静岡県が続けている敷地川の復旧作業と今後の本格的な防災整備の強力支援を、大口公明党静岡県代表(衆議院議員)、牧野、若林両参議院議員が同席してくださり、草地磐田市長とともに、岡村国土交通省水管理・国土保全局長に直接要望させていただきました。
草地市長から災害報告と復旧作業報告とともに国交省の迅速な対応への感謝、本格的な防災対策支援が訴えられました。
私からも「昨年の台風被害から立ち直られた方々が再び被災されたました。一日も早い復旧と安心安全な対策の実現のためどうかご支援ください」と強くお願いしました。
そして大口県代表から「自ら被災現場に行き、被災状況を確認し被災者の声を聴いた。早急な復旧作業と3度目の決壊防止に向け、本格的な対応を急いでいただきたい」とあと押ししていただきました。
昨夜から今日未明までの大雨による被害は豊岡地区に集中していました。その中で、土砂災害は昨年9月の台風被害に比べごくわずかでしたが、敷地川決壊による住宅の浸水被害は一年もたたないうちに再びの被災となりました。
今回の雨量は、1時間当たりの最大では53mm (昨年の台風は90mm) でしたが、総雨量は369.5mm (昨年の台風は331.5mm) でしたので、今後も注意が必要です。
市では今日明日の土日、豊岡支所を開所し、相談や申請の受付を行い、災害ごみについては豊岡東交流センター北側の空地を使って対応します。
私も昨夜は22時30分まで議会で待機し、今朝8時からの市災害対策本部の報告を受けたあと、豊岡の現地を周り被災者とお会いし、現況を確認してまいりました。
今後も一日も早い復旧復興と安心安全なまちづくりに努めてまいります。
2月16日(木)公明党は、党の元副代表の浜四津敏子さんが2020年11月に死去されたと発表しました。ご遺族のご意向で発表が控えられていました。
浜四津さんは公明党→新進党→公明→公明党と政権交代の動きの中で、大衆とともにの立党精神を一度としてぶれることなく貫き、与野党問わず女性議員のリーダー的存在として、選択的夫婦別姓制度の導入や子育て、福祉、教育の様々な提言を訴え続けられました。
また、党の「定年制」を厳守し、2010年の参議院選挙では続投要請にも「内規を守る」と政界を引退されました。
ここから少し長くなりますが、浜四津さんを偲び、“夜回り先生”こと水谷修氏のお話しの要旨を紹介します。
“夜の世界”には、薬物の売人などのように、子どもたちを食い物にしようとする大人たちがいる。そこから子どもたちを守ろうと、夜の繁華街で声を掛ける“夜回り”を続けている。また、暗い部屋で明日を見失い、「死にたい」とリストカットする子どもたちを救おうと、メールアドレスや電話番号を公開し、スタッフとともに、24時間体制で一人一人の悩みに向き合っている。
「子どもたちを守る」。その一心で走り続けて30年になるが、今から20年ほど前、大きな壁にぶつかった。どんなに手を尽くしても、救うべき子どもたちが多過ぎて手を差し伸べきれない。自身の無力さを痛感した。行政の首長や政治家に会い、協力を求めたが、つれない返答が続いていた。
そうした中で出会ったのが、当時、公明党代表代行だった浜四津敏子さんだった。苦しむ子どもたちを救いたいと時間も忘れて訴える私の手を握り、涙を流しながら「きょうから先生は一人ではない。すべての公明党議員が共に子どもたちのために闘っていく」と。
どれほど、うれしかったか、心強かったか。 その言葉の通り、子どもたちを守り、幸せにするため、全国の公明党の国会議員と地方議員が肩を組み、私と一緒になって日夜、課題と向き合い、汗を流している。約3000人の議員が所属する公明党は「チーム3000」と言われるが、私自身もその一員になっている思いだ。











