3月28日(木)
議会定例会も終わり、とりあえず一呼吸と言いたいところですが、市民相談の対応など、寄せられるご意見・ご要望に対して、一つづつ進めています。
さて、報道等で話題となっている、また市民の皆様からご意見もいただいている、次期戦闘機を含む防衛装備品の第三国移転について、公明新聞の記事をシェアしたいと思います。
公明新聞 2024年3月27日付
【“防衛装備品の第三国移転”政府、「歯止め策」を決定】
https://www.komei.or.jp/komeinews/p342832/
ポイントは「二重の閣議決定」と「3つの限定」です。
この点について、別の記事から引用します。
公明新聞 2024年3月28日付
【主張 防衛装備移転 完成品の第三国輸出に歯止め】
国民を守る防衛装備(武器と武器技術)は、科学の発展で先端技術の固まりになっている。もはや全てを国産で調達できる国はないと言われ、国際協力が不可欠の時代だ。
そのため、日本は2014年に防衛装備移転三原則を閣議決定し、厳格管理の下で国際共同開発と海外移転(輸出)を進める方針を掲げた。今月26日の閣議決定がこの海外移転についてさらなる“歯止め”を設けたことは重要である。
今回の閣議決定は、日本が次期戦闘機の調達を英国とイタリアとの共同開発で行うと決めたことが発端だ。35年頃から退役するF2戦闘機の後継機となる。
海洋国家・日本には、空と海からの侵略を阻止できる戦闘機が不可欠で、攻撃への対処力と同時に、相手に侵略をためらわせる抑止力にもなる。専守防衛を支える装備品だ。
政府は当初、共同開発には技術面と資金面での対等な協力で臨む方針だったが、その後、日・英・イタリア以外の第三国への輸出で生産機数を増やしコストを削減することになった。日本は第三国輸出に関し、部品と役務の提供には応じるが、日本が直接、第三国に完成品を輸出することまでは与党内の議論でも決着がつかず見送っていた。
政府は今回、日本の次期戦闘機が備えるべき性能を実現するためにもコスト削減努力が必要と判断し、完成品の輸出も認める方針を示した。しかし、戦闘機のような殺傷能力の高い装備の輸出を移転三原則は想定していない。安全保障政策の大きな転換となる。
そのため公明党は、完成品の第三国移転を全面的に認めるのではなく、まず今回の閣議決定で完成品輸出の方針を定め、将来、輸出が議論になった時点で個別案件ごとに閣議決定をするよう主張。さらに、完成品輸出は①次期戦闘機に限定②輸出先も日本と防衛協力協定のある15カ国に限定③戦闘中の国は除外 とする歯止めも実現させた。
これによって、平和国家としての歩みを引き続き堅持することができる。
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また、3月21日に行われた公明党外交安全保障調査会で、国際文化会館グローバル・カウンシルの船橋洋一チェアマンが、防衛装備品海外移転などについて講演された要旨が公明新聞に掲載されていますので、こちらも転載します。
公明新聞 2024年3月27日付
【平和構築は現実主義で 抑止力、同志国と連携が重要】
【「危機の20年」】
1919年に第一次世界大戦が終わり、39年に第二次世界大戦が起きるまでの20年間を指す「危機の20年」という言葉がある。理想主義に走り過ぎて失敗した。理想は持たなければいけないけれども、現実主義で一歩一歩積み上げていかない限り、平和の構築はできない。この貴重な経験を踏まえ、戦後は出発した。
特に2010年代から、国際政治は大きく変質してきており、「危機の20年」に似たような力学を感じる。
【安全保障における日本の課題】
一つ目は「基盤的防衛力」主義。一言でいうと、「日本は脅威を想定してはならない」ということだ。これが、「抑止力」という概念を封じ込めた。抑止力を真正面から見ることをためらう傾向は、今も根強く残っている。
二つ目は「一国平和主義」。湾岸戦争のときにクウェート政府が出した各国への感謝を表す新聞広告に日本の名前がなかったことは有名だ。日本は多額の資金協力を行ったけれども全く触れられなかった。
三つめは「米国依存」。米国が世界を単極で支配することを前提とした安全保障政策が維持できないことは明白になった。これは長期的な趨勢だろう。そうした中で、同志国とのパートナー関係が重要になってくる。
四つ目は、東京電力福島第1原発の事故のように、「安全神話」にとらわれ、多層的な安全対策を犠牲にしてしまう傾向が強いことだ。安心は安全を裏切る。
五つ目は、政治の場における安全保障の議論が、形式的な法律論や単なるイデオロギー論争に終始してきたことだ。
【次期戦闘機の第三国移転】
日本の防衛の本質は、空と海の守りに死活的な重要性がある。日本の安全保障で最大の死角はシーレーン(海上交通路)だ。造船業が弱まっていることは心配だ。
空の備えでは、なるべく射程距離が長い戦闘機をしっかりと準備しておくことが、抑止力にとっては非常に重要だ。距離の離れたところで対処できる体制をつくっておくことだ。
防衛装備の海外への移転は、国家安全保障政策の一環だと位置付ける必要がある。商売の話ではない。移転後の相手国との関係は、30年単位の信頼関係を構築する土台となる。より分厚い、持続的な関係を築くことは外交的に非常に大きな意味合いを持つ。そうしたことも考えながら移転をしなければいけない。
一国だけで防衛はできないから、パートナーとの関係が重要になる。次期戦闘機の共同開発では、英国は日本が第三国へ移転をできるようにしてほしいと求めていた。それによって全体としての販売力をつけ、コストを下げ、競争力を増すといったことがあって、はじめて共同開発ができるということだ。
共同研究・開発・生産・販売のネットワークに深く入ることで、自国の技術を生かし、自国のニーズに合った生産体制を構築することができる。グローバル・サプライチェーンを取り入れて共同開発することは自国のニーズにあった防衛装備品の調達につながる。
次期戦闘機の第三国移転の必要性などについて、岸田文雄首相が国会で真正面から説明したことは良かった。2010年代から、日本国民の安全保障観も変わりつつあると思う。国民がリスクや脅威を感じる問題に対しては、政治がしっかりと受け止めなければいけない。
15年の平和安全法制の制定は、戦後日本の外交安全保障政策史上、最大の分岐点であり、次の時代に備えての大きな足場づくりだったと評価している。
当時は違憲論も出て大変な議論になったが、自民党と公明党の連立政権が、意思疎通し、議論を尽くしたことが大切だった。国民的な合意形成に向け、政治が大きな役割を果たした。
今回も自公両党の連立政権の連立バネを生かして安全保障政策の強化に向けて一歩を踏み出すことができた。そこは良かったと思う。
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船橋氏の「理想は持たなければいけないけれども、現実主義で一歩一歩積み上げていかない限り、平和の構築はできない。」との言葉は、政治に関わる者として、しっかりと理解し、説明できるようにしなければならないと思いました。
インプットとアウトプットをより深い次元で実践できるよう努力していきます。
