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公明党 横浜市会議員(青葉区) 行田朝仁 (ぎょうた ともひと)

厳格な「球界の盟主」について 5272

未分類 / 2021年4月15日

IMG_0378昨日は市会で断続的な打ち合わせ。県本部での会議等。一昨日、プロ野球・楽天から日本ハムへ移籍した池田隆英投手が初勝利。大学の後輩。彼の苦労を見ていたので嬉しかったです。

私は1歳から19歳まで京都府宇治市で過ごしましたが、当時は王選手・長嶋選手などの野球全盛時代で、サッカーなどもマイナースポーツ。遊ぶときによくド草野球もしました。友達は大体「阪神ファン」。私は読売新聞販売店の息子で「巨人ファン」。友達は殆ど田淵選手の背番号「22」。誰が決めたわけでもなく、自分で決めて縫い付ける。私は王さんの背番号「1」。冗談のような本当の話で、22番の友達が22人以上いて、背番号1は1人だけということもありました。

今年の阪神は強いようです。

先日、日経新聞スポーツ欄「スポートピア」が、プロ野球のDeNA前監督・Aラミレス氏の「球界盟主の対抗馬は?」と題した寄稿を掲載していました。因みに、ラミレスさんは横浜在住。テレビでも紹介されていますが、障害をお持ちの子どもさんへの支援の関係で、時々横浜市役所にお越しになり、種々打ち合わせをされています。

「前回は監督生活で最高の決断を紹介した。では現役選手としてベストの決断は何だったか。2008年、巨人に移籍したことである。

前年までの7年間はヤクルトでプレーした。同じ東京を本拠地とするセ・リーグの2球団だが、そのカルチャーは対極にあった。ヤクルトは自由奔放な「エンジョイ・ベースボール」。かたや「球界の盟主」たる巨人は厳格で、とにかくルールが多かった。

まずは10年以上生やしていたヒゲをそらねばならなかった。ヤクルトでは遠征先でバスの出発時間に遅れても受け流してくれたが、巨人では置き去りにされ、罰金を科された。試合前のミーティングやウオーミングアップへの参加も義務付けられた。

当初はアットホームな古巣が恋しかったが、間もなく、この厳しさが巨人の強さの一因であることが分かった。3連戦で1勝すれば満足だったヤクルトに対し、巨人は2勝が最低ライン。原辰徳監督には「タンクトップと短パンで試合前の練習をするようなチーム(ヤクルトのこと)には負けたくないよな」と言われた。

補強において、多くの球団は予算との兼ね合いを考えるが、巨人は足りないピースの獲得が最優先事項だ。高い報酬をもらう選手には相応のプロ意識が求められる。巨人での4年間は私を人間的に成熟させてくれた。

今年、その巨人にDeNAから梶谷隆幸と井納翔一が移籍した。外野手と先発が手薄だった巨人には適切な補強だろう。成功の鍵は重圧との付き合い方にある。最も手ごわい重圧はファンでも首脳陣でもなく、自分の中から湧いてくる。うまくいかなくても下を向かないこと。本来の力を出せれば2人とも大きな戦力になる。

しかし、そんな巨人でもリーグ3連覇への道は平たんではない。私は今季、優勝に最も近いのは阪神だと考えている。(中略)」

継承される伝統は、組織によって様々あり、チームカラーとなって表現されることを感じます。

プロ野球と共にJリーグも盛り上がっていますが、成績不振の横浜FC・下平監督が解任され残念。勝負の世界は結果がすべて。責任のない勝負はないということを改めて感じます。次に向かって頑張って頂きたいです。