「国家より民衆が表現を縛る時代」について 7158
昨日はご挨拶まわり、市民相談対応等。「巨人の阿部監督、どうなるんだろうね」との声。昨日も報道がありましたが、2週間前の監督辞任直後から、復帰を求める多くの声。ネットの影響力は大きいです。
先日、日経新聞コラム「春秋」が記していました。
「日本からビートルズを叩(たた)き出せ」「亡国ビートルズ排撃」。横断幕を掲げた街宣車が走る中、英国の4人組は来日した。日本武道館で3日間計5回のコンサートが開かれてから今年6月で60年たつ。「神聖な武道館を不良に使わせるな」と反対した大物言論人もいた。
反対派の代表格、正力松太郎氏はその武道館の運営法人会長で読売新聞社の社主。コンサートを主催した2社のうち1社は読売新聞社だ。上がどう言おうと、日本に呼ぶ。現場にそう思わせる磁力が彼らにあったのだろう。この年を境に4人はレコードづくりに活動の軸を移す。日本公演は滑り込みでの実現だったわけだ。
後に一度だけ、映像作品の一部として一般人の前で演奏した。1969年1月、自分たちのオフィスの屋上から街に向かって新作を奏でたが、警官がやってきて終了。この建物が来年、彼らの博物館になるそうだ。昔の街並みを大切にするロンドンらしい。土地をカネのなる木とみる東京なら、とっくに消えていただろう。
4人は冗談好きで、特に「権力に対する陽気なからかい」(マーク・ハーツガード著「ビートルズ」湯川れい子訳)は光った。屋上の演奏もその一環といえるが、こうしたゲリラ公演はルール・マナー違反だとSNSで非難され今は難しいと、ある音楽評論家は語る。国家より民衆が表現を縛る時代。半世紀の長さを思う。」
自由と民主主義のために、デマと誹謗中傷は厳しく断罪すべきだと思います。