我が家に、コメ助ちゃんがやってきました。
生まれも、育ちも公明党!
やる気満々の新米くんです!
私のホームページにも、 たびたび登場してくれます。
得意なことは、難しい政策を多くの方に分かり易く説明することです!
今は、公明党青年局のメンバーと街角でアンケート活動を行っています。
見かけたら声を掛け、アンケートに協力してください。
今日は、風が 強かったですね。
洗濯物は宙を舞い、外にでてしまうと上着も着にくいほどでした。
私は、地域の挨拶周りと午後からは新座市議会選挙のお手伝いで新座市へ!
介護保険制度が 発足に際して、厚生省(現厚生労働省)は、1995年に入院医療において介護サービスを担っていた付き添い婦を禁じ、完全看護(基準看護)を病院に求めました。
結果として当時の付き添い婦の多くは、介護保険制度下では、ホームヘルパーとして就業することとなりました。
これは、患者との契約に よってのみ、雇用されていた、いわばインフォーマルな雇用の担い手であった付き添い婦を介護保険制度下で、フォーマルなケアの担い手となった訪問介護事業の職員にしたとも説明できます。
しかも、この介護保険制度によって、それまで高齢者や、その家族が負担していた介護に係る費用も介護保険制度によって担うことになりました。
そこで、病気を理由に 入院し、主に介護を受けたいとする多くの高齢者や家族の理解を得るために国が用意したスローガンは「家族による介護から、社会による介護へ」でした。
このようにして、日本は「社会的入院」を「社会による介護」への転換に成功しました。
これが日本の介護保険制度設立の背景で、社会的入院を社会的介護に代替えさせる大きな仕掛けでした。
この試みは、介護を必要とする老人が社会において、普遍的な存在となってきたことと相まって、概ね成功したようです。
家族の扶養関係を越え、 社会が介護してくれると説明された国民は福祉制度でなく、医療保険制度を利用したのと同様に、経済的理由や家族的背景に限定されない安価で、簡易な手続き代行者(介護支援専門員、いわゆるケアマネージャー)が存在している介護保険制度を使って介護サービスの提供を受ける選択をしました。
この結果、 介護保険財政は、わずか12年間で3.6兆円から8.9兆円と2倍以上となり、保険料もまた平均2911円から4972円と増額され、結果として、介護保険制度は、我が国の社会保証制度の存続も危ぶまれるほどのスピードで拡大してきました。
地域包括ケアシステムを 推進するうえで現状把握と要因の解析は重要です。
国や県に委ねる部分と自治体が担う制度や仕組みと併せ、問題点についての取り組みも同時に進めなければなりません。
私たち市議会議員が、 学ばなければならないことが山積しています。
私たち、ふじみ野市公明党は行政との問題共有の機会を持ち、更に市内の介護事業団体の方々との懇談会を推進しています。
要望や問題事項などを共有しながら解決するための行動を進めましょう。
m(_ _)m
