最激戦区へ!
冬囲い完了
便利さを求めない価値観
秋田県市議会議員研修会が秋田市を会場に開催され出席。講演では、北秋田市で地域おこし協力隊として3年間着任された、地域デザイナー兼合同会社Anique(アニーク)代表の斎藤美奈子氏が「地域をアップデートする ~変わる・変えることへの挑戦~」と題して登壇。
斎藤氏は19歳のときに大学を休学し、単身バックパッカーとしてオーストラリアへ約1年渡航。大学卒業後は、アメリカやスペインなど、海外勤務を経験され、コロナ禍を機に北秋田市地域おこし協力隊に着任。
着任にあたり、“人が少ない場所”“お店が近くにない場所”“山おくの場所”を探したこと等、便利さを求めていない斎藤氏の価値観は非常に興味深く、おおよそ世間のほとんどの人(自分を含め)が“当たり前”と思っている価値観が、果たしてこれで良いのかと考えさせられる機会となりました。
「秋田の若者にも、若いうちにどんどん外の世界を経験して欲しい」との斎藤氏の言葉には共感。一方で、秋田の若者は県外の大学で学ぶと、そのまま県外で就職する確率が高く、秋田に戻って来るタイミングが無くなりやすい傾向にあります。人口減少率が日本一高い秋田の県民の一人としては、そこをどう捉えるべきか・・・ 悩みどころです。
斎藤氏がクラウドファンディングを活用して、今月1日にリニューアルオープンしたという、秋田内陸線 比立内駅舎「がっこステーション」ですが、ぜひ機会を見つけてお邪魔したいと思います。示唆に富むご講演を、ありがとうございました。

コメ助と学ぶ「公明党の経済対策」
食を守る農業土木
第16回目となる「大仙市・仙北市・美郷町議会議員交流会」が当市を会場に開催され出席。記念講演では、仙北地域振興局の池田農林部長より「管内の農林業~これまでとこれから~」と題して、舛谷局長より「農業土木と田んぼダム」と題して、ご講演いただきました。
田沢疎水から、これからの農業の目指す姿、農業土木と、未来へ伝えたい秋田のインフラ50選・農業農村の多面的機能、そして7月14日からの大雨被害と流域治水、田んぼダムの取り組みについての言及がありました。
特に舛谷局長は、アフガニスタンで医療や農村復興に人道支援を行い、伝統的な日本の農業土木技術を独学し試行錯誤しながら、多くの人々の食料確保につながる農業用水路の建設に尽力された「中村哲氏」に触れられ、医師である中村氏が言われた「百の診療所よりも一本の用水路の方が大事だ」との言葉には、あらためて食を守る農業土木の重要性を確認させていただきました。
農業土木畑の長いお二人から、具体的に現場を取り上げたご講演をいただき、大変勉強になりました。ありがとうございました。

地域に根ざした文化の継承
第36回を迎えた全国ジャンボうさぎフェスティバルが、大仙市中仙地域のドンパン広場を会場に開催されました。昨日の開会式に引き続き、今日は一般公開・イベント。 個体審査・比較審査が午前中に行われ、午後には審査発表(褒賞授与式)が行われました。 県外からは大阪府、石川県、栃木県、福島県、青森県からの出陳があり、総数59頭のうさぎがエントリーされた中、今回の最大重量は美郷町の髙橋清一さんが育てた“きらり号”9.40kg。 10kgに迫る巨体です!
天気が心配されましたが、荒れることなく穏やかな天気となり、会場はたくさんの家族連れ、親子連れで賑わい、出店の売れ行きも好調のようでした。出陳者の皆さまはじめ、審査員、運営スタッフの皆さま、お疲れさまでした。ありがとうございました。

クマに警戒を
地域で喜びの声
15日に開催されたマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)で、大仙市出身の鈴木優花選手が優勝。大仙市はもちろんですが、彼女が生まれ育った同市中仙地域でも沢山の喜びの声があがっています。17日は市役所大曲庁舎に、18日には市役所中仙支所の国道沿いにも、優勝と来年のパリ五輪代表内定を祝う看板が設置されました。
昨夜やっと録画していたレースを視聴しましたが、腕の振りも脚の回転もよく、そして力強さも感じました。体が冷え込むような気象条件だったと思いますが、最後まで波のない安定した走りに、彼女がハードな練習で培ってきた体力の高さも感じました。
地域に明るいニュースと元気を与えてくれた彼女の頑張りに拍手を送り、来年のパリ五輪での走りを楽しみにしたいと思います。先ずは優勝おめでとうございます!


人を呼び込む力
15日~17日にかけて長崎市を訪問。滞在に繋げる滞留空間の創出及び発信力の強化をテーマに、市内各所を視察。初日はホテルにチェックインを済ませた後に、国指定史跡・出島和蘭商館跡へ。ここは日本が海外と交流を閉ざしていた鎖国時代に、西欧に開かれた唯一の窓口だったところ。この小さな島から、西欧の新しい知識と文化が日本中に広まっていったようです。明治以降、一時は港湾改良工事により、その原型を失ってしまったとのことでしたが、今は復元整備事業が着々と進んでいて、最終的には四方に水面を確保し、19世紀初めの扇形へと完全復活を目指しているとのこと。ここに生きた人々の物語に思いを馳せながら、出島を歩いてみました。

出島から、出島ワーフ(オープンテラス)までは徒歩約10分。ここは、日蘭交流400周年を記念して2000年に長崎港ベイエリアにオープンした複合商業施設で、海を見ながらゆったりした一時を味わえる場所。海沿いの2階建ての建物に、レストランやバーの他、海鮮グルメを味わえる店や、ラテアートが人気のカフェなど個性的なお店が並んでいました。 天気のいい日曜日ということで、多くの人が開放的なテラスで潮風を感じながら、思い思いの一時を過ごしていました。 滞留空間の創出に成功している“居心地のいい”場所。デッキからは女神大橋や稲佐山を一望でき、もちろん自分も「ほっと一息」の時間を感じさせていただきました。

そこから徒歩約3分で長崎県美術館へ。モダンな建物は世界的な建築家・隈研吾氏のデザインとのこと。収蔵品の特色は、長崎ゆかりの美術とスペイン美術で、ピカソやダリなど収蔵するスペイン美術のコレクションは「須磨コレクション」と呼ばれる個人コレクションを母体とし、アジアでも有数の規模を誇るとのこと。【須磨弥吉郎は、秋田県南秋田郡土崎新城町(現秋田市)生まれ】“芸術の秋”を堪能させていただきました。

夕食は、徒歩約10分で新地中華街へ。ここは、横浜・神戸と並ぶ日本三大中華街のひとつ。江戸時代中期に中国からの貿易品の倉庫を建てるために、海を埋め立てて作られ、現在は東西、南北あわせて約250mの十字路に中華料理店をはじめ、中国菓子や中国雑貨など約40店舗が軒を連ねているとのこと。2店舗梯子しましたが、どちらも美味しくいただきました。毎冬開催されるランタンフェスティバルでは約15,000個のランタン(中国提灯)が中華街を幻想的に彩り、今では長崎の冬の風物詩として知られる人気のイベントとなっているとのこと。機会があったら拝見してみたいと思います。

翌日は、ホテル前のバス停から、松が枝国際ターミナルまで移動し、軍艦島デジタルミュージアムへ。ここは、最新のデジタル技術を駆使して、人が生活していた頃の端島(軍艦島)を体感できる施設。人口密度世界一(当時は東京の17倍とのこと)の活気溢れる島の様子や、今は立入禁止区域となっている場所など、約半世紀前まで、ここに確実に存在した島の人々の息づかいや荒々しい自然を感じることができ、特に30mの巨大スクリーンに映し出される映像の迫力は圧巻でした。

また、同施設では、同島の早期復元や、国の文化財指定などを一貫して訴え続けてきた公明党(秋野公造参院議員)のインタビュー映像も視聴させていただき、2015年7月に軍艦島の世界遺産登録が決定されるまでの秋野公造参院議員の奮闘の一端を垣間見ることができました。秋野氏が「保存だけでなく活用にも力を入れ、地方創生につなげていきたい」と語ってから、今は多くの訪問者が、この世界文化遺産の端島炭坑(通称=軍艦島)に訪れており、地域の活性化に大きく貢献している現状を確認することができました。


その後、せっかくの機会なので乗船させていただき、船上から同島を視察。また、波が小さかったので運よく上陸でき現地を視察。わずか0.063㎢の中に当時世界最大の人口密度を抱えた絶海の孤島は、今この瞬間も崩壊を続けていましたが、風化と闘っている“凛とした孤島の意思”を感じました。




軍艦島を後にし、稲佐山の麓まで移動。そこからロープウェイで稲佐山山頂展望台へ。2021年に開催された一般社団法人 夜景観光コンベンション・ビューロー主催の夜景サミットにおいて、長崎の夜景がモナコ、上海と並び、「世界新三大夜景」に選ばれました。長崎は前回の2012年に続き2回目の認定。日没前も素晴らしい展望でしたが、「世界新三大夜景」に認定された長崎の夜景は、本当にしばらく時間を忘れてしまう美しさでした。




最終日は、南山手地区を散策することに。1858年、江戸幕府はアメリカ、オランダ、ロシア、イギリス、フランスの5ヵ国と修好通商条約を結び、新たな時代に進む日本へ、夢を抱いた外国人商人が集まったとのこと。1641年より218年に渡り設置された出島のオランダ商館は幕を閉じ、条約により開港都市となった長崎には「居留地」が生まれたとのこと。長崎港を見渡す丘陵地には日本風の屋根瓦に覆われた洋風建築が立ち並び、各国から来崎した外国人たちはそこに居留したとのこと。この地にあるのが「グラバー園」。冒険商人トーマス・グラバーをはじめ居留地時代から残る外国人の住宅と長崎市内に点在していた洋館が集まるこの地では、幕末から明治の長崎の歴史文化の香りを感じました。

その隣には、世界文化遺産の大浦天主堂。ここは、パリ外国宣教会のフランス人司祭らによって1864年に創建されたカトリック教会。日本の全てのカトリック教会が破壊された禁教令の時代以降、近代における教会建築は、横浜天主堂が先例となったとのこと。横浜天主堂は1906年に旧居留地(山下町)から山手町に移転し、建替えられたため、大浦天主堂は現存する国内最古の教会建築とのこと。1879年に増改築がおこなわれ、内部、外観ともにゴシック調に統一された現在の姿に。1933年に国宝に指定され、1953年には国宝の再指定を受けていました。
国宝の指定を受けた大浦天主堂は、献堂から100年近くの間、長崎における司教座の役割を担ってきているとのこと。
大浦天主堂を訪れる来訪者の増加に伴い、教会における典礼に支障が出るなど、信徒の生活への影響が次第に大きいものとなっていったため、そのような実状を考慮し、創建から110年が経った1975年、隣接した土地に大浦教会が新築されたとのこと。日常的な教会としての役割は新しい教会に引き継がれ、大浦天主堂は歴史を伝える施設としての役を引き受けた建造物となっているとのこと。
2018年には世界文化遺産『長崎と天草地方潜伏キリシタン関連遺産』を構成する資産のひとつとして世界遺産に登録され、日本国内及び海外からの注目を再び集めるようになり、現在も多くの人が訪れていました。日本国内の旅行者、巡礼者、全国各地からの修学旅行生、また海外からの来訪者も多く見られ、長崎の主要な訪問地のひとつとなっていました。

今般は、「滞在に繋げる滞留空間の創出及び発信力の強化」をテーマに、長崎市内各所を視察させていただきましたが、元々持っているコンテンツに磨きをかけ、それらをいかにして連携させていくのか。共通するポイントは、一つ一つのコンテンツを“居心地のいい空間”とすること。そして、それらを連携させることによって、訪問者の滞在時間を長くすることができ、それが地域経済の活性化にも繋がっていくということであると感じました。
大仙市は田園都市であり、観光が地域経済の主力ではありませんが、しかし、道の駅(協和、神岡、中仙)や歴史のある7つの酒蔵、古四王神社や唐松神社、国指定名勝 旧池田氏庭園、国登録有形文化財 旧本郷家住宅、史跡 払田柵跡、花火伝統文化継承資料館 はなび・アム、その他、温泉も市内各地に点在していることなど、大曲の花火の他にも見どころが沢山あります。これらの連携を強化し、“居心地のいい空間”の創出に知恵を絞っていきたいと思います。ありがとうございました。






