カテゴリー(6.仙台3.11から千葉9.9へ防災)

 全く私的な仙台弾丸単独ツアーのさなか、被災地に一瞬だけ立ち寄ることができました。
 現在、被災地と言えば、当然、福島県や岩手県沿岸等が取り上げられますが、普通に都市生活を営んでいる印象の仙台市内でも、昨年末の段階で7千世帯以上の方々が、プレハブ仮設を始め、応急仮設住宅に入居されている状態です。

 そして、たった2年しかいなかった私が言うのもおこがましいのですが、在仙当時に日常的に買い物等の生活拠点だったり、少年院の教官として少年たちを連れて老人ホーム等でボランティア活動をしたり、出院後の社会復帰に向けた勉強を一緒にしにいったり、娘を連れて海岸沿いの砂浜に遊びに出かけたり、ハラコ飯を食べに行ったり等々、思い出深い多賀城、荒浜、そして名取市の閖上(ゆりあげ)が、被災地として常に思い起こされます。
 
 そして、今の季節だと閖上の花火祭りが特に印象的でした。
 地域では有数の花火大会で、観光バスが乗り付けたり、多くの市民が集まったり、その花火も見事でしたが、川沿いの古い町並みと、仙台市に通勤するベットタウン的な道路沿いの新しい閑静な住宅街等の、街あげての雰囲気作りが印象的でした。

 震災では、その逆流した川沿いの家々は言うまでもなく、地域一体が全て津波に飲み込まれました。
 写真は、今回とっさに撮った「現在の」閖上です。
 復興が進んでいるとか、進んでいないとかを言いたいわけではありません。

 とにかく、名取駅のタクシー乗り場で「被災地を見たいんです。」と、ストレートに切り出してよかったと思います。あとは、予算と時間の相談だけ。改めて来て良かったと痛感しました。
 名取駅の駅前に降り立つと、全く普通の生活が目の前で営まれており、自分自身も名取駅には震災直後に行ったことはなく、行ったのは震災前以来だったので、一瞬、その5、6年前と今日の映像が直接つながり、その間に起きた震災の記憶が吹き飛んで、その一言を言い出すのにためらいを覚えました。「被災云々はもう場違いかな?」と感じました。だからこそ、言えて良かった。

 この地域の増田中学校で2,3か月にわたり避難生活を経験された方に、40分から50分程度だけ、一対一でお話を聴く機会が得られました。
 当時、眼前で津波にのみ込まれた人々、避難所で低体温症で倒れた老人、避難所で禁止されていた飲酒におぼれ、乱暴な言動を繰り返した大人、避難所で流行したインフルエンザ、わがままを言わない・言えない震災孤児等々、辛い話ばかりでした。

 帰路で見かけた五叉路のコンビニ。海に遊びに行く行楽客や花火大会のお客で、夏には常にすさまじい盛況を見せていたコンビニが閉店したまま、廃墟となってました。あそこは幽霊の噂が絶たないと、タクシーの運転手さんが説明してくれました。驚いたのは、真面目そうな運転手さんが「私も(幽霊を)見たんですけどね。」と、さらっと言ってました(「ええっ?!」)。

 運転手さんに「今通った、国道4号線って、前と違って、何気に地面が盛りがってませんか。」と聞くと、「よく分かりましたね。皆、慣れてるのか気付かないのか、震災で道路の真ん中が盛り上がったのに、いちいち直せないんですよ。だから、線をまっすぐ引けない…」と。
 そして、駅に戻ると、単なるタクシーのお客に対しては余りにも過分な御礼を繰り返し述べられてました。

 いきなり閖上とは直接関係ない話かもしれませんが、今回、私は仙台で様々なつながりの同志と会えました。
 もっとたくさんの同志と会いたかったのですが、時間があまりにも限られてました。
 「絆」という言葉は何かあまり好きではなかったのですが、自分が立場を変えて仙台で再会し、「同志の絆」こそが人生においてかけがえのない宝であることを、肌身で感じました。

 で、話は戻りますが、今後もやれることをやっていく。自分の身の回りで手いっぱいで、被災地を常に考えることはできないけど、縁に触れた際には真摯に考える。
 東北に限らず、震災に関わった者は、自らがその縁となっていく使命と責任がある。その相手が、隣人なのか、次の世代なのか。いずれにせよ、大事なのは相手に「テーマ」を押し付けることではなく、縁となっていく覚悟を自分が持てるかどうか。
 そんなことを考える機会となりました。

候補①

候補② 候補③ 候補④

   本日、千葉県消防学校で行われた第51回千葉県消防操法大会に、千葉市議会消防議員連盟として、千葉支部代表メンバーの応援に駆けつけました。
 朝から30度を超える猛暑の中、キビキビと全力で取り組む操法に感服するとともに(写真のとおり、採点者も走ってました)、日頃、自らの仕事を持ちながら、プライヴェートの時間を割いて、地域の防災に従事される尊い姿勢に頭が下がる想いです。
 自らの前職で、矯正研修所や少年院の現場で受けさせていただいた操法訓練を思い出し、地域に貢献しなくてはいけないと思いました。(この猛暑での2番員?3番員?の全力疾走は本当に敬服(^_^;))
 写真は、本日御一緒させていただいた議連会長の中島賢治市議と麻生紀雄市議、撮っていただいたのは石川弘市議です。会派は違えども、新人議員に本当に親切にしていただいております。感謝です。

 
 
 
IMG_3608 IMG_3601 IMG_3604 IMG_3605

本日、大雨により、稲毛区草野都市下水路周辺の住民1万350名に対し、避難勧告が発令されました。
その最中に指定避難所4カ所全てと、稲毛町、稲毛東、小仲台の水路を下流からずっと流れに沿って確認して参りました。
幸いにも避難者なし、大きな被害もありませんでしたが、現場をつぶさに回ると、かなり危険な水位の地域もありました。
現場の生活者、勤務者、避難所に待機されてる役所の方等々、時間の許す限り、話を伺いました。 冷静になってからの分析も大事ですが、その瞬間の皮膚感覚は、その時しか分かりません。
稲毛東は車で入れない道も多く、以前にFBやHPで紹介した電動アシスト自転車と(自称北京式)雨具が大活躍でした。
一番感動したのが、御勇退された奥井前議員も、自ら自転車で回られていたことです。暗黙の連携で、上流と下流から確認し、真ん中で報告し合えた…どれだけエンパワーされたか、計り知れません。ありがとうございました!
ご心配してくださった皆様に対し、なかなか個別に対応しきれなかったことをお詫びし、無事であることを、この投稿に替えて御報告させて頂きます。
現場の住民以外の方には、なかなか対応困難であることを御理解頂ければと思います。今後も宜しくお願い申し上げます。
 また、今晩も雨脚が強くなってきました。皆様油断なく、役所の待機当番の方、ご苦労ですが、ともどもに頑張りましょう!

今回の議会質問の最後は、避難所における避難者情報の把握と、災害備蓄品の使用方法の周知についてです。
端的に言うと、
①災害情報共有システムに、住民基本台帳のデータベースを取り入れる
②5月7日に公開された千葉市の災害備蓄品の使用方法に関する資料・マニュアルを、避難所運営の最前線に周知していく
という提案です。これも費用が掛かる提案ではありません。
 市の答弁は、
①提案のデータベース導入により、避難者情報の正確かつ効率的な把握ができることから、システムの改善を検討していく。
②防災ライセンス講座での配布・説明、避難所運営委員会への通知等を行う。
という、これもかなり積極的な答弁を戴きました。
 この質問をした問題意識は以下のとおりです。
 ①避難予定先として近所の学校等を家族で事前に申し合わせするものの、災害は時と場所を選ばないので、実際は家族が別々の避難所に初動の避難をすることを前提に想定すべきです。これは、自分や同僚の仙台市での経験からの考えです。
 その際に、現在のシステムのように、避難生活が始まる、あのごった返した状況で名前、生年月日、住所等を手入力していたのでは、到底遅いし、不正確になる可能性が高い。事前に住民基本台帳のデータベースを取り入れて、検索するだけで足りるようにしておくべきと考えました。
 さらに、迅速で正確な避難者情報がネットワークでつながっていれば、家族が別の避難所に避難していても、すぐに分かる、実は避難者にとっての「安心」の一番は物資ではなく、家族等関係者の安否確認であるという考えです。
 そして、この情報の集積は、性別・年齢別等のデータ集計が容易なので、対策本部からの救援物資の効果的な配分にもつながります。
 ②の備蓄品の使用方法の周知では、避難所運営委員会への「通知」に地味に、でも、かなりこだわりました。「通知」なんて、紙切れ一枚の形式だけという印象を持つかもしれませんが、公的機関の運営において、特にそのリーダー(校長、公民館長等)への周知においては、圧倒的に大事です。
 あえて簡単に言うと、「やった方がいい」「やれる時はやる」レベルではなく、通知によって「絶対やらなければならない」レベルに一気に押し上げます。
 この通知が事前になされている状況で監査や議員視察を行うのか、通知がない状況下で行うかによって、不備指摘後の対応は雲泥の違いになります。前者は、不備に対して処分もあり得ますが、後者は「これからは努めます」で済みます。
 別に誰かを締め付けることが目的ではなく、現場を回って、このままでは「ヤバい」と思ったからです。どうしても、ホームページに貼り付けただけで、「周知しました」と済ませてしまうことが多く、形式に流されないように、意識的に行う必要があります。
 それにしても、この通知は「6月中に出す」なんて言ってたような気がするけど、答弁ではこの期間が、いつの間にか発言から抜け落ちていた気がする。相手が逃げようとしているなんて、変にうがった見方をして騒ぐ必要もなく、今後も「粛々」と「現場から」確認すれば良い。

 今回の①の提案は、実は先日視察させていただいた船橋市で、現在、実験・検討している段階のアイディアを早々に盗んだものです。その素晴らしいアイディアと検討されている船橋市のシステム全体については、追って当方のホームページで紹介させていただきます。本当にありがとうございました。
 感謝の意味で、「ふなっしー」ではなく、公式キャラの「目利き番頭 船えもん」の写真を載せて、この連載完結です。

東日本大震災が起きたあの時、私は仙台市に在住し勤務していました。私の記憶では、携帯電話はすぐに使えなくなったと思います。
初動対応中でテンテコ舞いの最中、廊下に出たほんの一瞬のタイミング。アテにしていなかった私の携帯が鳴りました。

 

「あれ?つながってる?」

 

携帯電話がつながっていることに驚いたのを、今でもハッキリ覚えています。

 

「桜井君、大丈夫か?生きてるかぁ?」

 

遠く離れた地から電話を掛けてきてくれた、懐かしい関西弁の人は、法務委員会の委員長をされた公明党の山下栄一・元参議院議員でした。法務委員長と法務省矯正局少年矯正課職員としての関係?、私にとっては高校の世界史の先生?不思議な関係です。

 

「家族のことは分かりませんが、とりあえず私とこの建物は大丈夫です、連絡ありがとうございます。」

 

とだけ手短に伝えた山下元議員との会話が終わって、すぐに私の携帯電話はまたもや不通になりました。

 

充電の不備も重なって、使えない日がしばらく続きました。
だからこそ、この千載一隅のタイミングで掛けていただいた山下元議員に感謝するとともに、その一念のすさまじさに震えました。

 

他にも電話をしてくれた方がいたと思いますし、被災云々以前に、同じタイミングで一斉に掛けるから、回線がパンクするんだという意見も当然ありです。
ただ、自分からは妻や実家にも連絡できなかった状況下で、たった1人でも自分の安否を報告できたことが、その後の体育館等での活動に専念する上で、かなり大切なことだった気がします。
ありきたりですが、改めて安否確認の方法を決めておくことの大切さを思い出すとともに、危機場面での公明党の在り方、教育の在り方を考えさせられました。

 

 

ちなみに、山下先生は法律畑でなく、教員出身の法務委員長という独特の視点から、少年矯正、特に医療少年院の教育・医療体制に強い関心を持って御支援いただいたのみならず、少年鑑別所にとっても、育成的処遇通知の発出前から観護処遇だけのために、わざわざ現場に足を運んでいただいた稀有な方でした。この場を借りて、改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。(写真は、震災前年に仙台駅で再会したときのものです。)

 

 

(後日談)
千葉に転勤後、山下先生と再会した際に、震災当日の携帯電話のあの不思議な体験を御礼とともにお伝えしました。
当の山下先生は、全く気にかける様子もなく、「当たり前や(創価学園の)教師がドンだけ、おまえらのこと祈ってると思ってんねん。」と、私は軽くあしらわれてしまいました。
(当たり前の現象ではないと思いますが…)
そして、その話よりも、山下先生にとっても後輩の石川ひろたか現・参議院議員の話題を先生は持ち出し、その成長ぶりを感嘆し、誇らしげに語っていました。
・・・山下先生らしいです。(改めて御冥福をお祈りいたします。)

sns_77572_0621848001426036264_0.jpg

4年経ったということで。
悲しく重い、いろんな出来事がのしかかるわけですが、
ありがたいことや、今の支えになっていることも、考えられないくらいたくさんあります。
特に自分は家族を失ったり、自宅が流されたりしたわけではないので、悼みや苛立ち等々のごちゃまぜな気持ちを語ることは不謹慎だという印象を持ってましたが…でも、特に感謝の気持ちをことさら黙っているのも変かと、昨年から思うようになってきました。
特に、娘が当時まだ2歳前ということもあり、本当に多くの方々に支えられました。
あの物資に困ったさなかに、「(秋田、青森、岩手の)親戚から送ってきたから、おすそ分けだよ」と互いに声を掛け、そして御近所で分かち合う。このパターンの多さに驚き、東北地方での親族ネットワークのすごさと、東北の方々の優しさに圧倒されました。
私が困っていると、こっそりとガソリン券まで譲ってくれた方もいました。
この写真は仙台在住当時、近所の通り道から撮った日常の光景です(震災前年)。なんだこの鳥の群れ、普通にいるのってスゲぇって、楽しくて撮りました。そして、ここにも津波は押し寄せました。
いつもながら長文・駄文ですが、(2)で感謝だけ書いて終わります。

ブログバックナンバー
Twitter
モバイルQRコード
QRコード対応の携帯電話をお持ちの方は画像を読み込んでいただくことでモバイルサイトにアクセスできます。
サイト管理者
稲毛区 櫻井秀夫