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公明党 横浜市会議員(青葉区) 行田朝仁 (ぎょうた ともひと)

「ブラジル超える日まで」について 7191

未分類 / 2026年7月13日

昨日、一昨日と青葉スポーツプラザで青葉区サッカー協会主催の第62回少年少女サッカー春季青葉区大会U8,10,12の決勝等と表彰式が行われました。白熱した試合の連続。そして、W杯は準々決勝。日本代表は次に向かて走り始めています。

先日、日経新聞コラム「サッカー人として」に三浦知良選手が「師匠・ブラジル超える日まで 激闘に見た真の強さ」と題して寄稿されていました。

歴史を知り、経験を重ねた人だからこそ出てくる発想。勉強もそうですが、知識だけだと表面だけで、真の「教養」とは言えないと思うことがあります。全体が見えてこない。経験がなければ書けないものがある。その格闘があってこそ自分なりの発想が生まれる。知識と経験と発想の組み合わせがあっての真の「教養」。私なりに、カズさんからそれを感じます。

「自主トレの最中ではありながら、ワールドカップ(W杯)の日本代表については4試合すべて、一緒に戦わせていただきました。夜半だろうと早朝だろうと、もちろんブラジル戦も開始10分前には起きて襟を正し、国歌斉唱に間に合うように。

プロフェッショナルとしてのDNA、サッカーのインスピレーション、ハングリー精神や戦う姿勢、選手としての信念や誇りといったすべてを、ブラジルで培ってきた。そんな僕にとって、恩師・ブラジルと祖国・日本のカードは決勝戦だ。ラウンド32で当たっちゃうなんて早すぎる、どちらかをもう見られなくなるじゃないかと嘆きつつも、両チームの大ファンとしてあの90分間を見守らせていただいた。(中略)

日本が勝つ可能性もあった。一方で、ブラジルのサッカーを40年近く見てきたなかで、同じ相手にブラジルが2度続けて負けた場面が思い当たらない。

悪い状況でも好転させていける。苦しんでも最後には勝利に持ち込める。おそらくはそれが本当の力で、「力不足」という言葉の「力」にはそれも含まれるんだろう。

あの後半、ブラジルと日本が師匠と弟子の間柄のようにもみえた。前半に日本が師匠の胸に思いっきり飛び込んで「俺も成長したでしょう?」と突きつけたけれども、時間がたつにつれて「そうではないんだよ。サッカーとはこうやって勝つんだ」と師匠に突き返され、諭されたような。

「よく頑張った」「感動をありがとう」。一般の方々はそれでいいとしても、サッカー界としてはW杯をいろんな角度から突き詰め、検証していかないと。でなければ4年ごとに同じことが語られ、終わってしまう。「個の能力を伸ばさなければいけない」とは今に始まらず、20年近く唱えられていることだ。

選手起用、交代、戦術はどうだったか。ピッチで選手や監督は何を、理屈でなく体で感じたのか。ピッチ上の選手は、テレビや映像でみるよりも強い「圧」や力を体感するものなんだ。それはサッカー王国の無形の「経験」かもしれないし、カナリア色のユニホームの選手たちが背負う重みかもしれない。聞くべき立場の人たちが、ストレートに問いを投げかけ、議論を尽くしてほしい。

ブラジルと日本、どちらを応援するかを尋ねられたあるブラジル人がこう言った。「もちろんブラジルだが、ブラジルが日本に勝てばブラジルの勝利で、もしブラジルが日本に負けても、それはブラジルの勝利なんだ」。なぜなら、日本サッカーを育てたのは我々ブラジル人だと私は自負しているから、自分はうれしいのだと。弟子が強くなったのなら、育てた師匠としての喜び、「勝利」でもあるというわけだね。

語り主はジーコです。さすがです。そんな師匠たちにいつかは勝つときがくるでしょう。ただ、まだ早かった。今回、今日ではなかった。それでも、いずれ上回れる、あのW杯の舞台で勝てるときが来る。そう信じて、何回であろうとも師匠に立ち向かい、歩み続けていきたい。」

私は私の立場で、次世代が活躍できる環境づくりに貢献して参ります。