安全・安心の横浜へ 「何を言ったかでなく、何をやったか!」

公明党 横浜市会議員(青葉区) 行田朝仁 (ぎょうた ともひと)

「道」と「色々」について 5135

未分類 / 2020年11月29日

IMG_0381 1 2神奈川県がコロナ感染した65歳以上の方は、軽症でも「全員入院」としてきた基準の見直しを決定。医療崩壊を防ぐ一手。「入院の必要ない」と医師が判断した場合、県が用意した宿泊施設や自宅で療養することに。新たに入院する人を半分程度に抑えられる見通し。2週間前に医療現場の最前線で戦う医師から伺った話ですが、「通常軽症なら入院の必要はない」「このままでは重症、中等症患者だけでなく、他の病気の患者が受け入れられず、必要な治療ができなくなる」「医療崩壊を避けるため早く動いて欲しい」。私が伺った時には既に病床がひっ迫寸前でしたので、色々あると思いますが、今後のためにより早く決められる仕組みをと思います。

ところで、約30年「5年日記」を使っていますが、来年のものがなく、確認すると「10年日記」に変化。一昨日到着。かなり分厚く変化。2020年から2030年へ、自分の10年を綴りたいと思います。

昨日、「行田さんは元気だねえ」。時々頂くうれしいお声。「これでも色々あるんですよ」と返答。それぞれの人生に、それぞれあります。自分自身との闘い。

次元は異なりますが、前に進むことについて、コラム「名字の言」が記していました。

「東京五輪の卓球団体などの日本代表に選出されている水谷隼選手。前回のリオ五輪でのメダルの獲得は、どん底からの復活劇だった。ルールや道具が変更になったことで、卓球の「高速化」が進み、その変化に対応できずにいた。

“水谷は終わった”ともいわれた。しかし、彼は周囲の否定的な意見に負けなかった。自らの卓球スタイルの変更を決断し、男子選手では異例の個人コーチと契約を結んだ。ロシアリーグにも参戦。あえて環境を変化させて、自身の技術を磨いた。その執念が、五輪の復活劇へとつながった。

水谷選手は述べている。「同じことをやっていけばいいと思った時点で、それは退化していることと同じ」「長くトップを維持するということは、時代の変化に適応していくということ」(『卓球王 水谷隼 終わりなき戦略』卓球王国)

周囲の評価や環境の変化を理由に、“自分はもうダメだ”と諦めるのは簡単だ。だが、成長はそこで止まる。どんな時も自身の可能性を信じて挑戦を貫けば、必ず新しい自分が見つかる。

コロナ禍が社会を変化させつつある中で、それに適応するには大変な労力を要する。しかし、だからこそ、自分らしく、粘り強く前進を続けたい。不断の努力の人に、“人生の金メダル”は輝く。」

自分らしく、粘り強く。「鳥には鳥の、魚には魚の道がある」。日記を綴りながら、自らの道をまっすぐに進みたいと思います。