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公明党○○支部 平野充
hirano-m@jc.ejnet.ne.jp

駅頭にて感じたこと

平成27年7月15日(水)晴れ・猛暑

今週は、仙川・つつじヶ丘駅(南・北)にて挨拶立ちをしました。

このたび、つつじヶ丘駅北口ロータリーには三鷹シティーバスのバス停に上屋(屋根)が整備されました。

 IMG_0709

さて、 昨日は民主党が議員と運動員でチラシを配布。

本日は共産党が7時半から議員が大きなスピーカーで演説し運動員がチラシを配布。

それぞれ両党とも、朝の運動終了後に運動員が私のところへ何やら言い寄ってこられました。

今日も私は、一人公明党の旗を持ち挨拶に立っていましたが、

その間ずっと横から共産党の演説内容が聞こえてきておりました。

 

そんな民主・共産の両党の姿を見ていて、本日は私なりに少々コメントすることにします。

 

例えば、泥棒はいけないということは小学生でもわかること。

しかし、ただいけないと叫ぶだけで、カギも締めず無防備にしていて

泥棒に入られたとしたら、結局、被害を受けるのは自分です。

政治的な観点から言えば「泥棒が入らないように防備」することが政治の役割です。

 

戦争は絶対反対。それは日本人の総意といえるでしょう。

もちろん叫ぶことも大事です。

しかし、政治的には戦争(紛争)が起きないように手を打つことが最も大事です。

 

こういうことは、かつて読んだマックスウェーバーの著書「職業としての政治」から

私なりに学んだことでもあります。

 

「平和安全法制関連法案」は国会での審議時間が100時間を超えました。

時間が足りないと叫ぶ議員がいるようですが、

どんな法案でも、永遠に議論していれば良いものなどありません。

最初から時間には限りがあります。

だからこそ、レッテルはりに躍起になって無駄に時間を浪費していた時期がもったいないし、

そんなことは政治家としてレベルが低い。

政治家なら、最初から真剣勝負で論戦し、相手をうならせて

法案の中に一行でも修正を加えさせるなど、

政治家なら“論戦した結果を残してみよ”と言いたいのであります。

それが出来ないから最後の採決の際に醜いパフォーマンスをして

いかにも戦っているように見せてごまかすのです。

あるいは採決から逃げ出すのです。

 

かつてPKO法案のときも、「戦争法案だ!」とレッテルをはり、

凄まじい運動・チラシ配布も行われました。

“戦争をしに行く”と、戦車の写真を貼りつけたビラが大量にばら撒かれていたことを

よく覚えています。

マスメディアはそれらをセンセーショナルに扱いました。

今から振り返れば、あのときの報道(扇動)がいかに事実と異なっていたか判明しています。

しかも、あのときの“嘘”に対し何の謝罪もありません。

結局、騒ぐだけ騒いで時が過ぎればあとは知らん顔というのがこれまでの流れです。

 

このたびの法案に反対されること自体には異論はありません。

賛成も反対も人それぞれ、それは自由です。

 

しかし、嘘をばらまいて国民(市民)の不安を煽り、

正常な判断を鈍らせるような行為や言動に対しては黙っているわけにはいかず、

少々コメントするに至りました。

今、国が行おうとしていることは「防衛」です。

その「防衛」を「戦争」とすり替えて騒ぐから国民(市民)は混乱するのです。

調布の議会でも同じです。

この“すり替え”により市民が混乱し、問い合わせが来ているのです。

「戦争絶対反対」は言われるまでもなく当然です。

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