8月24日
公明党群馬県本部議員有志で、日航123便墜落事故現場である上野村の御巣鷹の尾根に、三浦のぶひろ参院議員とともに慰霊登山に行ってまいりました。昭和60年8月12日の事故から33年、現場は静けさの中で私たちを迎えてくれました。
日頃の運動不足がたたって、美九里東小の児童が作ってくれた杖にすがって、やっとの思いで尾根にたどり着くことができました。全員で「昇魂之碑」に献花して520の御霊の冥福を祈念させていただきました。
事故当事、大学生だった私はお盆で前橋の実家に帰省していて、たまたまNHKの事故の第一報をテレビで見ていました。その後入ってくる続報で知った事故の壮絶さには言葉を失いました。また実家の近くに警察学校があるためか、上空には頻繁にヘリコプターが飛び交い、騒然とした雰囲気だったことを覚えています。
その後に縁あって藤岡に住むようになり、さらに公明党議員として公明議員空白区である上野村を担当することになりました。年に10回近く、隣の神流町と合わせて上野村に通うこともあって、この事故のことは常に心にありました。
献花後に有名な×印の岩を見ようとさらに上を目指す途中で520人の名前を刻んだ慰霊碑を見た時、一言で「520人の犠牲者」というのではなく、520人にはそれぞれ名前があり、家族がいて、それぞれの人生を歩んでいたのだという当たり前のことを改めて強く実感させられました。登る道中も尾根に近づくにつれて墓標が増えてきて、沢山の方が亡くなった現場だという実感が強まっていったのですが、碑の520人の名前を見た時、胸が締め付けられる思いが一気に高まったのです。下山途中に美谷島健君の墓標にもお参りさせていただいたのですが、お母さんは連絡会の事務局長として何度も藤岡で講演などしてくださっていてお顔を存じ上げているので、更にその思いが強く感じられました。520人の人生を一気に断ち切ってしまった墜落事故、二度と起こってほしくありません。
しかし最近も上野村ではヘリコプター墜落事故が起こり、先日は県の防災ヘリが墜落して9人の犠牲者を出す事故も起こってしまいました。防災ヘリの事故では県航空消防隊に出向していた藤岡の消防士も命を落としてしまいました。心よりご冥福をお祈りいたします。もちろん空ばかりではなく、陸でも海でも悲しい事故は頻発しています。人間はどんなに気を付けていてもミスをしてしまうと言われています。三浦さんは技術の専門家として、国に対して技術革新で事故を未然に防ぐためのたくさんの提案と要望を行っています。公明党は悲しい事故の防止のためにも、頑張っているのです。
下山後には、せっかく国会議員に来てもらったので、道の駅上野にみんなを案内して、猪豚丼などのイノブタ料理を食してもらって上野村の紹介に努めました。また売店に航空機設計者の堀越二郎氏にちなんだお酒が売っていましたので、堀越氏が藤岡市出身であることを話し、航空機技術に詳しい三浦さんに知ってもらうこともできました。
大変貴重な経験ができた、意義深い一日となりました。



