2015年、あけましておめでとうございます。
東京・関東地方は比較的穏やかな天候に恵まれました。
ブログ更新は、実に久しぶりです。。。
昨年はフェイスブックでの発信を続けておりましたが、
過去の全ての投稿を遡ってみることができないようなので
(何故だかわかりませんが・・・)
今年はブログに軸足を戻すことにしました。
本年もどうぞ宜しくお願いいたします。
先日、京都市洛西地域と長岡京市の福祉関連施設を視察してきました。
京都市の西端を指す「洛西」とその南西に位置する長岡京市。
長岡京市は、父の仕事の関係で、高校3年の夏に
京都市から引っ越して10年あまり住んでいたところです。
新興住宅地だった長岡京市は、それまで住んでいた東山五条とは違い
街灯も少なく、移動手段は車か自転車、バイクで、
歩いている人はまばら。。。
駅へ向かう道中にはなんと田んぼがあり、収穫物は無人販売。
ここに生まれ育った方には申し訳ないけれど、
「都落ち」という言葉が事あるごとに浮かんでくるほど、
侘しい寂しい町でした。
それでも「住めば都」♪
のどかで、水はきれいだし(隣の町には某社ウィスキー工場がある)、
パナソニック、村田製作所、三菱電機、村田電機、日本輸送機などの
優良企業が本社や工場、研究所を置いていたので、市民税(当時)も安い!
また、平安京の前に10年だけ都が置かれた長岡京も遺跡の発掘が進み、
知名度も高くなってきたし(大極殿跡は隣の市にあるのですが)、と。
この長岡京市・洛西地域を今回久方ぶりに訪れたところ、
私が住んでいた頃と比べ、格段に住みよい「街」になっていました!
まずJRの駅前がきれいに整備され、駅直結マンションまで建っています。
また工事が途中で止まっていた高速道路(第二外環状線)や
山を切り開いて作った道路が開通し、洛西地域での移動時間が大幅に短縮。
電車も阪急、JRともに新駅が完成していました。
また洛西にある「桂坂」という、京都市が開発・供給した高級住宅地は、
交通の便が整わず「陸の孤島」で、新居を構えた人たちからは
「騙された!」と恨み節がよく聞かれたのですが、
こちらも、今は見違えるほど交通の便が良くなっていました。
今議員になったからこそわかるのですが、これらの開発計画は
きっと私が住んでいた頃には既にあったんだろうな、と。
ただまちづくりが完成するには何年も、何十年もの時間を必要とするから、
それまで「じっと我慢」だったけど、ようやくそれが結実したんだな、と。
中央区も5年、10年、30年先を見据えて、
まちづくりの新たな計画策定に取り掛かっています。
折り良く、今所属しているのは環境建設委員会。
「まちづくり」に対して、もっと意識して学ぼう、と思うことができた、
そんな今回の視察でした(本来の目的は違ったんですケド・・・)。
この年末は、刷り上ったばかりの「やよい通信」を携えて
年内のご挨拶に飛び回る、ハードな日々でした。
お正月準備もごくごく簡単に済ませました。
我が家では、お節料理は「誰も食べないから」との理由で、
俗にいう「豪華おせち」とは程遠いもので、
お膳にのるのは「黒豆・ごまめ・数の子」の三種の肴だけです。
来年はこれに海老と卵焼きともみじ麩が加わる予定。
昔は確かにもう少し品数が多かったのですが、
今は本当に質素そのものです。ま、いいんですけど。。。
お雑煮は、昆布と鶏肉で出汁を取る、しょうゆ味のおすましです。
母の実家は京都風の白味噌でしたが、嫁入りした時に
「うちは関東風のおすましだから」と教えられ、
白味噌のお雑煮が嫌いだった母はとても嬉しかったそうです。
なので、私は実は白味噌のお雑煮を一度も食べたことがありません。
なんでも、関東風の中でも鶏肉を出汁に使うのは東京の特徴らしく、
堀田の家系は東京出身なのかな、と推測しています。
お雑煮は地域によって特徴があり、立派な文化圏を形成していて、
全国の分布図を見ているとそれだけで結構楽しめます。
無形文化遺産に登録された和食の中でも、お雑煮は
そのバリエーションの豊富さで随一かもしれません。
今年も残り数時間で幕をおろし、新しい年を迎えます。
来年が皆さまにとり、良い年となりますよう。
昨年12月に政権が交代してまもなく1年。
政権交代の少し前から、弱いながらも見られていた景気回復の動きは、
交代以後、波はあるものの、強さを増し続けてきたように思います。
私は江戸前のうなぎが大好きで、ご近所に有名なお店があることもあり、
お休みの日の昼食に出前でいただくことがちょくちょくあるのですが、
こちらのお店、今年に入って明らかに忙しくなりました。
土曜日など、夕方近くになってもまだ暖簾がかかったままだし
(以前はそうでもなかった)、出前を頼んだ時も
「ちょっと時間がかかりますー」というお返事をいただくことも度々。
今日もそんな感じで、でも思ったより早く持ってきてくださって感謝!
だったのですが、とにかくお忙しそうでした。
この辺りはマンションが急増しているので、単純に住民が増えたことが
原因かもしれませんが、景気が良くなってきたことも一因かな、と。
先日参加した浜二町会青年部の忘年会でも、
日頃の町会活動では必ずお見かけするのにその場に来ていない方が
何人かいらして、お聞きすると「仕事で忙しくて欠席」とのこと。
私は勉強会終了後、22時を過ぎてからの参加だったのですが、
私よりさらに遅く駆け付け参加した方も2名いらして、
本人に伺うとやはり「仕事で」とのことでした。
個人経営者の方も「忙しいので新規採用する」と仰っていました。
国民全員が景気回復を実感するのはまだ先のことかもしれませんが、
私の周囲では着実に上向きになっているということを感じます。
昨日まとまった来年度税制改正大綱では、消費税率引き上げに伴う
軽減税率の導入や、軽自動車に対する税制などで公明党の主張が
大きく反映されました。ただ、軽減税率についてはさらなる検討が必要です!
今後の議論の行方を見守りたいと思います。
今月22日から本年最後の定例会が始まり、
私は25日、3番手で一般質問に立ちました。
今年は2月に一般質問、続いて3月に予算特別委員会、
10月の決算特別委員会の後、11月の一般質問と
大きな場で質問に立つ機会が多く、その準備が大変で、正直なところ、
何をしていてもどこに居ても、常に頭の片隅にひっかかっている、
そんな悩みの日々でした。。。
これまでの一般質問は、区民の方からいただいたご相談をもとに
質問として訴えてきたのですが、今回はそうではなく、
施策等に対して「質問する」という方向性になりました。
テーマは「防災」と決まったのですが、このテーマはそれこそ
東日本大震災以降(以前も)かなり多くの議員が取り上げてきたので、
今更質問することなど無いのでは?と内心戸惑いつつも、
とりあえず関連資料を手当たり次第に読み始めました。
しかし2週間前になっても構想がまとまらず、
一時は白旗を揚げようかとさえ思ったほどでしたが、
なんとか無事に原稿を書き上げ、質問も終わり、
今は開放感“全開”です!!
気づけばもう、暦は明日から「師走」。
福岡や大阪からは、早くも初雪のたよりが届きました。
定例会は12月3日に最終日を迎えます。
それ以後も委員会の審議は入ってきますが、
もう大きなものはありません。
決算特別委員会、一般質問と続いたせいで、
実はまだ衣替えが終了していません(!)。
新年を迎える為には、まずこれを片付けてしまわなければ!
前回からなんと3ケ月が経ってしまいましたね・・・
この間フェイスブックにはちょこちょこ投稿していました。
でも、決して一生懸命投稿しているわけでもないのに、
はや「SNS疲れ」を感じている今日この頃の私です。。。
今日は、朝は区立知的障害者支援施設「レインボーハウス」の
「なないろ祭」に出席。今年で設立10周年です。
その後は浜町公園に移動し、浜町商店街連合会主催の
「移動商店街」へ。
私も一応商店街の一員なので、本当はスタッフとして運営側に
回らなければならないのですが、とりあえず「駆け付け」で(汗)。
その後の打ち上げにはしっかり出席しました(笑)。
今年で3回目となる移動商店街、オープニングの集客もすごかったようです。
商店の方のみならず、町会の皆さんのご協力の賜です♪
ここ数日は昼の暑さが夜まで続き、夏に戻ったかのようでしたが、
今日は夕方になるとひんやりと涼しくなりました。
今年は秋が短く、すぐに冬が来てしかも寒さが厳しいのだとか。
イヤ~な「北風」の季節が到来するのもまもなくです。
ところで、イソップ物語の「北風と太陽」は皆のよく知る話。
「北風」がどれだけ力にまかせて強圧的な行動に出ようとも、
結局はそれで望みを叶えることはできないという寓話。
「アリとキリギリス」「金の斧」など、イソップ物語って鋭いですね。
今日は母校の神戸市外国語大学の関東支部同窓会に
初めて参加してきました。
参加者の大半は60歳以上の大先輩だと伺っていたので、
知らない人ばかりと思いきや、1人顔見知りの先輩がいてホッ。
この数ヶ月の間に新たな出会いを作らせていただいた方も
数名参加しておられ、お礼を申し上げることができました。
同窓会は最初に講演があり、講師は、某大手商社を定年後、
外務省の事業に携わり、現在は新潟県の国際ビジネス
推進担当参与でいらっしゃるロシア学科の大先輩。
長年ソ連、ロシアに居て実際に目で見たこと、耳にしたことを中心に、
短時間ながら、興味深いお話を聞かせていただきました。!
懇親会に移ってからは、ご来賓の話に驚きの連続。
同窓会長からは、大学法人化された時の学長として、
国立だった大阪外国語大学が阪大に統合された際の裏話や
その後の経過・現状が紹介されました。ちょっとシビア・・・
そして、外大の年間運営費23~24億円のうち、
半分が神戸市持ち、残りの半分は授業料等で賄っている、とも。
自治体の財政をみる立場から私は「半分も?」と驚いたのですが、
他の方々の反応は「半分だけ?」というものでした。。。
続いての来賓は浅井信雄先生。先生は私が4年生のとき、
新聞社の海外特派員から神戸市外大教授となられました。
授業も取っていましたが、とても楽しかったと印象に残っています。
翌年湾岸戦争勃発を機に“中東の専門家”としてテレビ出演をされ、
その後はコメンテーターとしてすっかりお馴染みになられました。
浅井先生は、実はずっと外大の同窓会に参加されているそうです。
浅井先生の孫(子猫のくうちゃん)も一緒に
懇親会ではいろいろな方とご挨拶でき、あっという間に閉会の時間。
今から来年の同窓会が楽しみです♪
昨日(6月9日)日本橋消防団のポンプ操法大会があり、
わが第3分団は、見事優勝しましたー!
前回優勝した昭和46年から、実に42年ぶりという快挙。
あまりに昔のことで、分団長でさえ「入団以来初めて」と。。。
第3分団は、どの分団よりも練習を重ねてきたことを自負しています。
昨年も優勝を目指したのですが、結果は残念ながら3位。
でもそのくやしさをバネに、選手もサポートの人も、
一丸となって取り組んできた、その努力がとうとう報われたのです!
私は女性団員の演技(MCA無線を使った災害現場での救助活動)と
表彰役員として参加していて、閉会式直前表彰役員のテントに届けられた
賞状「第1位」を見て、選手たちより一足先に結果を知ったのですが、
飛び上がらんばかりに嬉しかったです。
役員なので、ポーカーフェースを貫きましたが、、、
他の分団の女性団員の方達も「第3分団はよく頑張ってたもんね」と
一緒に喜んでくださいました。
入団3年目の私でさえこんなに嬉しいのですから、
団員何十年という方々の喜びは言葉では到底言い尽くせないと思います。
昨年秋の被災地への研修旅行、暮れも押し詰まった12月22日に
披露された新築の分団倉庫完成、と押せ押せのムードだったとは思いますが、
まさかまさか、悲願の優勝を果たすとは!!
今年の研修旅行も「八重の桜」の福島・会津で決まっていて、
みな楽しみにしていますし、今後もまだまだ第3分団の勢いは止まりません。
5月最後の日曜日の朝、区のクリーンデーに参加した後、
いそいそと晴海埠頭へ向かいました。
毎年区内の晴海埠頭で行われる、
東京消防庁主催の「水防ページェント」に出席する為です。
これは消防艇や水上ボート、消防ヘリコプターが勢ぞろいして、
日頃の訓練の様子を披露する、一大イベントです。
私が所属している消防団を所管する日本橋消防署の、
浜町出張所には消防艇が配備されていて、
勝手に親近感を持っているこの消防艇を見れるイベントは、
私にとっては見逃せないものです。
先日、消防団員として、近所の小学生たちの写生会に
“モデルとして”参加したのですが、その時の様子を
「実際は、モデルは消防艇でした!」とフェイスブックにupしたところ、
京都の友人(ご主人は消防団員)から「消防艇って何?」と尋ねられ、
存在を知られていないことを知った私は、
「消防艇の晴れ姿を知らせねば!!」との使命感にかられて(笑)、
水の消防ページェントで張り切って写真を撮り続けました。
フェイスブックに投稿した写真は、反響も上々。
特に、今回退役した旧「みやこどり」が消防総監に敬礼する姿と、
その後方で放水する新「みやこどり」のツーショットは、
まさに“絵になる”光景だったと思います。
東日本大震災の折、千葉県市原市で起きたコンビナート火災の
鎮火にも当たった東京消防庁配下の消防艇。心強い存在です!
ページェントの最後を飾ったのは、カラーの一斉放水。
写真には3色しか入らなかったのですが、実際は
東京へのオリンピック招致を願う5色の放水ショーでした。
今日と明日(11日・12日)は神田祭です。
本来は2年に1度実施されるのですが、東日本大震災の関係で、
前回から4年ぶりの開催となりました。
私は今回が初“神田祭”で、町会の一員として
山車の接待係になったのですが、イメージが湧きません。。。
噂に聞くこの祭がどんなものなのか、
興味深深で今日を迎えました。
いざ本番。
山車は子どもたちが引っ張って町内を巡行するのですが、
「山車の接待係」とは、この子どもたちが休憩所に着いたとき
お菓子や飲み物などを渡してあげる係でした。
参加していた子どもたちは50人くらいでしょうか。
まだ小学校に上がっていないような小さな子がほとんど。
なかにはズブ濡れの子もいて心配でしたが、
みんなワイワイ言いながら、手には持ちきれないほどの
お菓子をしっかり握りしめながら、歩いていきました。
巡行の間ずっと流れているお囃子は、なんと生演奏!
浜町囃子子供連のメンバーが雨の中、一生懸命演奏してくれました。
贔屓目なしに上手でした!
京都では祇園祭が近づくと、町家の2階で練習するお囃子の音が
聞こえてきて、これを聞きながらいよいよだなと思うのですが、
浜町界隈では全く練習している音が聞こえませんでした。
町中マンションだらけだし、仕方ないかなと思いつつ、
ちょっと寂しい気もしました。。。




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