安全・安心の横浜へ 「何を言ったかでなく、何をやったか!」

公明党 横浜市会議員(青葉区) 行田朝仁 (ぎょうた ともひと)

「華夷の弁」について 6597

未分類 / 2024年11月27日

昨日、都筑区にある横浜市歴史博物館へ。「丘のよこはまー近代の村の歴史とくらし」との企画展。青葉区の歴史が見れます。写真は1936年(昭和11年)田奈村の柿の出荷風景。現在のJA横浜田奈支店、私が所属する消防団の小屋のある場所です。今年は青葉区制、都筑区制30周年。現在の青葉区と都筑区のエリアにはかつて谷状の地形「谷戸」が広がり、1889年に田奈、中里、山内、中川、都田、新田の6村が誕生。農作物の栽培や絹織物の製造が盛んな地域となりました。麦芽の生産も有名で、キリンビールやサッポロビールにも使われてきたそうです。

先人の尽力で大きく発展した青葉区。企画展では1994年に再編されるまでの状況などが展示されています。

故郷に誇りを持つ。大事なことだと思います。

先日、コラム「名字の言」が記していました。

「吉田松陰は「華夷の弁」(かいのべん)という教育理念をもっていた。自分の生まれた土地に劣等感を抱く必要はない。その場で励めばそこが「華」である、と。

それは、松本村(現・山口県萩市)という当時の寒村に漂う辺境の劣等感を克服するとの決意でもあった。“松下村塾のあるこの地から、必ず奇傑の人物を輩出してみせる”――この一念で松陰は明治維新の志士たちを育んだ(古川薫著『松下村塾と吉田松陰』新日本教育図書)」

「華夷の弁」は吉田松陰が松下村塾記で述べた言葉で、「国の最も大なりとする所のものは、華夷の弁なり。 人として最も大切にすべきことは、忠と孝の道である」。

場所ではなく人で決まる。人が出れば場所は輝く。

どこにいても、どんな時も「自分なんだな」と思います。

企画展は12月15日まで。ぜひどうぞ。