安全・安心の横浜へ 「何を言ったかでなく、何をやったか!」

公明党 横浜市会議員(青葉区) 行田朝仁 (ぎょうた ともひと)

応援も批判も「エネルギー」に変える力について 5463

未分類 / 2021年10月24日

IMG_0370 1 (4)昨日は公明党比例区の街頭活動と共に、みたに英弘候補の応援へ。午後には菅義偉前総理、高市早苗政調会長が続けて、みたにの応援で青葉台へ。前総理の演説では、みたにの実績と共に、携帯電話料金の引き下げ、不妊治療の保険適用について公明党からの声で実現してきた旨のお話もありました。これまでも河野太郎、小泉進次郎前議員など大物とされる方々が応援に。誠実な「みたに」候補の持つ力だと思います。「小選挙区はみたに、比例は公明」で勝利してい参ります。

政権選択の総選挙。街の代表選手を選ぶ闘いでもあります。昨日の日経新聞コラム「サッカー人として」に元日本代表横浜FCの三浦知良選手が、「その「否定」は自分にも」と題して寄稿されていました。

「ワールドカップ(W杯)最終予選のオーストラリア戦は家族総出で見守った。相手にFKのチャンス。「入らないから。絶対大丈夫」。みんなを落ち着かせるように僕が言う。どうしたことか、入っちゃった。もう僕の責任のように妻や息子から怒られる。「入らないっていったじゃない! どうしてくれるのよ!」

それぞれが熱い視線を注いでいる。戦術や采配を厳しくたたく人もいる。僕は自分にそのつもりはないはずでも、どうしても一緒に戦う仲間としてかばいがちになる。ときに冷静な判断さえ奪うあのプレッシャーも監督の苦労も、我が事のように感じ取れてしまう。

思えば「ドーハの悲劇」の1994年W杯米国大会予選は韓国、北朝鮮、イラン、イラク、サウジアラビアが一堂に会していた。政治信条の相いれない国々が同じホテルに滞在する。敵味方を1カ所にまとめればテロは起きないだろうとの配慮だったと聞く。漂うのは一触即発の緊迫感。

そのイラクも北朝鮮も、みんな願いは「アメリカへGO」。どんなジョークなんだと今となれば思うけれど、ああなるのもW杯予選ならではなんだろうね。

応援も批判もエネルギーに変えられるのが代表選手だと思っている。いろんな意見があっていい。批判を受け止めるのも僕らの役割のうちで、森保監督の浴びていた外圧も相当だっただろう。でもこれで彼はさらにいい監督になれるはず。

同世代の戦友である彼も含め日本代表という存在が批判されることは、自分が批判されるのと等しいと思っている。「日本人監督では無理。外国人監督でないと」といわれるとしたら、Jリーグができて30年、W杯に6回出場してもなお、僕ら日本サッカー全体がその程度だとダメ出しされるのと同じじゃないかな。

代表が批判にさらされるとき、チームや森保監督だけが責められているとは考えない。その否定は自分にも向けられている。代表の戦いは、実際にやっている人だけの戦いじゃない。悔しいですよ。

悔しいなら勝ってみろ。そうだろう。ならばその声さえ力に一段と頑張ってみせる。もしも代表が最低といわれるなら、招集されない僕らはそれ以下の最低だ。でも、最低には最低なりの生きざまがあるんだ。」

次元は異なりますが、選挙も、政治家も似たものがあるように感じます。