何でもそうだが、その時の空気ってあるのだろう。
例えば小泉首相の「郵政民営」という言葉がやたらクローズアップされた時、民営化に反対するする者は悪人呼ばわりされか
ねない空気があった。
90年代に選挙制度改革、すなわち55年体制に終焉をもたらす制度として「小選挙区制」が、政権交代可能のシステムとして導
入された。
もっと以前、日本が大戦に突き進んだ時、皆、心の中では、「どこかおかしいと」と思ってはいても、口に出せない雰囲気があった
事は、戦後生まれの我々世代でも容易に推察する事ができる。
要は、その時代に生きていなくても、その時、その時代の「空気」が如何に大きな存在なのかが分かるという事なのだ。
そして、その「空気」は概して後悔することが多いのではないだろうか。
先の敗戦しかり、民主党のマニフェストに見る政権交代しかり、何が何でも民営化しかり。
後期高齢者制度もそうだった。
あれは、高齢者の負担を一定額に抑える為の良くできた制度だった。(ある意味、全体の不足分は税が幾らでも投入できるシス
テムだったんだ。)
でも、「姥捨て山」とかマスコミが煽りたて、何となく悪い制度という認識をもたれてしまった。
当時の野党、民主党も煽ったな。
あの制度をなくすって言ってたけど、その後どうなったんだろ?
とにかく冷静になって考える。
例えば、今の放射能や放射線物質の問題。
今の一部のマスコミや、全体としては圧倒的少数派である学者の声が全体の空気を作っているように思えてならない。
「将来、子どもが癌になったらどうするの」と、誰も反論しようのないヒステリックとも思える文章が主婦向けの雑誌に載ってる。
それらが現在の「空気」を助長させている。
何十年とその道で研究研さんしてきた数多くの良識ある学者は、一夜漬けで勉強した一部のメディアが作ったその空気に・・・か
つて日本が戦争に突入していった時に、何も言えなかった知識人達とその姿がダブってしまう。
これって、不幸なことだと思うんだよ。
私だって専門的な事は分からない。
でも、今の「空気」の危うさなら分かります。