昨日、公明新聞が「コロナ病床の確保、必要な手だては」をテーマに、川崎市健康安全研究所・岡部信彦所長へのインタビューを掲載していました。読んで感じたのは、昨年2月の感染拡大時から、現場を知る専門家の声は一貫して変わっていないということ。「入院は重傷者に重点を置く」「司令塔を築く」などにより、他国と比して大きく死亡率を抑えてきた日本。横浜市でもそうした考え方のもと取り組みが進められています。
岡部先生はWHO西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長、国立感染症研究所感染症情報センター室長などを経て現職。内閣官房参与。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会のメンバーを務める方。ご紹介します。
「新型コロナウイルスの感染拡大で医療提供体制は深刻な状況が続いている。救える命を守るため、医療はどうあるべきか。喫緊の課題である病床確保を進める手だては。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会のメンバーを務める川崎市健康安全研究所長の岡部信彦氏に聞いた。
■逼迫状態が続く医療機関/救える命のため体制維持を
――緊急事態宣言の再発令をどう受け止めるか。
岡部信彦所長 人の動きを厳しく制限する対策を打ち出せば、感染防止の効果が出るのは目に見えているが、社会・経済への打撃は大きくなる。これまでの経験から、大人数で長時間、飲食をしながら、わいわい騒ぐような光景が感染リスクを高めることが分かってきており、そこでの感染から家庭にウイルスが持ち込まれている実態もある。これらを踏まえ、飲食店には申し訳ないけれど、感染拡大の原因となる場面を抑えるという意味で制限をかけることになった。
マスコミの調査によると、7~8割の人が緊急事態宣言の対象地域拡大を求めているにもかかわらず、一方では人の動きがあまり減っていない場所も結構多いのは残念だ。
――宣言解除には何が必要か。
岡部 一人一人の日常の注意と思いやりが大きな力になる。少しでも良い結果をつかむため、多くの人が今までよりも我慢のレベルを少しでも引き上げてくれるとありがたい。それができれば、より強い対策を出さずに済むだろう。とはいえ、事業や雇用を失うことがあってはならない。政治には、我慢をしている人たちが困らないよう目配りし、「小さな声」がつぶれないようにしてもらいたい。
――医療体制の現状は。
岡部 コロナ禍の影響で一般の患者が来ない医療機関がある一方で、逼迫状態にあるのは、救命医療を担い、コロナ対応に当たる病院などだ。コロナ患者を診ている医療機関は、どこもギリギリの状態と言えるだろう。病床を増やすには人の確保も必須だが、コロナに対応できる医師や看護師を急に手当てすることは難しい。感染症、呼吸器系、救命救急などの部門以外にも、いろいろな診療科に協力を頼むことになる。
しかし、日常の医療は当然、コロナへの対応だけでなく、産婦人科や脳外科、精神科などもあって初めて全体として成り立つ。多くの科がコロナに集中すれば、それ以外の診療が手薄になる。事実、出産を控えた妊婦が転院を迫られたり、交通事故などの救急患者の受け入れ先が見つかりにくいというケースも出ている。
コロナ禍であっても、交通事故などは実際に起きるし心筋梗塞も発生する。医療全般の体制を維持し、治療をすれば救える命を守らなければならない。
■入院は重症者に重点/病院ごとの役割を明確に
――病床の確保はどう進めるべきか。
岡部 まず感染者を減らし、結果として重症者を一人でも少なくしていくことが最優先だ。東京都では、医療機関が多く、コロナ患者への対応が分散して何とかできているが、医療機関が少ない地方では、分散が難しく、一つの医療機関で新型コロナの入院が増えると、たちまちに医療全体が圧迫され、一般医療のレベルが落ちかねない。
また、入院は重症者に重点を置くべきだ。ただ、自宅療養をしている際に症状が悪化した場合などを心配し、大事を取って入院を希望する人は少なくない。症状が軽くなり感染力もなくなっても、そのまま入院が続いてしまうことも少なからずある。
かつて入院していた病院や施設、あるいは自宅に帰ってもらい、重症者のために病床を有効に使うという考えも必要だ。医療機関ごとに、重症者と軽症者、その他の病気などと役割を見直すなどをしてはどうか。
――民間病院が十分に活用されていないとの声もあるが。
岡部 もちろん経営悪化への懸念などもあろうが、その上で指摘したいのは、今は「責任」が強く問われる時代だということだ。感染症を診る医師は、わずかしかいない上、担当外の医師は「専門外に手を出して、何かあったらどうするのか」と考え、消極的になってしまうことは否めない。
――災害医療という認識で対応すべきか。
岡部 災害時と捉え、臨時施設を人工的に建設する方法も考えられるが、やはり、一般医療への影響に目をつぶらざるを得なくなる。日本の医療は、専門性が非常に高く、それぞれの病気が大体どこでも診られるようになっているが、それだけに感染症などが急増した時は、感染症の専門病床は直ちに不足してしまう。
今の医療は常に90%以上の病床の利用を求められるが、常々からある一定の余裕を残しておけるようにしなくてはいけないだろう。
緊急時には、何が優先的であるかを考え、例えば全体の医療水準を50%に落とす代わりに感染症への対応を50%以上に増やす、という災害時の医療の考え方も用意としては必要だ。その場合は必ずしも感染症専門医ばかりではなく、医療全体で支えるということの理解が必須だ。つまり、高度の専門性を求めることなく、「今は普段のように100%の医療水準を求める時ではない」と考えるようにならないと難しい。
ウィズコロナというのは、以前と比べて、ちょっとした不便さは残るが、人として落ち着いた安心できる生活環境を指すのではないかと思う。いや、今の便利すぎる世の中を少し戻しても良いのではないか、むしろ人間性が回復する部分もあるのではないかと思ったりもする。
■感染症対策「司令塔」築け
――期待が集まるワクチンの接種については。
岡部 ワクチンは、感染症を予防するためにとても大切なツールだ。通常、開発には10年以上かかるが、ウイルスが見つかって1年足らずで量産体制まで達したということは、ものすごい科学の進歩だ。ただ、歴史としては浅いだけに多くのデータを積み重ねていかなければ、安全性や有効性などの長期的な評価はできない。丁寧に目を配っていくことが欠かせない。
――円滑な接種が求められているが。
岡部 2009年の新型インフルエンザ流行の経験から、もし次の新型インフルエンザが発生した時に多くの人々にワクチンを接種するにはどのように行うかというガイドライン(指針)は全国の自治体で整っている。もちろん新型コロナは新型インフルエンザとは異なるが、そのガイドラインを修正しながら応用すればよいのではないか。
医療機関も保健所も目の前のコロナの対応に忙殺されているが、川崎市では、今月27日に集団接種会場の設営や運営に関する訓練をファイザー社の協力も得て、厚生労働省と一緒に行う。ここで得た知見や課題を多くの自治体と共有できるようにしたい。
今、変異ウイルスも確認されている。時間の経過とともに、ウイルスに変化が起きるのは当然だが、どのような変化であるかは常に注視しなければならない。今のところ、重症化率が高まるといったデータは出ていないが、警戒を強めるべきだろう。
他方、今回のように遺伝子でつくったワクチンには利点があり、その遺伝子部分を組み替えれば、変異ウイルスに対抗したワクチンに作り替えることも理論上可能だ。だが、少しでも成分が変わったら、改めて国に申請をしなければならず、承認に時間がかかるのが今の基本的なルールだ。
季節性インフルエンザはウイルスが年々変化しているが、インフルエンザワクチンは毎年の変化に追いつくために、いちいち承認のための治験や申請は必要としていない。コロナワクチンでも、こうした仕組みを考える必要が出てくるかもしれない。
――今後の感染症対策の強化に向けては。
岡部 感染症のパンデミック(世界的流行)は100年に1度の発生だと言われるが、今後20~30年ほどでもっと大きな、あるいは重症な感染症の流行があるかもしれない。
今回の教訓を生かし、これまで統廃合を進めてきた保健所のあり方や、感染症の医療体制、そしてそれらの司令塔組織の構築に向けた議論をわが国では進めていかなければならない。」
大変示唆に富む内容だと感じました。