今日は、10時から上福岡3丁目に開園する「3丁目すまいる保育園」の内覧と竣工披露式典に参加させて頂きました。待機児童対策として平成27年度に開園する認可保育所3園の内のひとつです。0歳から2歳までの60人を預かって頂きます。
明るい黄色の園舎です。受付で誕生月のシールを胸に貼り、いかにも保育園に来た!という感じです。式典を開始する前に「1月生まれのおともだち~♪」と1月から12月まで、誕生月ごとに歌に合わせて参加者が輪になってスキップをしました。市長もリズミカルにスキップをしていました。
私は以前から、保育所の耐震診断と耐震補強工事を行うことについて議会の一般質問で取り上げてきました。耐震診断は、ふじみ野市建築物耐震改修促進計画に基づいて行われていますが、保育所6園は建物の規模要件からははずれていました。東日本大震災を経験し子ども達の安全安心を考慮して、耐震診断が実施されました。耐震性が最も劣っている西保育所と亀居保育所のこども達は、新園に移ることを余儀なくされましたが、こども達の安全を最優先に考えた結果だと思っています。5歳と2歳の孫がいる身として新園に移るこども達がすくすく伸び伸びと育ってくれることを祈っています。
今日で東日本大震災から4年になります。午後2時46分、市役所で1分間の黙とうをさせていただきました。亡くなられた多くの方々、いまだ行方のわからない方々に哀悼の意を表します。
4年前の3月11日は議会中で、一般質問の1日目でした。今まで感じたことの無い大きな揺れでした。市役所の外に避難すると池の水が外にあふれ出し、地震の凄さを改めて感じました。余震もあり議会も続けられる状況ではなく自然散会となりました。
テレビに映し出される津波の映像に言葉を失いました。各地の状況が伝えられるたびに絶望的な気持ちになってきました。野田や釜石の友人は無事だろうか。無事であってほしいと祈っていました。その後無事が確認でき会いに行ってきました。
今日、夕方のテレビで、南三陸町と石巻市の大川小学校が映っていました。どちらも現地を訪れた時に、言いようのない悲しみが襲ってきました。南三陸町は、女性職員が最後の最後まで町民に避難を呼びかけ続けて亡くなられたところです。怖かったと思います。大川小学校も多くの子ども達が犠牲となりました。すぐ裏に山があるのにと悔やまれました。当時奇跡的に助かった男の子が、中学の卒業式をむかえていました。津波の威力を後世に伝えるために小学校の校舎の存続をしっかり訴えていました。
釜石市は、多くの時間を使って小中学生に防災教育をおこなってきました。中学生たちが率先して避難する姿を見た小学生やまわりの大人たちも高台へさらに高台へと避難した姿は「釜石の奇跡」として紹介されました。日頃からの防災教育が活かされた姿でした。
明日12日は、一般質問を1番目に行います。質問は
1.デマンド交通との併用を視野に入れた市内循環バスの見直しについて。
2.防犯、防災教育について。
3.柔軟な取り組みで健診(検診)の推進について。
①大型商業施設やコンビニの駐車場を利用しての健診。
②子宮頸がん検診にHPV検査の併用。
③乳がん検診を集団検診と個別健診の選択制に。
4.ふじみ野市誕生10周年記念事業として映画「じんじん」の上映をです。
今日はふじみ野市の母子愛育会主催のひなまつり交流会に参加させて頂きました。(息子が3人のためひなまつりは縁遠く…)
先日山口会長にご挨拶にお伺いしました。子育て支援に取り組まさせて頂いていることをお伝えしたときに、「ひなまつりにいらっしゃい」と誘って頂きおじゃましました。
0歳から4歳くらいのお子さんとママさんたちで50人くらいだったでしょうか。
歌を歌ったり、スタッフが「妖怪体操第1」を踊ったり小さい子にはちょうどいいペース配分でした。スタッフの皆さまお疲れ様でした!
普段はママと2人。人の多さにびっくりしている子。音楽に合わせて体を動かしている子。裸足で元気に歩いている子。子どもを見ていると癒されます。
お話をしたママさんが同じ新田1丁目で、ご近所でした。昨年実現させて頂いた駒西放課後児童クラブの「子育てサロン」があることをお伝えしました。
ひとりだと疲れちゃうから、いろいろなママ友とふれあいながら、楽しんで子育てをしてもらいたいなぁと思います。