今日の日本の閉塞状況がもっとも良く示されているのはやはり政治かもしれない。
ただ注意しておかなければならないのは、政治とは、決して政治家や官僚や行政などによって担われる行為だけではないと言うこと。
国民の意識や価値観、メディヤア、文化、こうしたものが全て政治に関わってくるのです。
ちょっと極端なことを言えば、町を歩く人々の顔つきから週刊誌の見出しまで政治に関わっているとも言えるのではないか。
なぜなら、民主政治とは、その国の国民の情緒や気分や意識の表出そのものだといっても差し支えないからです。
今日、誰もが日本の政治はどうにもならない、と言います。
だとしたら、それが意味しているのは、政治だけではなく、日本社会が、日本人そのものがどうにもならないと言うことでしょう。
よく「民意」を政治に反映せよ、と言う。
民意が大事だと言う局面もあるでしょう。それを否定しません。
しかし、それにしても誰も彼もが「ミンイ」「ミンイ」と唱えることには大きな落とし穴があるのではないでしょうか?
たいていの人が「自分の考え」と言っているのは「自分の都合」や「自分の事情」が多いのでは?
そして多くの人はそのことに気づいている・・・と思います。
自分の都合や、自分の事情をもう少しカッコよく粉飾すると「ミンイ」「ミンイ」という言葉になる気がします。
「私の気分」を実現して暮れとは言いにくいので、「ミンイ」を実現せよと言う具合になるのではないかな?
今日の日本では「ミンイ」こそ、多分に「空気」によって動かされ、支配され、状況によって移り変わることは、前会総選挙で民主党が圧倒的な大勝利を納めた事で我々は経験したはずです。
今回、「ミンイ」「ミンイ」と言われたら気をつけましょうね。
特に政治家、マスコミ、または隣にいる人に・・・・。