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ふじみ野市 島田 和泉
izumi-s-koumei@friend.ocn.ne.jp
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今朝は上福岡駅西口にて 公明党青年委員会による「Voice Action」と言うアンケート活動をお手伝いして来ました。
アンケートにご協力いただいた方々に改めてお礼を申し上げます。

午後からは 第37回青少年を健全に育てるための市民大会「少年の主張 in ふじみ野」に参加して来ました。
来賓に市長、市議会議長、教育委員会の教育長が来られて開催されました。
小学生から高校生まで登壇される一人一人が原稿を準備し、内容を記憶されて、登壇された方々の個性的な表現方法で話されていたのが心に残りました。

3部構成で行われ、 最後は大井中学校音楽部の皆さんによる合唱を堪能させていただきました。
参加させていただき感じたことは、多くの方々に登壇された方々の声を聞いていただきたいと思いました。

都心から電車で約40分、 東京のベットタウン、埼玉県入間市の住宅街の中に、米国の郊外を思わせる街並みが現れます。
ジョンソンタウンと呼ばれる一角には、白い外壁の木造平屋建て80棟が立ち並んでいます。
その光景は映画のセットを見ているようです。

ジョンソンタウンは 約2万5000平方メートルの敷地に、住宅や店舗が軒を連ねています。
カフェやダイナーなど約50店が集まり、休日はカメラ片手に訪れる観光客でにぎわいます。
一方、区画の大半は賃貸住宅で、130世帯が生活し、管理・運営は不動産会社が担っています。

街の成り立ちを調べてみると、 周辺にある航空自衛隊入間基地と密接な関わりがありました。
入間基地は戦前は陸軍の航空士官学校で、1945年の敗戦を機に米軍が駐留し、米軍人の英雄大佐の名にちなみ「ジョンソン基地」と呼ばれました。
1950年の朝鮮戦争勃発後に基地が増強されたことに伴い、米軍は周辺の地主に住宅を建設するように要請しました。

しかし、朝鮮戦争が 休戦すると、基地は縮小し居住者も米国に引き揚げました。
徐々に日本人向けの賃貸に切り替えましたが、1978年の基地返還後、設備は老朽化し、周辺は荒廃しました。
街の再生が動き始めたのは20年ほど前になります。
中心となった不動産業者の後継者が当時の鮮烈な記憶に突き動かされましたそうです。

老朽化が激しかった 米国式の住宅を外観を残しながら、柱やはりを交換、残っていた日本住宅も米国風の住宅に立て替えました。
街づくりに共感した若者らが次第に移り住み、飲食店や雑貨店なども集積され、かつての基地名にちなみ「ジョンソンタウン」と呼ばれるようになったそうです。
古い施設をリノベーションし、警官を維持するのはコストも手間もかかります。
経済合理性だけを考えればできませんが、「景観は財産」との思いから進められたそうです。

人の思いが、 地域の歴史や景観などを価値的に変えるエネルギー源となった良い事例ですね。
特に私の同世代や先輩方は映画「アメリカン・グラフィティ」を見て育ち思い入れもあります。

地域ごとにさまざまな 歴史があり、特有の文化が育っているものです。
こうした地域の特色を磨き育てることが地域文化の再興にも繋がるものと思います。
若者の新しい思考や文化を取り入れながら新しい地域性を育むのも良いことではないでしょうか。
(#^_^#)

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