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会議録(一般質問)をアップします
各種団体と意見交換
災害への備え
当市を会場に行われた県総合防災訓練に出席。行政、消防、警察、自衛隊、住民団体など約550人が参加し、災害が発生した際の対応などの連携を確認。7月の大雨を念頭に、大雨で河川の水位が上昇する中で震度6強の地震が発生したとの想定で実施されました。
雄物川河川敷では、建物や車両が土砂に埋まったときの対応について訓練。消防、警察、自衛隊、災害派遣医療チーム(DMAT)が連携。消防隊員が建物の中に人がいるのを確認すると、駆け付けた自衛隊員がチェンソーなどの工具で建物を壊し、救出したけが人をDMATの医師らが待つ応急救護室へ搬送。仙北中学校では、市職員と地域住民が協力して避難所を開設。体育館内にテントを張り、校庭では車中泊希望者への対応を確認。また、自衛隊員らによる非常食(カレーライス)の炊き出しが行われました。
想定を超える災害が頻発している昨今、災害に強いまちづくりを進めていきたいと思います。関係者の皆さま、お疲れ様でした。




一般質問(要旨)
本日の一般質問(要旨)についてアップします。
≪障がい者の移動や暮らしの利便性向上について≫
(秩父)
「ミライロID」の適用拡大に向けて、障がい者の方が公共施設を利用する際に受けられる割引などの減免手続が可能か、障害者手帳情報がスマートフォン画面に表示されたもので利用可能かどうか調査を実施しては如何か。
(健康福祉部長)
「ミライロID」は、スマートフォンに障害者手帳の情報を登録し、登録画面を提示することにより、手帳の所有者であることが確認できるもので、令和2年6月には、内閣官房から関係省庁に対し、障がい者の本人確認等の手続きにおける簡素化事例として紹介されている。
現在、公共交通機関や施設等の障害者減免の手続の際には、原則、手帳の提示をお願いしているところであるが、この「ミライロID」の利用を可能とすることで、手帳を携帯する必要がなくなることにより身体的な負担軽減が図られるほか、手帳を提示する際に周囲の目が気になるといった心理的な負担の軽減にもつながるものと考えている。
この際、「ミライロID」を本人確認の方法として活用するためには、申請を受け付ける利用施設等が、紙の手帳に代えて、このアプリケーションにより表示された情報での確認を可能とする必要がある。
市では、現在、このような手続に際しては、柔軟に対応するよう努めているところであり、先程申し上げたとおり、こうした障害者手帳のデジタル化は、障がいのある方の身体的及び心理的負担の軽減につながるとともに、生活の利便性の向上に資するものであるので、まずは、庁内での調査を行い、関係部署とも連携しながら「ミライロID」が利用できる体制を構築していきたい。
また、民間事業者等における適用についても、さらに拡大されるよう周知に努めていきたい。

感謝の思いで
生前の祖父母に思いを馳せ
連日暑い日が続いております。熱中症には十分に気を付けていきたいと思います。また、台風も近づいてきております。今後の天気の変化にも注意していきたいと思います。
今日は所用で宮城まで。夕刻には帰宅し、祖父母の墓前へ参り、生前の祖父母に思いを馳せました。
2018年の11月でしたが、ユネスコ世界記憶遺産に登録されている「舞鶴引揚記念館」を視察させていただきました。昭和20年(1945年)第二次世界大戦の終結に伴い、当時海外に残された日本人は660万人以上ともいわれ、これらの方々をすみやかに帰国させなければならなくなり、これを「引き揚げ」といいます。舞鶴港は、政府が指定した引揚港の一つとして、昭和20年10月7日第一船の入港から、昭和33年9月7日の最終船まで、実に13年間の長きにわたり、その使命を果たしました。
今は亡き私の祖父も、シベリアでの抑留生活を余儀なくされた一人。子どもの頃の私に、当時の戦争の話をすることはありましたが、抑留生活に詳しく触れることは一度もありませんでした。しかし、舞鶴に展示されている関係資料を拝見させていただき、思い出したくない辛い生活を強いられたのだろうと思いを巡らせました。
目に留まった、舞鶴港の岸壁に立ち尽くす幼い姉弟の写真は、引き揚げの途中で母が亡くなり、いつ来るかも分からない父を待ち続ける小さな後姿。涙を抑えることができませんでした。
公明党創立者が綴られた小説「人間革命」は、『戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど悲惨なものはない。だが、その戦争は、まだつづいていた。』との一説から始まる。そして小説「新・人間革命」は『平和ほど、尊きものはない。平和ほど、幸福なものはない。平和こそ、人類の進むべき、根本の第一歩であらねばならない。』との一説から始まる。
15日は78回目の終戦記念日。政治のあり方は、そこに住む人たちの幸・不幸に大きく関わる。政治に携わる者の責任の重さを肝に銘じ、公明議員としての使命に生きることを墓前に誓いました。
(写真は祖父母のお墓からの景色)









