ふじみ野市の朝は、 今日も良い天気となりました。
太陽の上り始める時間が早まっているのでしょうか、7時を回ると太陽の位置がいくぶん高くなっている様な気がします。
午前中は、良い調子で暖かくなり始めていたのですが、15時頃には強い風が吹き荒れて雨雲発生との知らせ。
幸いにも雨は降りませんでしたが夜は冷え込みが厳しくなりました。
本日は、 午前、午後と様々な用事や仕事があり自宅作業をさせて頂きました。
皆さんの記憶にある ソウル・フードって何が思い出されますか?
私は、子どもの頃から「焼き団子」一筋で何歳になっても忘れることが出来ない食べ物の一つです。
この年になっても無性に食べたくなることがあるのですが、買いに行くとついつい想定以上に大人買いしてしまい多量の団子を誰が食べるのかとお叱りを頂いてしまいます。
以前は、近所におにぎりや団子を扱われるお店があったので重宝していたのですが無くなると困るものの一つでした。
ここ数年は、 姉が際し入れてくれるのが川越の焼き団子で古くから地域で愛されています。
たまたまですが所沢で10年ほど暮らしていたので行き来する中で見つけた団子屋さんがあり所沢の焼き団子を良く買ってきて食べています。
和菓子のお店や駄菓子屋(今は少ないですね)などで扱われている事もあるので、たまに購入することもあるのですが醍醐味としては焼き立ての香ばしい醤油の香りが大事で焼いてくれるお店での購入が多くなります。
地元ならではの味や焼き具合、何と言っても団子の作りが違っていたりします。
それぞれの個性を味わうのも楽しみの一つでしょうか。
少し調べてみると 所沢と川越には団子や手打ちうどんについて店舗紹介などのサイトがあります。
発祥については所沢も川越も定かではないとのことですが、所沢では太田道灌と言う方が武蔵野で鷹狩りをされたときに所沢付近に立ち寄られた際に食べられたのが米粉でつくられた焼き団子だったとか。
地域性が関わっていて、周辺では陸稲(おかぼ)を栽培していたのですが硬質米で冷たくなるとボロボロになるので粉末にして焼き団子と出されたのが美味で「所沢の味」となったとか。
確かに我が家も農家だったので、記憶も曖昧ですが麦なのか稲穂だったのかまとめて干していたのを微かに覚えています。
川越の「焼き団子」は 川越の発展に寄与していた回漕問屋の職人さん達に栄養価のあるものを米粉を使った団子をつくり力を付けて頂いたことがもとだとか。
共通する点としては当時の農作物など生産品によるところが大きいのかなと思います。
充分な調査が出来ていないで不明な点はありますが大切なことは、ソウル・フードには時の流れと共に繋がれてきた様々な思いがあると言う事です。
いろいろな背景があった事を時の流れと共に文化や出来事、農業生産品目やらどの様な生業の盛んな地域だったのかなど知る切っ掛けにもなります。
あなたの街のソウル・フードを改めて見直してみるのも楽しいのではないでしょうか。
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