめの特徴である。

これも、発生場所がツイッターなどのSNS(交流サイト)からゲームに移ったことの影響だろう。対策が急がれる。

学力とネットいじめの関係にも変化が表れた。15年調査では偏差値段階ごとに学校を分類した場合、学力低位、学力中位(偏差値51~55)、学力高位(同66以上)の3つの学校群で発生率が高い傾向がみられ、グラフがWの波形を示した。

20年調査ではWが崩れ中位群の発生率が抑制される一方、偏差値61~65の最上位に次ぐ層で発生率が高くなっている。これはどういうことか。

前回の調査後、私たちは中位群の高校で重点的にいじめ防止の啓発活動に当たった。その効果も一因と考えられるが、それだけではないだろう。

ここからは私見になる。学力で最上位に次ぐ学校群に分類される高校で、生徒に「もう少し元気がほしい」と感じることがある。この層の高校では、学校で「居場所がない」と答える生徒が多いとの調査結果もある。

塾などが最上位層の高校への進学をはやす・あおる傾向が強まり、それが内面化されたことで、不安やゆとりのなさが他の学力層の生徒の心に生まれているのではないか。大学受験への焦りもあるかもしれない。この点はなお分析中である。

2回の調査結果に共通する知見は、ネットいじめとリアル空間のいじめの間の強い相関関係だ。リアルないじめの発生が多ければネットいじめも多い。2つのいじめは「地続き」であり、リアルいじめをしっかり分析していくとネットいじめの発生も可視化できる。

実際、金品をたかる、強くたたくといった重度なリアルいじめと、からかいなどの軽度なリアルいじめの発生しやすさを学校群ごとに出して合計し、平均値を求めると、ネットいじめの発生率と符合する。すなわち、ネットいじめは重度・軽度のリアルいじめを併せ持つ構造となっている。

学力中位の学校群でみられたように啓発活動には効果がある。ただし、啓発はどの学校も同じようにするのではなく、その学校が置かれた社会的文脈に即してカスタマイズする必要がある。

私は啓発に入った高校で生徒に話す際、客観的なデータを基にその学校の長所と短所を伝える。例えば「居場所があると感じている生徒が多い・少ない」「部活加入率が高い・低い」などだ。その上でいじめ防止を呼びかけるようにしている。

これは意外に効果がある。生徒が自分たちの長所と短所を知らないまま「いじめは許されない」といった「べき論」を説いても、「自分ごと」として響かないのだ。

いじめは風船のようなもので、抑止が緩むと再び浮上(増加)してしまう。学校や学級の実態を踏まえた啓発を、継続的に進める必要がある。」

見つけることの難しい「いじめ」。何事もそうですが、指摘の通り「予防」こそが最重要だと思います。

公園掃除と「恩送り」について 5506

未分類 / 2021年12月6日

IMG_0370 (6昨朝、地元の公園で年に一度の大掃除。ご高齢の方から小さなお子さんまで町内の約50人の皆さんが集い、竹林の伐採、落ち葉拾い等々、汗だくの2時間。愛護会の皆さんのお陰でいつもきれいな公園ですが、さらにスッキリしました。

毎年続くこの取り組み。街の美化、災害対策、地域の絆、助け合い等、様々な点で意義を感じます。最後にはお手伝いした子どもたちにお土産贈呈。参加者から大きな拍手。とてもいい経験だったと思います。

先日、公明新聞コラム「北斗七星」が「恩送り」について記していました。

「2020年度の全国の小中高校生の自殺者数が過去最多になったという。コロナ禍で青少年にかかるストレスは「東日本大震災時に匹敵する」と指摘する心理学者もいる。深刻である。

『となりのトトロ』から『ゲド戦記』まで、スタジオジブリ作品のキャッチコピーを手掛けるなど、日本を代表するコピーライターの糸井重里氏。無名時代、ある紙媒体に発表した短い文章を当時、人気イラストレーターで一回り年上の和田誠氏に「あれは、よかったね」とほめられた。糸井氏は「それは、そのことで人生が変わってしまうようなことでした」と振り返っている。

実は和田氏も若い頃、「おれもそんなふうにほめられたことがあった」。尊敬する先輩から受けた恩を若い人に送る。「恩送り」は人生も社会も豊かにするだろう。

IMG_0370 (4ほめる人には助産師のような役割がある。「『ほめる人』はほめることにけちであってはいけない」。糸井氏が著書『ぽてんしゃる。』に記した言葉だ。

日本大学の末冨芳教授は「子ども・若者が大切にされる日本へ進化すべき時期であることを、政治だけでなく社会にも発信し、合意形成が必要な段階に入っている」(月刊「公明」9月号)と説く。子どもの幸せを最優先する社会、生きる喜びがあふれる社会へ、公明党が果たす役割は大きい。」

すさんだネット情報や偏った報道などに振り回されることの多い世の中ですが、人と人が会い、信頼や尊敬を感じ、心を豊かにしていく世の中が、豊かな社会をつくるのではないかと思います。

コロナによって失うものの大きさを感じます。

「脱絶滅」について 5505

未分類 / 2021年12月5日

IMG_0370 (4昨朝、元石川町での市民相談対応の後、美しが丘西の保木公園へ。広々とした敷地に各種遊具もある保木公園には、サッカーなどで利用される多目的広場もあります。そこは遊水地の一部となっており、増水時には公園が水没するよう設計されていますが、大雨のあとなど砂が移動し、側溝を埋めるという問題があります。昨日は地元のお声を伺いながら現場を確認。対策を検討して参ります。

一方、市内の遊水池の一部には、市によって「ビオトープ」と呼ばれる様々な生き物が生息・生育できる環境がつくられ、生物環境の保全を目的とした役割を担っています。大事な取り組み。

先日、日経新聞コラム「春秋」が「脱絶滅」について記していました。

「大都会の特殊な滅菌室にとじ込められて、かろうじて命をつなぐアフリカ原産の小さなカエル。武装した警備隊らに四六時中監視されているキタシロサイ。「絶滅できない動物たち」(大下英津子訳)には、種を守るための壮絶な取り組みが、いくつも紹介されている。

著者のM・R・オコナーは「脱絶滅」に挑む研究者たちに敬意を払いつつ、取材を重ねていくうちに大きな疑問を抱くようになった。「絶滅するに任せるべきだったのではないか」と。生き物を滅ぼすのと同じように、人間が救済すべき種を選別し延命する行為も、自然への干渉であり「生物圏を弄んでいる」というのだ。

果たして「脱絶滅」は善なる行為か。滅びた生き物を復活させれば自然は手つかずの楽園に戻るのか。飛躍的に進歩をとげる遺伝子工学はさらなる厄介な問いを私たちにつきつける。先ごろ米ベンチャーが約4千年前に滅びたマンモスを、ゲノム編集で甦(よみがえ)らせる計画を発表した。成功のあかつきには、北極圏に放つという。

彼らの言を信じれば、温暖化の抑制効果もあるのだとか。だが、自然という精巧なシステムは驚くほど微妙なバランスの上に成り立つ。ほころびを一つ繕っても玉突きのように別の所がほころびる。マンモス復活はかつてネアンデルタール人復活をもくろんだ天才科学者の発案による。それを聞くと、何やらぞわぞわする。」

この一文は、人間が「死と向かい合う」ことについても投げかけているようにも感じます。

死は必然ですし、目を背けるものでもないと思います。その価値観が人の深浅になっているようにも感じます。

不思議な人生。どう生きるかは人それぞれ。

歴史の鉄人は様々な言葉を残しています。

「人生は一歩一歩、死に向かっている」(フランスの劇作家・コユネイル)

「生涯をかけて学ぶべきことは、死ぬことである」(セネカ)

「死というものは、実は人間にとって最大の祝福かもしれない」(ソクラテス) などの言葉もあります。

また、ブルース・リーは、「柔軟であれ。人は生きている時は柔軟である。死ねば人は硬くなる。人の肉体であれ、心であれ、魂であれ、柔軟が生であり、硬直は死である」。なるほど。

ハリーポッターに出てくるアルバス・ダンブルドアは「心が整理された者にとって、死は次なる大いなる冒険にすぎないのじゃ」。

キリがありませんが、そういうことだと思います。

「回鍋肉」中国料理の世界史について 5504

未分類 / 2021年12月4日

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昨日は市民相談対応の後、市役所で各種打ち合わせ。時々、庁舎内に出店している「陳麻婆豆腐」でお昼をとります。特製ラー油とネギで炒めた回鍋肉ランチ。キャベツに味噌風味とは異なります。

昔、中華と言えば故郷の京都から全国へと広がった「餃子の王将」。進学で東京に出てきたころ、自分の中の「中華」が、関西の「餃子と酢豚の世界」から、「エビチリとシュウマイの世界」へ移った感じがしました。

先日、日経新聞の読書欄に「中国料理の世界史」(岩間一弘著)が紹介され、皿から見える政治と社会と題して記していました。

「ラーメン、ギョーザに麻婆豆腐。中国料理は食生活にすっかり溶け込み、「和洋中」は料理の3大ジャンルだ。日本だけではなく「中国料理は世界中に広がり、それぞれの国で独自の発展を遂げて国民食になったメニューも多い」という。食文化に詳しい研究者が各地の公的記録や新聞を丹念にたどり、中国料理の発展と変化を追った。

一般に、ある国の料理が他国に広まるのは帝国主義的な拡大路線と無関係ではない。宗主国は植民地に自国のメニューを持ち込む。あるいは植民地から珍しい食材や香辛料、そして料理そのものを取り入れる。

中国料理の場合は「そうした帝国主義の拡大とは少し異なる」という。そもそも広大な国土は地方によって調理法も味付けも大きく違う。国を代表するような中国料理が何か議論が盛んになったのは中華民国になってからだし、南京でよく食べるアヒルが「北京ダック」として世界に知られたのは人民共和国の時代だ。世界はそれ以前から、中国料理を受容していた。

シンガポールの海南鶏飯、ベトナムのフォー、タイのパッタイなど、中国料理の影響を受けながら各国を代表する料理に変化したものは数多い。「あらゆる国にチャイナタウンがあるように、各国に渡った華人が中国料理を伝えた。強火で炒めるなどの調理法は現地の食材を取り込みやすく、独自の変化を遂げた」

同時に受け入れ国側の権力が中国料理の普及に大きな影響力があったことも指摘する。たとえば、日本は台湾や中国大陸に勢力を拡大したことで、多くの中国料理が伝わったという。

「回転テーブルは日本発祥だとか、東坡肉(とんぽーろー)(豚の角煮)は北宋の詩人である蘇軾(そしょく)が発案したとか、食にまつわるフェイクロア(偽伝承)は多い。史料は少ないが、できるだけ原典にあたって歴史を調べた。調査は難しいが、皿から見えてくる政治や社会の変化は面白い」。

王将と陳麻婆で出される「回鍋肉」は全く異なりますが、どちらも美味しく、それぞれの文化を吸収して出来上がった一品。また、地元には昔ながらの美味しい「街中華」の店もあり、そこにも異なる文化の融合があります。

最近になって青葉区藤が丘に餃子の王将が出店。近いうちに行ってみようと思います。

第6波と災害への「備え」について 5503

未分類 / 2021年12月3日

IMG_0370 6昨日は質問調整、新たな都市活力推進特別委員会。横浜市では第6波に備えた様々な体制整備が続いています。基本は入院ですが、第5波のような急激に感染者が増加した場合を見据え、自宅療養も想定しつつ、必要な医療提供体制を強化。8月には「何日も保健所から自宅に連絡も入らない」との他都市についての報道がありましたが、本市では毎日連携しながら対処していましたので、そうしたことはありませんでしたが、第6波に向けた医療体制の整備と共に、正しい的確な情報が伝わるようにしていかねばなりません。

一方で、売るために手段を選ばない利己的なデマや偏重報道。それに乗じて不安を煽るような政治家は社会の敵だと思います。こうしたことにも備えが必要です。

ところで、今週の本会議で大地震が発生したことを想定し避難訓練が行われました。今朝の横浜震度3、今週月曜日の激しい突風もそうですが、自然環境の変化による災害への懸念が増しています。

コロナの影響で約2年止まっていた、地域の「リアル」防災訓練が少しづつ動き出しています。

先週末、青葉台連合自治会の防災訓練が、青葉台駅近くの公園で行われました。約2年ぶりの対面での開催。消防署、消防団も出動。本来は地域防災拠点となっている学校での開催ですが、まだ学校施設はコロナの影響で解放されていません。単位自治会では公園などで稀に行われてる防災訓練ですが、連合自治会ではまだの状況。しかし、災害への備えは待ったなし。そこで「やっていこう」との会長の決断。この気持ちと行動が「街を守る力」になるのだと思います。

只、こうした動きを、オミクロン株がまた止めるのかも知れません。

しかし、今できることをやっていく。これに尽きると思います。

多様性の時代こそ「現場」について 5502

未分類 / 2021年12月2日

IMG_0370 (1昨日も終日質問調整。一昨日、教育関係者との対話の中で「多様性」の話がありました。「子どもたちの多様性をどう受け止めて、伸ばしていくか。チャレンジが続きます」とのこと。一方で、今始まった話ではありませんが、22歳で大学を出たばかりの先生が担任をもってすべてに対応せざるを得ない環境があります。現実的に「仕方ない」とはいえ、授業だけでなく、子ども、保護者への対応等々、様々あります。多様性と共に「若い芽が摘まれないように」と思います。

他方、日経新聞の投稿プラットフォーム「COMEMO」で、現場主義で得られたことを意見募集していました。その結果を受け「多様性の時代こそ現場」と題して記事に。

「花王出身の本間充さんは、店舗で消費者の行動観察を行ったことが今に生きていると指摘する。例えば電車の中で乗客がスマートフォンを見る様子や女性がメークする様子など、何をしているかを観察するという。「現場で行動を観察し『なぜ』と考えることでヒット商品開発やマーケティングのヒントをもらえる」。多様性の時代だからこそ現場主義は重要だと主張する。

西村創一朗さんは、現場主義にもいろいろあるとの見方だ。トップダウン型ではないボトムアップ型の現場主義は、下手すると「現場迎合主義」になると指摘。日本でDX(デジタルトランスフォーメーション)がなかなか進まない理由もここにあると見る。西村さんはトップダウン型の意思決定と現場重視を併せ持つ「現場包摂主義」を提唱していた。

企業の働き方改革を支援するリデザインワーク(東京・港)の林宏昌社長は「現場の改善」などにとどまらず、イノベーションを目的とするタイプの現場主義に移行するには、現場で小さな実証実験を行うのが有効との見方だ。実際にサテライトオフィスを活用し営業の生産性を高める方法を開発したという。」

教育現場とは異なりますが、「多様性」を受け止めることと、「現場迎合主義」の違い。

「教育とは何か」「先生とは何か」。考えさせられます。

「一時停止しない交通事故」と「シェア交通」について 5501

未分類 / 2021年12月1日

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昨日、第4回定例会が開会。本会議の後、各種質問調整を続けています。それにしても冬本番の寒さになってきました。

先週、自宅近くで自動車同士の衝突事故。一時停止線で止まらず交差点へ進入した車が、直進車両に衝突。カーブミラー破損、ドライバーは大けが。救急車出動。一時停止規制も横断歩道もミラーもある交差点。信号をつけるほどの大きさ、交通量の場所でもありません。しかし、毎年事故が発生する地点。原因はいつも「一時停止線で止まらない」。どれだけ物理的な対策をしても、ルールを守らなければどうしようもありません。ここに限らず、徐行して停止線を越え交差点に進入し、適当に止まる様子を見かけます。とても危険です。

また、先週は戸塚区のバス停に車が突っ込み、バスを待っていた4人が巻き込まれ、45歳と56歳の女性が死亡するという事故が発生。警察は車を運転していた71歳の会社員を逮捕。現場付近の路面に急ブレーキを踏んだ際に生じるタイヤの痕跡がなかったとのこと。

先日、日経新聞「私見卓見」にITジャーナリストの佐々木俊尚氏が「シェア交通で低速化する都市」と題して寄稿されていました。交通事故を減らすことと共に、地域交通問題解決へのひとつの考え方かと思います。

「東京ではシェアサイクルやシェアバイクなど、公共サービスとしての低速モビリティーの普及が急速に進んでいる。例えばスタートアップのLuup(ループ、東京・渋谷)は電動アシスト自転車だけでなく電動キックスケーターのシェアリングサービスも展開しており、これに乗って移動している人をよく見かけるようになった。

9月からは、Shaero(シェアロ)という電動バイクのシェアリングサービスも都内で始まった。運営企業によると、シェアバイクは自転車とクルマの間を埋める可能性を持っているという。

カーシェアリングは借りたのと別の場所で乗り捨てることが難しく、街中をちょこちょこと移動するのには向いていない。そこで長距離=カーシェア、短距離=シェアサイクルのあいだをとって中距離=シェアバイクというすみ分けの可能性が浮上しているようだ。

シェアを中心とした公共交通としてのモビリティーが普及すると、都市の光景はどう変わるのだろうか。シェアサイクルもシェアバイクも低・中速である。いずれは道路デザインの再構築が必要になってくるのではないだろうか。

東京の歩道はよく整備され、車道ときちんと分けられているが、自転車レーンは有効活用されているとは言えない。歩道を猛烈な速度で突っ走る電動アシスト自転車もよく見かける。ここに電動キックスケーターや電動バイクなどが加わると、さらに混乱し、事故の危険性も高まりそうである。

フランスのパリでは8月、市内のほぼ全域で自動車の制限速度が時速30キロに設定された。以前から市内の6割で設定されていた制限速度が拡大されたそうである。大気汚染や騒音問題を軽減し、重大事故を減らしつつ、ウオーキングやサイクリング、公共交通機関の利用を促す同市の狙いがあると報道されている。

日本でも低・中速のモビリティーを普及させるのであれば、パリのように都市全域を低速化させていく必要があるだろう。高速で移動したいクルマは首都高速に上がってもらい、一般の公道では時速30キロ程度に制限速度を落としていく方向は、完全自動運転の実用化とともに、十分に実現可能な未来なのではないだろうか。」

 慌ただしい時期を迎えます。自分もそうですが、交通事故にお気をください。

「台湾ウイーク in 横浜」について 5500

未分類 / 2021年11月30日

IMG_0370 3昨日から「台湾ウイーク in 横浜」が横浜市役所アトリウムで始まりました。(12月2日まで)  台北市は横浜市のパートナー都市。コロナの影響が続く中、横浜で台湾気分を味わうイベント。ご都合よろしければどうぞ。

他方、台湾に限らず、コロナの影響で格差拡大が懸念されています。

先日、日経新聞が「格差拡大、二極化進む台湾人」と題して記していました。

「半導体大手の台湾積体電路製造(TSMC)。独走する技術で業績は近年、急拡大し、中堅クラスともなれば年収数千万円の社員もザラとなった。部門長クラスなら、優に1億円を超える人もいる。TSMCが過去1年間、賞与とは別に社員に支払った特別報酬は平均で約560万円。本社近くでは高級マンションが飛ぶように売れる。

街を走る高級車が非常に目立つ一方、台湾の初任給はいまだ月10万円程度。パートタイムの時給は500~600円ほど。平均年収は200万円前後にとどまり、庶民の足はもっぱらスクーターだ。

IMG_0370 4直近の2020年の調査によると、台湾の上位20%と下位20%の1世帯当たりの可処分所得平均額の差は6.13倍。3年連続で上昇し、格差は広がるばかり。二極化が進み、どんな台湾人と付き合うかで台湾の印象もがらりと変わる。時の流れは早い。」

時代も社会も止まることのない変化の連続。政治がすべてではありませんが、その役割は大きいです。

自分の人生も変化していないようで、毎日劇的に変化しているのが人間。

いいことも、悩ましいことも、色々あります。

SNSで高くなる「バカの壁」について 5499

未分類 / 2021年11月29日

IMG_0370 1 4先日、「バカの壁」「超バカの壁」を再読しました。いずれも養老孟司氏のベストセラー。「バカの壁」とは、人が何かを理解しようとする時にぶつかる限界のこと。 「話せばわかる」と思っても通じない。また、「人は知りたくないことに耳を貸さず情報を遮断すること」ともあります。

読むきっかけはYouTubeの「ホリエモンチャネル」で見た養老孟司さんとの対談。「SNSの普及でますます高くなる「バカの壁」」とのテーマ。見ていて「また読もう」という気になりました。中には次のような趣旨のやり取りがありました。

「小学校の時など、勉強を理解できていないのに、出来ているかのようなふりをする人がいる。(私のことかと思います、、、)

わからないまま大人になり、その人がSNSで誰ともつながるようになった。

普段まわりにはいないが、ネット上だと会う。本気で理解していない人がいる。

わかっていることの意味が分かっていない人がいる。

わかってないで発信する人がいたりしている人がいる、という共通認識が(世の中に)まだない。

SNSで発信したことに寄り添って欲しいと思ってる。

根本的に自分の意見にみんなが寄り添ってくれなきゃいやだ、というものがあって、正解を求めているというよりは、自分の意見が正解、自分の言っていることが正解、であって欲しいと思っている。

自分の視界で見えている範囲しか見えてない。

そうした人の殆どは、自分の意見と同じような人の意見しか見ていない。」

様々な声のあるホリエモンチャンネルですが、「なるほどな」と思いました。一般論ですが、自分のことが絶対正しいと思い込むナルシストは、言い訳上手で超ビビり。自分の周りだけをキレイにするので、そのうち人は離れていく。高い「バカの壁」があるのかも知れません。

いずれにせよ、動画でも、本でも、インプットなしにアウトプットはない。どうせインプットするなら、質のいいものをと思います。

先日、公明新聞コラム「北斗七星」が記していました。

「読売新聞社が実施した読書に関するアンケートで、紙の本と電子書籍で記憶に残りやすいのはどちらか聞いたところ、「紙の本」が74%、「同じくらい」が20%、「電子書籍」は2%にとどまった。

同時に、学校でのデジタル端末の活用について聞いたところ、「紙を中心にして、デジタルを補助的に使う」は37%、「(紙とデジタルを)同じくらい使う」が37%と並び、「デジタル中心」は23%だった。

しかし、文部科学省の有識者会議は昨年、今後はデジタル教科書を中心としていくと提案している。確かにデジタル教科書は、拡大表示、読み上げなど利点があり、それを必要とする子どもたちのため公明党が推進してきた。一方で、通信環境の確保や書く時間の減少などの心配から中心的な活用をためらう自治体もある。

公明党の佐々木さやか参院議員は、昨年11月の文科委員会で、「紙の教科書の良さの再認識を」と“紙かデジタルか”に偏らない活用を訴えた。これを受けて文科省は今年6月、それぞれの良さを適切に組み合わせるよう検討すべき、とする報告書を公表した。

佐々木議員の質問は、子どもの読書離れ、活字離れを憂えた教育に携わる支持者からの相談がきっかけだった。公明党は、これからも、大衆の声をエネルギーに進んでいく。」

新聞ですと、10年後に残っている全国紙は読売と日経くらいとされる昨今。

いい仕事をして社会に貢献して欲しいと思います。

白鵬「伝統と多様性」について 5498

未分類 / 2021年11月28日

IMG_0370 5新たな変異ウイルス確認。今も第6波の懸念は燻っていますが、過去にSARS、MARS、新型インフルエンザなど、世界で流行しても影響を食い止めた日本。今、横浜市でも検査能力、医療体制の拡充に力を注いでいます。感染対策、水際対策の徹底をと思います。

プロ野球・日本シリーズは、壮絶な戦いを制したヤクルトスワローズが20年ぶりの優勝。一方、大相撲は千秋楽を前に横綱・照ノ富士が優勝。強いです。いいのかどうかわかりませんが、モンゴル出身力士が日本人力士より日本人らしいものを感じることがあります。

先日、日経新聞コラム「春秋」が元横綱・白鵬について記していました。

「175センチ、68キロ。モンゴルからの少年に親方は「食べて、寝ていればいいから」と命じたという。牛乳も毎日、数リットル飲ませた。3カ月後、体重は80キロに。そこから猛稽古が始まった。大相撲で史上最多45回の優勝を誇り、先ごろ引退した元横綱白鵬の21年前の姿である。

食に関する取材に以前「私は母国にないお米のおかげで体を大きくできた」と語っている。モンゴルと交流する北海道滝川市をたびたび訪れて、192センチ、155キロの体で田植えを経験した。豊かな恵みを生む第二の祖国と人々への思いからか、東日本大震災の被災地で土俵入りを披露したほか、寄付活動にも力を注いだ。

しかし、14年の間、角界の頂点で日本古来の格闘技を支えた超人も、現役末期には、肉体の限界と理想のはざまで苦しんでいたとみえる。取組では危険なかち上げや張り手の多用が批判され続けた。本人は引退会見で「けがで理想の相撲が取れなくなった」と明かす一方「鬼になって勝ちにいくのが横綱相撲」とも述べた。

「人に優しく自分に厳しく、義理と人情を持った力士を育てたい」。師匠としての目標という。こんな言葉がサラリと出るあたりに入門以来の異国での精進がしのばれる。「伝統と多様性」。2つの対立や調和は今後、日本社会の様々な分野で議論となるはずだ。記録に彩られた元横綱の今後の歩みも大いに参考にしたい。」

スポーツに限らず、日本の様々な分野で活躍する外国からの皆さん。

「伝統と多様性」の調和。日本の未来をつくる、なくてはならない力だと思います。