Archive for the ‘6.仙台3.11から千葉9.9へ防災’ Category
大雨警戒!草野水路の水位がネットで掲載
いよいよ本格的な梅雨が始まり、21日(水)は今年一番の大雨のようですので、互いに警戒の声を掛け合いたいところです。
千葉市稲毛区には、大雨による「避難勧告」が毎年のように発令されている都市下水路「草野水のみち」、通称・草野水路が流れています。
その水位が千葉市ホームページの防災ポータルサイトに掲載され、下記アドレスから、現在の水位や危険な水位が一目で分かるようになりました(平成29年から!)
http://gsuishin.komatsuelec.co.jp/opendata/suishin/12/100/index.html
この課題は2年越しに議会質問で取り上げて参りました。(平成27年第3回定例会、同28年第3回定例会)
大雨の中、カッパを着て自治会長さん達と一緒に水路の現場を監視し、
「当然、大雨で皆さん家の窓も閉めてるし、この豪雨と濁流の音では、全く避難勧告のサイレンが聞こえない。」
と、現場で頭を悩ませ、考えた末の提案でした。(自治会の方々の姿を見て、部屋の中で水位を監視できれば、と思いました。)
https://www.komei.or.jp/km/chibacity-sakurai-hideo/2015/07/page/2/
しかし、問題はここからで、
①防災サイト掲載の川の水位情報は、県から提供された情報(なので、市では動かせない。)
②あくまでも防災サイトの水位掲載は「河川」の水位であって、都市下水路は対象外
③閲覧を目的としていない都市下水路の情報を掲載するには、システム改修が必要
などなど行政上のハードルは幾重にも。
それらを、一つひとつ当局に乗り越えて頂いての実現でした。
感謝です。
振り返ると、この防災ポータルサイトで、氾濫したことのない「河川」ではなく、実際に勧告が発令されている「都市下水路」を掲載したことは、行政上の形式でなく生活者の実被害の観点を優先させたことや、県任せではない市独自の水害対策を進めたこと、また、これまでと異なるオープンデータの活用の在り方等、前例に囚われない画期的な取り組みと言えます。
逆に、稲毛区の共産党の市議が、議会で
「草野水路の警報を最大音量にすべきだ」と発言しているのを聞いた時には、
「ああ、音量はとっくに最大になっていて、音量なんかでは解決しないということを、現場にいれば分かるのに…自分が現場に足を運んでいないと言っているようなものだな。」と思いました。
また、2015年7月3日の避難勧告の際には、稲毛駅前で「戦争法反対」などと叫び、署名運動を実施していたため、
「本当に市民の命を守る気があるなら、行くところが違うでしょ。まずは近くの避難所の様子を見に行くべきなのに」
と強い憤りを感じました。
これからも生命・財産を守る政治を、口先ではなく、行動や結果で具現化できているか、自らに戒めながら精進してまいります。
まずは、これからの大雨にご注意ください!早速、サイトのご活用を!
※追伸:2020年11月には稲毛小学校のけやき門側の水路との脇に、浸水等への対策として土のうステーションが増設されています。
詳細は以下のファイルでご確認ください。
稲毛小学校脇の土のうステーション (komei.or.jp)
#草野水路 #草野水のみち

本人がフェニックス!千葉清英さん
石巻市門脇町にある、あの有名な「頑張ろう 石巻!」の大看板。
その脇に花を咲かせたひまわりの姿は、人々に大きな希望をくれました。その名も「ど根性ひまわり」。
そのひまわりの種が全国に広がっています。その運動を展開し、自らも「気仙沼フェニックス・バッティングセンター」を作って、復興の先頭に立っている千葉清英さんと、本日、縁あって、懇談させていただきました。
3.11の壮絶な被害、亡くなった奥様、娘さんへの想い、生き残った息子さんとの約束のバッティングセンター、まだ終わらない仮設住宅の生活、それでも従業員や地域の方々を護るために尽きることのない知慧と行動力…
雑誌や映像(STB!)で拝見してきた千葉さんの生の若々しさ、バイタリティー、誠実さに感銘し、私も思わず個人的な心情を吐露してしまいました。
シリアスな話になりがちですが、千葉さんはとても楽しい方で、そんな一面も含め、全てを夢や目標のために使い切ろうと、生き切っている姿に人間の凄みを感じました。
千葉市稲毛区という遠いところまでお越しいただいた御礼は、いつか石巻に伺うこと、そして、あの震災を、千葉で風化させないように尽くすことだと心に誓いました。
御縁をいただいた地域の御婦人に大感謝です。ありがとうございました!
東北でのコトバ再考とHP御礼
ネットやSNSでの言葉の難しさを、この一週間再認識させられました。
ちょうど一週間前に私は、「仙台での耳の痛い御意見」について触れました。
それは「一言で言えば、様々な次元での「安全神話」への懐疑であり、それは、どうやって「人間を守る」のかという視点」と書きましたが、「耳が痛い」と書いたことにより、単に安保法案への賛否に関する声であると、読んだ方に思いこませてしまったようです(その思い込みを生むこと自体が、今回の議論をめぐる最大の問題点に感じます。)。
より意図的に表現すると、この法案に賛成すれば「平和」がもたらされるという「安全神話」に対しても、この法案を廃案にすれば「反戦」になり、戦争から遠ざかるという「安全神話」に対しても、いずれにも懐疑の視線が向けられていたという実感です。(こう書くと、また誤解を招きかねないので明示すると、私は法案に賛成ですが、「平和」や「反戦」って、無関係とは言いませんが、こういう次元ではないと思っています。)
それは、大震災や原発事故に直面し、「安全地帯」からの無責任な安全神話にはもうウンザリだ、という生々しいコトバ。
それを、東北を過度に美化せず、謙抑的に表現したかったのですが、私が上手く表現できなかったようです。申し訳ありませんでした。
そんな稚拙な私のホームページへのアクセス「人数」が、先日1万人を超えました。(アクセス「件数」は当然もっと多く戴いています。)
一介の新人市議会議員、そんな素人が開設して8か月も経っていないサイトなのに、本当に感謝です。ありがとうございます(泣)
言葉の難しさと向き合いながら、少しずつでも、確実に前に進んでいきます。今後もどうぞ宜しくお願い致します。
桜井拝

仙台弾丸単独ツアーを終えて
全く私的な仙台弾丸単独ツアーのさなか、被災地に一瞬だけ立ち寄ることができました。
現在、被災地と言えば、当然、福島県や岩手県沿岸等が取り上げられますが、普通に都市生活を営んでいる印象の仙台市内でも、昨年末の段階で7千世帯以上の方々が、プレハブ仮設を始め、応急仮設住宅に入居されている状態です。
そして、たった2年しかいなかった私が言うのもおこがましいのですが、在仙当時に日常的に買い物等の生活拠点だったり、少年院の教官として少年たちを連れて老人ホーム等でボランティア活動をしたり、出院後の社会復帰に向けた勉強を一緒にしにいったり、娘を連れて海岸沿いの砂浜に遊びに出かけたり、ハラコ飯を食べに行ったり等々、思い出深い多賀城、荒浜、そして名取市の閖上(ゆりあげ)が、被災地として常に思い起こされます。
そして、今の季節だと閖上の花火祭りが特に印象的でした。
地域では有数の花火大会で、観光バスが乗り付けたり、多くの市民が集まったり、その花火も見事でしたが、川沿いの古い町並みと、仙台市に通勤するベットタウン的な道路沿いの新しい閑静な住宅街等の、街あげての雰囲気作りが印象的でした。
震災では、その逆流した川沿いの家々は言うまでもなく、地域一体が全て津波に飲み込まれました。
写真は、今回とっさに撮った「現在の」閖上です。
復興が進んでいるとか、進んでいないとかを言いたいわけではありません。
とにかく、名取駅のタクシー乗り場で「被災地を見たいんです。」と、ストレートに切り出してよかったと思います。あとは、予算と時間の相談だけ。改めて来て良かったと痛感しました。
名取駅の駅前に降り立つと、全く普通の生活が目の前で営まれており、自分自身も名取駅には震災直後に行ったことはなく、行ったのは震災前以来だったので、一瞬、その5、6年前と今日の映像が直接つながり、その間に起きた震災の記憶が吹き飛んで、その一言を言い出すのにためらいを覚えました。「被災云々はもう場違いかな?」と感じました。だからこそ、言えて良かった。
この地域の増田中学校で2,3か月にわたり避難生活を経験された方に、40分から50分程度だけ、一対一でお話を聴く機会が得られました。
当時、眼前で津波にのみ込まれた人々、避難所で低体温症で倒れた老人、避難所で禁止されていた飲酒におぼれ、乱暴な言動を繰り返した大人、避難所で流行したインフルエンザ、わがままを言わない・言えない震災孤児等々、辛い話ばかりでした。
帰路で見かけた五叉路のコンビニ。海に遊びに行く行楽客や花火大会のお客で、夏には常にすさまじい盛況を見せていたコンビニが閉店したまま、廃墟となってました。あそこは幽霊の噂が絶たないと、タクシーの運転手さんが説明してくれました。驚いたのは、真面目そうな運転手さんが「私も(幽霊を)見たんですけどね。」と、さらっと言ってました(「ええっ?!」)。
運転手さんに「今通った、国道4号線って、前と違って、何気に地面が盛りがってませんか。」と聞くと、「よく分かりましたね。皆、慣れてるのか気付かないのか、震災で道路の真ん中が盛り上がったのに、いちいち直せないんですよ。だから、線をまっすぐ引けない…」と。
そして、駅に戻ると、単なるタクシーのお客に対しては余りにも過分な御礼を繰り返し述べられてました。
いきなり閖上とは直接関係ない話かもしれませんが、今回、私は仙台で様々なつながりの同志と会えました。
もっとたくさんの同志と会いたかったのですが、時間があまりにも限られてました。
「絆」という言葉は何かあまり好きではなかったのですが、自分が立場を変えて仙台で再会し、「同志の絆」こそが人生においてかけがえのない宝であることを、肌身で感じました。
で、話は戻りますが、今後もやれることをやっていく。自分の身の回りで手いっぱいで、被災地を常に考えることはできないけど、縁に触れた際には真摯に考える。
東北に限らず、震災に関わった者は、自らがその縁となっていく使命と責任がある。その相手が、隣人なのか、次の世代なのか。いずれにせよ、大事なのは相手に「テーマ」を押し付けることではなく、縁となっていく覚悟を自分が持てるかどうか。
そんなことを考える機会となりました。
第51回千葉県消防操法大会
本日、千葉県消防学校で行われた第51回千葉県消防操法大会に、千葉市議会消防議員連盟として、千葉支部代表メンバーの応援に駆けつけました。
朝から30度を超える猛暑の中、キビキビと全力で取り組む操法に感服するとともに(写真のとおり、採点者も走ってました)、日頃、自らの仕事を持ちながら、プライヴェートの時間を割いて、地域の防災に従事される尊い姿勢に頭が下がる想いです。
自らの前職で、矯正研修所や少年院の現場で受けさせていただいた操法訓練を思い出し、地域に貢献しなくてはいけないと思いました。(この猛暑での2番員?3番員?の全力疾走は本当に敬服(^_^;))
写真は、本日御一緒させていただいた議連会長の中島賢治市議と麻生紀雄市議、撮っていただいたのは石川弘市議です。会派は違えども、新人議員に本当に親切にしていただいております。感謝です。
7月3日大雨・稲毛区に避難勧告(奥井前議員)
本日、大雨により、稲毛区草野都市下水路周辺の住民1万350名に対し、避難勧告が発令されました。
その最中に指定避難所4カ所全てと、稲毛町、稲毛東、小仲台の水路を下流からずっと流れに沿って確認して参りました。
幸いにも避難者なし、大きな被害もありませんでしたが、現場をつぶさに回ると、かなり危険な水位の地域もありました。
現場の生活者、勤務者、避難所に待機されてる役所の方等々、時間の許す限り、話を伺いました。 冷静になってからの分析も大事ですが、その瞬間の皮膚感覚は、その時しか分かりません。
稲毛東は車で入れない道も多く、以前にFBやHPで紹介した電動アシスト自転車と(自称北京式)雨具が大活躍でした。
一番感動したのが、御勇退された奥井前議員も、自ら自転車で回られていたことです。暗黙の連携で、上流と下流から確認し、真ん中で報告し合えた…どれだけエンパワーされたか、計り知れません。ありがとうございました!
ご心配してくださった皆様に対し、なかなか個別に対応しきれなかったことをお詫びし、無事であることを、この投稿に替えて御報告させて頂きます。
現場の住民以外の方には、なかなか対応困難であることを御理解頂ければと思います。今後も宜しくお願い申し上げます。
また、今晩も雨脚が強くなってきました。皆様油断なく、役所の待機当番の方、ご苦労ですが、ともどもに頑張りましょう!

















