安全・安心の横浜へ 「何を言ったかでなく、何をやったか!」

公明党 横浜市会議員(青葉区) 行田朝仁 (ぎょうた ともひと)

「こんな時こそ、感動を」について 5367

未分類 / 2021年7月20日

IMG_0375 4 (3)昨朝は市が尾駅前での街頭演説の後、市民相談対応、市会で各種打ち合わせ。防災関連、介護関連等のご相談対応。現場は動いています。

オリンピック開会式を前にした先日のサッカー親善試合。日本代表が金メダル候補スペイン相手に1-1ドロー。昔では想像もできない話ですが、大会が近づくにつれ期待が膨らみます。コロナの影響を考慮して、今も大会中止の声を求める声もあれば、吉田麻也選手が五輪無観客の再考を求めるとの記事が大きく掲載されるなど、色んな考え方があります。日本国として世界に求め、約束して開催するオリンピック。開催、中止、どちらにするにせよ、個人的には、参加各国や他国のアスリートの声をもっと伝えてもよかったのではと思いました。「国民の命か、オリンピックか」との一部による「二者択一」の扇動的フレーズには分断の危険を感じます。

先日、日経新聞コラム「サッカー人として」に元日本代表・横浜FCの三浦知良選手の寄稿が掲載されていました。

「五輪マラソンで日本初の金メダリストは日本人ではなかった。1936年ベルリン大会で日本選手として優勝した孫基禎さんは韓国出身。その葛藤に引き裂かれたという。彼は88年ソウル大会で最終聖火ランナーの一人として、晴れて韓国人として走ることになる。

68年メキシコ大会陸上男子200メートル。表彰式で1位と3位の黒人選手が、黒の手袋をはめて拳を突き上げた。黒人差別への抗議だった。2位の白人選手もバッジで賛同の意を示す。物議を醸したことで競技から追放されるのだけれど、後に彼らの行動は正しかったと見直される。3人をたたえる銅像もできた。ただし白人が立ったはずの2位の場所には像がない。そこには肌の色や人種を問わず、誰でも立てるという願いを込めての空白だという。

五輪に紡がれた一コマが人の心を動かし、人間というものを問いかける。信じられない走り。言い尽くしがたいドラマ。それによって世界が一つになれる瞬間。積み重なったそれらに改めて触れてみると、途切れさせたくない気がしてくるんだ。サッカー界からすればW杯こそが最高峰で、アンダーエイジの大会である五輪に対する冷めた目が少なからずあるとしても。

感染症の流行で生活もままならないのに「五輪なんか」という意見があるのは当然だ。賛否を議論する権利も国民にはある。思うに大勢の人が気に入らないのは、国際オリンピック委員会にせよどこにせよ、上から目線で旗は振るけれど国民はないがしろ、その人たちだけが金もうけになるかのような図に見えてしまうからじゃないかな。感染の懸念うんぬんよりそちらの反感の方が大きいと思う。

旧国立競技場を埋める5万人の熱気が引き出してくれた力を知っている身としては、観客のいない閑散とした競技会が東京五輪の光景として記録されるのは寂しい。みんなが盛り上がり明るくなれる「場の効能」もあるはずなんだけどね。

感染者を1人出したら失敗なわけではない。1人も出さないことが成功でもない。「あんな風になれたら」、そんな何かをアスリートから人々が感じ取ってくれることを願う。こういう時だからこそ熱くなれる瞬間を、感動を。携わる人たちはみせてほしい、いまできる日本の力を。」

五輪の目的を知る人の言葉だなと感じました。

他方、昨日はイギリス「自由の日」とのこと。コロナ規制をほぼ撤廃。変異株が拡大する中、気になります。