先日、日経新聞「直言」に一橋大学名誉教授の野中郁次郎先生がインタビューに答えられていました。「企業の失敗、野性喪失から」との見出し。名著「失敗の本質」を記された野中先生。今も昔も変わらない鋭い指摘が光っています。ご興味ありましたらどうぞ。
「日本企業は今なお「失われた30年」から抜け切れずにいる。画期的な技術や米「GAFA」のような革新的組織を生めず、世界から注目される経営者も現れなくなったままだ。何をどう間違えたのか。「失敗の本質」などの著書がある経営学の泰斗、一橋大学の野中郁次郎名誉教授に「失われた時代の本質」と処方せんを聞いた。
――企業にとって「失われた30年」の真因はどこにあったのか。
「雇用や設備、債務もその通りだ。しかしより本質をいうならプラン(計画)、アナリシス(分析)、コンプライアンス(法令順守)の3つがオーバーだった」
「数値目標の重視も行きすぎると経営の活力を損なう。例えば多くの企業がPDCAを大切にしているというが、社会学者の佐藤郁哉氏は最近、『PdCa』になったといっている。Pの計画とCの評価ばかり偏重され、dの実行とaの改善に手が回らないということ。同感だ」
「行動が軽視され、本質をつかんでやりぬく『野性味』がそがれてしまった。野性味とは我々が生まれながらに持つ身体知だ。計画や評価が過剰になると劣化する」
(中略)
「過去の成功体験があまりにも大きかったのが影響しているのかもしれない。刻々と変化する現実への対応を誤る傾向がこの30年、続いた」
――成功体験への固執という点では日本のバブルが絶頂に向かう時期に「失敗の本質」を出した。その後の企業のつまずきを予言したのか。
「当時はそんなことを意識しなかった。組織というものは本来、変化に適応できるかどうかが絶えず問われる。本で挙げたのは、旧日本陸軍の戦略のあいまいさ、短期志向、集団主義、縦割り、異質性の排除という点だ。今思えば過去30年の日本も、底流にある問題は当時の日本軍と変わらなかった可能性がある」
――コンプライアンスも過剰なのか。
「誤解を恐れずにいえば、事なかれ主義やリスク回避、忖度(そんたく)の文化が生まれやすい。『様子をみながら慎重に』などと悠長にやっていられない時もある。過剰反応は危うい」
――DX(デジタルトランスフォーメーション)、ジョブ型雇用、人的資本についても厳しい指摘をしている。
「人的資本経営といえば聞こえはいい。しかしヒューマンキャピタルという英語は人とモノである資本を同列に扱っているように感じられる。資本を作り出す主体が人間だ。人的資本のようなスローガンには形から入っている印象が否めない」
――では、成功の本質とはどんなものか。
「過去の組織、戦略、構造、文化を変える。そして我々はなぜここにいるかを確信できる価値と意味を問い直す。モノマネでは元も子もない。だから私は『考える前に感じろ』と訴えている」
「ソニーグループを再生した平井一夫氏(前会長)が、改革には『IQ(知性)よりEQ(感性)だ』と話していたのが興味深い。『感動』というパーパスで自信を失いかけた社員のマインドセットを変えたのだが、重視したのは共感だった。6年で70回以上もタウンホールミーティングをしつこくやったという」
(中略)
――かつての日本的経営に代わる成功パターンはみえてきたか。
「ここ数年、『ヒューマナイジング・ストラテジー』を提唱している。論理や分析が過多になった現代日本への警鐘をこめた。本来は人の営みである経営戦略に人間を取り戻そうということだ」
――日本にGAFAのような企業群がなかなか生まれない。
「知の体系の差といえる。われわれはなぜ存在するのか。存在目的を果たすのにどんな知の体系が必要かを、米国のイノベーティブな経営者たちは深く考え、構想できている。日本企業にも培ってきた研究や技術は多いが、それらを生かす構想力が必要だ。それがあれば何をやって何をやらないかの意思決定も速い」
――新型コロナウイルス禍やDX、マイナンバーで政治の世界も混乱した。国家運営での失敗の本質とは。
「時代が要求する方向でなく、取りまとめる人々が好む方向に進んでしまう傾向がコロナ対応などでみられた。失敗の本質で描いた日本軍の姿と重なる」
「ベトナム戦争の当時、米国防長官を務めたロバート・マクナマラはデータ分析を駆使したが、数値にあらわれないベトナム人の愛国心や強さを洞察することができなかった。独善的に戦略を立て、甚大な被害を出した。そのような戦略的ナルシシズムの誤りを犯さないことが国家のリーダーには求められる」
PDCAが『PdCa』になっているとの指摘。なるほど、と思いました。管理して、うまくいった気になっても、実行と改善がないので結果は伴わない。
また、客観性が欠落し、嗜好に任せた判断。合理性を失った感情的な判断が「失敗」につながるとの鋭い指摘。
了見が狭くなりがちな島国・日本。思想、信条といった面が薄いとされる日本。それゆえ、感情に任せた差別、いじめなどが横行しやすく、流されやすい。そして、拝金主義、効率追求が人の心をむしばむ昨今でもあります。
今の時代も変わらない「失敗の本質」がここにあるように思います。
だからこそ、人間主義を基盤とした公明党の役割が極めて大きいと思います。