安全・安心の横浜へ 「何を言ったかでなく、何をやったか!」

公明党 横浜市会議員(青葉区) 行田朝仁 (ぎょうた ともひと)

「脱絶滅」について 5505

未分類 / 2021年12月5日

IMG_0370 (4昨朝、元石川町での市民相談対応の後、美しが丘西の保木公園へ。広々とした敷地に各種遊具もある保木公園には、サッカーなどで利用される多目的広場もあります。そこは遊水地の一部となっており、増水時には公園が水没するよう設計されていますが、大雨のあとなど砂が移動し、側溝を埋めるという問題があります。昨日は地元のお声を伺いながら現場を確認。対策を検討して参ります。

一方、市内の遊水池の一部には、市によって「ビオトープ」と呼ばれる様々な生き物が生息・生育できる環境がつくられ、生物環境の保全を目的とした役割を担っています。大事な取り組み。

先日、日経新聞コラム「春秋」が「脱絶滅」について記していました。

「大都会の特殊な滅菌室にとじ込められて、かろうじて命をつなぐアフリカ原産の小さなカエル。武装した警備隊らに四六時中監視されているキタシロサイ。「絶滅できない動物たち」(大下英津子訳)には、種を守るための壮絶な取り組みが、いくつも紹介されている。

著者のM・R・オコナーは「脱絶滅」に挑む研究者たちに敬意を払いつつ、取材を重ねていくうちに大きな疑問を抱くようになった。「絶滅するに任せるべきだったのではないか」と。生き物を滅ぼすのと同じように、人間が救済すべき種を選別し延命する行為も、自然への干渉であり「生物圏を弄んでいる」というのだ。

果たして「脱絶滅」は善なる行為か。滅びた生き物を復活させれば自然は手つかずの楽園に戻るのか。飛躍的に進歩をとげる遺伝子工学はさらなる厄介な問いを私たちにつきつける。先ごろ米ベンチャーが約4千年前に滅びたマンモスを、ゲノム編集で甦(よみがえ)らせる計画を発表した。成功のあかつきには、北極圏に放つという。

彼らの言を信じれば、温暖化の抑制効果もあるのだとか。だが、自然という精巧なシステムは驚くほど微妙なバランスの上に成り立つ。ほころびを一つ繕っても玉突きのように別の所がほころびる。マンモス復活はかつてネアンデルタール人復活をもくろんだ天才科学者の発案による。それを聞くと、何やらぞわぞわする。」

この一文は、人間が「死と向かい合う」ことについても投げかけているようにも感じます。

死は必然ですし、目を背けるものでもないと思います。その価値観が人の深浅になっているようにも感じます。

不思議な人生。どう生きるかは人それぞれ。

歴史の鉄人は様々な言葉を残しています。

「人生は一歩一歩、死に向かっている」(フランスの劇作家・コユネイル)

「生涯をかけて学ぶべきことは、死ぬことである」(セネカ)

「死というものは、実は人間にとって最大の祝福かもしれない」(ソクラテス) などの言葉もあります。

また、ブルース・リーは、「柔軟であれ。人は生きている時は柔軟である。死ねば人は硬くなる。人の肉体であれ、心であれ、魂であれ、柔軟が生であり、硬直は死である」。なるほど。

ハリーポッターに出てくるアルバス・ダンブルドアは「心が整理された者にとって、死は次なる大いなる冒険にすぎないのじゃ」。

キリがありませんが、そういうことだと思います。