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稲毛区 櫻井秀夫
hsakurai2016@yahoo.co.jp

Archive for the ‘10.国政に、報道に喝!’ Category

日本への渡航禁止?

何故か、以下は「トップページのつぶやき」から。
27日(木)の分ですが残したくなりました。

 
新型コロナの関係で
アメリカが日本を渡航禁止、レベル4に指定したと騒ぎますが
レベル3やレベル4が他にどのような国に適用されているか
報道している方は知っていますか?
知らずに報道しているようなので怖いです。
東西ヨーロッパはほとんどレベル4ですよ。
ロシア、カナダ、メキシコも4。
それを知れば、
日本もレベル4にすべきで
イスラエル、ニュージーランド、オーストラリア、イギリスなどの
現在絶好調の少数派と同じレベル3ではおかしいとさえ思える。
で、私の決まり文句
知らずに報道してたら無能ですし
知っていて報道してたら悪意ですね

千葉知事選挙②共産党支持層が教えてくれた知事選の投票行動?

今回テーマの「投票行動」については、もう2週間も経って今さら感もありますが(1回書いて、消えてしまったという噂あり(泣)…)、落ち着いてから書くのも良しということで、お許しください。
実は、今回の選挙は(注目された割には?)データが少なく、頼れるのはNHKの出口調査くらいで、あとは選挙管理委員会が公表している開票速報だけです。
その中でも紹介したい数字は、NHKの出口調査における
①共産党の支持層の40%あまりが熊谷氏を支持した
②森田県政を52%が評価している
③投票で最も重視したのは「政策・公約」が41%で最も多かった
④県政の転換を91%が望んでいる
と、

 

 

県知事選と市長選における千葉市内における開票結果の
⑤共産党推薦・「知事」候補のかなみつ理恵氏は千葉市内で15,387票を獲得(千葉市選管)
⑥共産党推薦・「市長」候補の大野たかし氏は43,703票を獲得
(前回選挙より2千票近く増えてます。)
⑦4年前の平成29年の県知事選では、共産党が応援したすみや信一候補は「24,140票」を獲得していた
という数字です。

 

 

また、
⑧3月25日付の千葉日報1面で引用された「自民党型県政の転換を明確に打ち出したのは金光さんだけだった」という共産党県委員長の発言
も紹介しておきたいと思います。

 
これら8つの事実に基づいて、以下のことが推察できます。
(1)①の共産党支持者の40%が熊谷氏を支持したということは衝撃的で、にわかに信じがたいと思われても不思議ではありませんが、同日選における⑤共産党推薦・知事候補の獲得票と⑥共産党推薦の市長候補の獲得票との間に、千葉市内で28,316票の差が生じていることから十分ありえる結果です。
シンプルに考えて、市長選で共産党候補に投票した方の2万8千人以上が、共産党候補以外の知事候補に投票していると推測することが可能です。

 

 

 

(2)前回選挙との比較という点でも、共産党推薦の市長候補は2千票近く増やしているのに対して、今回の知事選⑤と平成29年の知事選⑦を比べると、共産党候補が8,753票減らしていることが分かります。
前回選挙と比べて市長選では増やしているのに、同日選(期日前投票日は市長選よりも長く、投票機会が多かったはず)の県知事選では4割近く減らしているわけです。このことからも、「共産党支持の4割が熊谷支持に流れた」という出口調査の結果は、むしろ否定する方が無理があると思われます。

 

 

 

(3)なぜ、共産党支持者の方の投票行動を取り上げたかと言いますと、今回の知事選では「自民党支持層の60%あまりが熊谷候補を支持した」ことが大きく取り上げられがちですが、(これは政治の場に身を置いている自分の主観ですが)自民党支持層の方が、国政の問題に対して地方選挙で「お灸をすえる」という投票行動をとることは、さほど珍しくない印象ですが、共産党支持層の方がいかなる理由であれ「流れる」という現象は非常に珍しく感じます。
特に共産党に不祥事等の問題があったとは思えず、むしろ上記⑧で紹介したように、「自民党への批判」という意味では、明確に公約として打ち出していたのは共産党候補でしたので、今回の選挙で「自民党への批判が、自民党支持層をも動かし、熊谷氏の大勝をもたらした」というマスコミの説明だけでは、到底、今回の選挙結果の質的な特徴を描けていないと考えます。

 

 

 

(4)それでは、共産党支持層の方をも動かした今回の千葉県民の投票行動から何が読み取れるのか。
私が市長選の支援活動で肌身に感じたのは「森田県政への批判」でした。しかし、これは私の現場感覚にしかすぎません。実際に、②では森田県政は何とか過半数の評価を保っています。(評価されている理由として最も多かったのが「人柄が信頼できるから」の26%で、千葉「県」全体での森田前知事の人気の高さというか、千葉市だけではわからないキャラの受容度合いを感じさせます。)
この点については、ストレートな質問から直接考える方がよさそうです。

 
③の「投票で最も重視したこと」については「政策・公約」が41%で最も多く、次が「経歴・実績」の30%です。森田前知事とは対照的に「人柄・イメージ」は22%、一部マスコミや国会議員が強調した「政党・団体の支援」にいたっては7%にしかすぎません。
そして、④の「今の県政の転換を望むか」については、91%が望んでいると答えています。(「あまり望まない」が7%、「全く望まない」が1%)議論の余地のない数字です。

 

 
つまり、熊谷氏への支持は「実績に裏付けられた政策を県民が評価し、県政の転換を期待した」と考えるのが自然です。
このように述べると、熊谷氏を随分持ち上げているという印象を与えるかもしれませんが、私が熊谷氏をこのように評価しているのではなく、出口調査の結果を虚心坦懐に眺めると、自然に導かれる重要な結論の一つだということです。
そして、私にとって、これこそが今回の出口調査で最も衝撃的な数字でした。

 

 

つまり、現在の政治不信が渦巻く状況にあって、このようなシンプルな、まっとうな話が選挙であるものなのかと。
その意味で、「イメージ」が重視されていなかったので、熊谷氏へのネガティブ・キャンペーンも効果がなかったと言えますし、今回の選挙の争点を与野党対決にしようとした党は、与野党問わず、民意を見誤っていたと言えます(勝ったと称している側も)。

 

 

 

 

そして、自民党型県政を否定したにも関わらず、共産党支持が「流れてしまった」ことも、そこがポイントではないかと推察します。
何が言いたいかというと、共産党も決して負けたわけではなく、今回の選挙は、「自民党批判」という争点をも「実績に裏付けられた期待」がはるかに凌駕したということを示しているのだと思います。共産党支持層の方も、熊谷氏の全てを納得しているわけではなくとも(…それは当然)、共産党支持層にさえも「県政を転換する期待」を抱かせる裏付けがあったということでしょう。
この共産党支持層の方の投票行動は、今回の選挙が
「ありがちな消去法で残された候補ではなく、県民が期待を寄せて積極的に選んだ結果」
であることを示していると考えられまます。
それはとても重要なことです。

 

 

 

 

 

熊谷氏の公約は、新人にも関わらず「○○無料化」などという派手なものはなく、かなり地味でオーソドックスでしたが、それでも訴えが市民に届くことも示してくれました。このことは、政治に身を置く者すべてが注目していいと思います。

 

 

 

 

 

このように、今回の選挙は多くのことを学ばせてくれます。
しかし、納得できる分析・報道を読むことがなかったので、このように自分なりに考えてみましたが、所詮、投票行動の分析は「推測」の域を出ません。
妥当か自信はありませんし、検証も困難です。
それでも、今回の選挙結果の得票数はさることながら、その質的な側面と「しっかり向き合う必要がある」と思い、つらつらと書きました。

 

 

 

 

次回の最終回は、この選挙で勝ったのは誰なのか、今回の選挙現象はポピュリズムなのか、そんなことをまとめられたら…、などと思っています。

千葉県知事選①負けたのは朝日新聞?

千葉県知事選と千葉市長選挙の同日選挙。
結果は、いずれも過去最高得票、県知事選で140万票以上を獲得した熊谷俊人・元千葉市長、市長選で20万票以上を獲得した神谷俊一・元千葉市副市長の圧勝でした。
この歴史的な選挙、勝利者は熊谷候補だ、負けたのは関候補ではなく森田県知事だ、自民党県連だ等々、様々な意見が飛び交っています。

 

 
それらの論評に対して、個々に賛否を述べるつもりはありませんが、話題になっていない異様な光景が、一つだけあります。
それは、3月20日(土)と同月22日(月)の朝日新聞千葉首都圏版の記事です。
①投票日前日の20日(土)30面には、「歴代知事に聞く」と題し、森田健作氏(古賀大己記者、今泉奏記者)と堂本暁子氏の談話を紹介。
堂本氏は、今回の候補に対して将来ビジョンを公約で示してほしいと求め、知事の在り方として情報公開の姿勢や市町村との連携が重要であるとしています。きわめて納得。

 

 

一方、森田氏は、知事の在り方として道路行政の重要性を踏まえた上で経済の活性化をいかにしていくかを述べています。こちらも一つの見識。十分ありです。
しかし、森田氏が、自分がほとんどの政策を実現できたのは、中央政界とのパイプがあったからで、「麻生さん。菅さんたちの協力あってこそ」で、国会議員の経験があったから、友情を大切にしてよかったと述べたことを紹介したうえで、
最後に、
「批判し、敵を作り、大きな声で目立とうとする劇場型の人は、ぼたん雪のようだ。積もるのも早いが、溶けるのも早い。何も残らない。何事かを残したいなら、しんしんと降る粉雪にならなければ。」
と締めくくっていることは、いただけません。

 

 

 
記事全体の中で、明らかに浮いた箇所です。
私はここの箇所を読んで、「熊谷候補への批判」だと思いました。
それは私の勝手な邪推かもしれません。
しかし、投票日前日の3月20日(土)というデリケートなタイミングで、こんなコメントをわざわざ最後に付す必要があるのかなと思いました。
私が抱いた疑問は、発言した森田知事に対してではなく、編集して掲載した記者の意図です。
(森田知事は、対抗馬である関候補を自らの後継者として明言していました。)

 

 
②投票日翌日の22日(月)29面には、「視点」の欄に「批判ではなく協調を」と題し、熊谷俊人氏が当選したことへの分析、そして(なぜか始まる前から)評価を展開しています(古賀大己記者)。
結論から言えば、
分析というか認識の枠組み自体が古いというか、現実にそぐわない、
そして根拠のない否定と、不可思議な「上から目線」…、こんな文章を社を代表して残して大丈夫か?と心配になりました。

 

 
では、その内容を具体的に上げると、
出だしから「自民党批判の風を一身に受け、…初当選」と短絡的な見解で始まります。(ここのあたりの分析は次回の投稿で)
そして、熊谷氏の政治手法を森田知事、県政、自民党批判をSNSで展開して知名度を上げたと。(SNSを極めて効果的に活用しているのは事実ですが、彼の批判を楽しみにしているのはマスコミや一部の他県住民。千葉市民も千葉県民も、帰宅困難者対応に典型的に見られた災害対策や、全国一斉休校時に学校預かりを行ったコロナ対策などの正しい情報をいち早くキャッチするためにフォローし、そして普段から市政について発信しているから継続している。)
だから「他人の批判はもういい。」などと、驕った表現で最後に締めくくろうとする。

 

 

 
他にも突っ込みどころ満載で、
「政権中枢との太いパイプで政策を実現してきた森田知事ほどの政治力も期待できないだろう。」
などと、恐ろしいことを明言してしまっています。
台風被害の折に菅首相(当時:官房長官)に被災地の首長さんと引き合わせたり、半壊被害を支援対象に盛り込ませたりしたことを、熊谷氏のツイッターのフォロワーに限らず、多くの県民は知っています。

 
それにしても、朝日新聞がここまで森田知事を評価していたとは、少し驚きました。
この部分、他の同僚記者さんも同意できるのでしょうか?
確かに、一昨年の台風での「私的視察」が展開された折に、辞任に追い込むような論陣を張るかと思いきや、真逆でしたから。
そして、一応私も議会人なので、議会についての言及箇所についてはほっとけません。この記事では、議会の過半数を占める自民党の協力がなければ課題は解決できないという書きぶり。このような経験は既に千葉市議会との関係でも熊谷氏が経験して乗り越えてきていることは、記者だったら当然知っているはずで、知らなければ、かなりヤバいです。
それに、向き合うべきは熊谷氏だけでなく議会もしかりで、しかも次に選挙があるのは熊谷氏ではなく、県会議員です。つまり、県民から問われるのは、どちらなのかということです。
はぁ、建設的な文章でないので疲労感というか徒労感がひどいです。
なぜ、このような記事が出たのか。

 
地方の独自性を認めず、認識の枠組みが国政の枠組みで、しかも与野党という分析枠組みとしては一番稚拙な枠組みにとらわれているからです。
または、熊谷氏が日頃からマスコミの報道の在り方についても率直な意見を発信するからでしょうか、それも無関係でない気がしますが、所詮は私の邪推です。
確かなのは、140万人以上の県民を見下してしまっていることです。
大量得票の前にひれ伏せよ、みたいなアホなことを言う気はありませんが、市民がエスタブリッシュメントに対して、その権威で沈黙している時代はとうに終わっているのに、
いまだに「上から目線で、自分だけが知っているかのように語ってしまう」状態です。
でも何もわかっていない。

 

 

 
なぜ、140万人以上もの千葉県民が熊谷氏に投票したのか、この全ての議論の出発点に対し、エビデンスなく、日頃の悪感情がルサンチマン状態になったままで、ペンを走らせ始めてしまったのではないかと思ってしまいます。
なので、次回は投票行動について考えてみようと思います。
あ、最初のお題を忘れるところでした。
この3月20日(土)と同月22日(月)の朝日新聞千葉首都圏版の二つの記事、かたや森田知事の談話、かたや記者の主張で、全く別のタイプの記事ですが、実は文章が同じ構造であったり、同じ主張であることはお分かりいただけたでしょうか。
ですから、森田知事の言葉を借りて、投票日前日に熊谷氏への批判を新聞紙上で展開していたわけですが、140万人以上の県民の方々が、その主張に「NO!」と突き付けたわけです。
では、この県知事選挙、負けたのは、だれ?

 

 

 

 

追記:上述の投稿を行って以降に、さらに朝日新聞で同種構造の記事(今泉奏記者)が出ました。

3月26日(金)の27面ちば首都圏版では、「森田知事、最後の定例会見」の欄に「熊谷氏 小池知事と似てる」という意味不明な見出しを付けて、森田知事による熊谷観を展開。
森田知事が約30分話したという3期12年の実績については、アクアラインに関する発言を数行にまとめただけで、森田知事に熊谷次期知事について語らせて、森田知事の熊谷観を記事の半分以上を割いて紹介。

 

 
「あんまり付き合いはない。」と森田知事が言っているにもかかわらず、「責任を人に転嫁して、誰かのせいだというのはよくない。」「ちょっと小池(百合子)東京都知事と似ていると思うことがよくある」とピックアップして、この見出しですね…。
同じ記者会見について、1期目のアクアラインだけでなく、2期目のオリパラ、トップセールス、3期目の…と会見の全体像を掲載した千葉日報と対照的です。

 

私は、マスコミが候補者を批判してはいけないとなどと言っているのではありません。発言者の意図どおり記事にしろというわけでもありません。

ただ、読者が情報源(今回は森田知事の記者会見)をたどらないと、情報源への基本的理解もおぼつかない状況を危惧しています。

その意味において、森田知事の口を借りて熊谷氏への批判や印象操作をするのは、在り方に疑問を感じた次第ですが、

その一方で、22日(月)の「視点」の「批判ではなく協調を」という記事は、新聞社としての自らの意見がはっきり書いてあり、驕っているとはいえ、人の口を借りずに自分の言葉で語っているので好感さえ持ちました。

ただし、その語り口は、まるで落選した陣営のコメントのようでした。

終戦記念日街頭演説会

祭りの終わりとともに、夏の終わりを感じたわけですが、しばらくは今夏の振り返りも並行して。
今年の8月15日の終戦記念日街頭演説会では、新たな出会いが。
私は、この演説会では、毎年必ず戦災孤児に言及し、それが戦後の児童福祉や少年保護の原点であり、とにかく戦災孤児を二度と生み出さない「戦争しない国づくり」、「(他国から)戦争を仕掛けられない国づくり」を訴えてますが、そんな演説に大きくうなずいてくださるイケメン青年が。
演説している私の頭の中は、
(「う…、思い出せない…だれ?…(汗)」)
※議員的には、かなり追い詰められている状態です…
恥ずかしながら、終了後に声を掛けてくださって判明。稲毛区内にお住いの個人応援団(!)の方でした。
どうやら実は初対面(!)(ホッとした?)
で、これまでも公明党の言動や、この演説会の場所日時もネットで把握して頂いていたとのこと。
時代の変化、進取の気性に富む青年のスゴさを感じた夏でした。ふーっ

「改憲勢力」という枠組み

私は、改憲論議自体は特段否定しませんが、
国民民主党の玉木代表が改憲に積極的な姿勢を示し、実際に安倍首相と会談するとのニュース。

選挙前に散々報道された「自・公・維の改憲勢力3分の2云々」という枠組み自体が、「全く無意味、見当違いだった」ことを、この記事は自ら証明してくれています。
マスコミが勝手にレッテル張りして、勝手に盛り上がっていた、ということです。
個人的には迷惑で、かなり不愉快でした。

国民民主党の方が公明党よりも改憲に積極的であることは、これまでの経緯や個々の議員の発言から十分あり得る話ですし(それ自体を非難しているわけではありません。)が、・・・
・・・実際、選挙終わって、まだ4日目ですよ・・・。

それにしても、非難はしませんが、この玉木代表の「私は生まれ変わった。」というコメントは(4日目で…)、やめた方がいいというか、少なくともカッコ悪いかと。
大きなお世話でしょうが…、選挙終わってから、勝手に生まれ変わられたら、そこに投票した有権者の立場が…。

https://www.jiji.com/jc/article?k=2019072501307&g=pol

大勝利に感謝、そして次の課題へ

この度の参議院選挙では大変お世話になりました。ありがとうございました。

下記アドレスのNHKニュースを読むと、早速の会談では単なる挨拶にとどまらなかった印象です。
また、記者団への発言など、(珍しく?)随分と山口代表の発言が取り上げられています。

選挙で大勝利させて頂いたことにより、一層、期待や注目が高まっているとともに、何よりも責任・役割がさらに重くなっていると感じさせる記事でした。
負けても「大成果」などと大本営のように常に発表し、誰もそれを批判しない党とは異なり、私は、公明党は負ければ責任を取る、勝てば責任が重くなる、ととらえている党だと考えています。

しっかり取り組んでまいります!

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190722/k10012003421000.html?fbclid=IwAR13LwK1ICChtHFGO_epPR_wGqCBgaLIdkoZrpMS7hqHpeL_O6QkAHVfZ9Y

その名は「山口なつお」(なっちゃんの秘話 in 稲毛 )

その名は「山口なつお」。
以下、千葉市稲毛区での「山口なつお」代表の秘話と、私の個人的な想いです。

言わずと知れた公明党の代表であり、私どもの旗頭。

「山口なつお」代表の人望について語り出すと、キリがありませんが、稲毛区に直接関係するエピソードをひとつだけ、「山口なつお」代表からのお許しを頂いて紹介します。

それは今年の冬のことでした。
ここ千葉市稲毛区に、「山口なつお」代表の出身校・水戸第一高の先輩が住んでおられます(党員の方ではありません)。
地域回りの際に、私はその方に自分の公明ニュースを渡しました。その際に「同窓会では、山口さんと会うこともある。」と話されていました。

すると、2月の終わり、私の携帯電話に見慣れない電話番号からの留守電が。
その声の主は
「山口なつおです~。桜井さん、ご苦労様です~。先日・・・」
と。

しかし、「山口なつお」代表が約3000人いる一地方議員、しかも新人議員に直接電話をするということが想像できず、状況も全く理解できませんでした。(疑い深い)

留守録を何度も再生して、確かに「山口なつお」と名乗る声を聞いても、すぐには信用できませんでした(かなり疑い深い)。

着歴に残ったその電話番号が、「山口なつお」代表の携帯番号であることが確認できて、初めて留守電の内容を信用しました(ハンパなく疑い深い)。

留守電の内容の趣旨は、
「山口なつお」代表のその先輩が同窓会の席で、あの時にお渡しした当方の公明ニュースと名刺をわざわざ持参して、「山口なつお」代表に見せて、話題にしてくれたようです。

その先輩のありがたい真心を私に伝えたくて、「山口なつお」代表はわざわざ当方に電話をくれたのでした。
「・・・ご縁を大事に、頑張って下さ~い。よろしくお願いいたしま〜す。」
留守電の締め括りの言葉でした。

まさに人との縁を、真心を、大切にする「山口なつお」代表の日頃からの振る舞いそのものでした。
(その先輩に御礼に伺ったところ、電話があったことを、大変喜ばれたのは言うまでもありません。)

それは、当時、千葉市議会議員選挙に向けて最終盤の準備に当たっていた私に、百人力の力を与えてくれました。
また、市議選の準備にあたってくださった稲毛区の同志の皆様と、例えば移動の車中などで、一緒にこの留守番電話の代表の声を聴いて、ともに奮い立っていました。

現在、参議院選挙の真っ最中、「山口なつお」代表自身も東京選挙区の候補者ですが、全国の候補者のために飛び回り、声を枯らしながら叫ばれています。

その声は、あの東日本大震災の時に
「遅い、鈍い、心がない!」
と、一刀両断し、当時の管直人政権にとどめを刺した、あの凄まじい迫力を、鮮明に思い出させてくれます。

その一方で、
様々な局面でも、常に穏やかで良識をもって、きちんと丁寧に答える姿勢、これが普段のイメージです。

そして、民衆の声をかき消すような声だけは大きい政治家とは対照的に、
「小さな声を」かき消すことなく「聴く」姿勢、「聴く」チカラ、
「小さな声の庶民」と一対一で、また真横で、静かに語り掛ける、あの声がすべてを物語っている気がします。

そんな声を少しでも届けたくて、当方のSNSでは、「山口なつお」代表が留守電で呼びかけて頂き、留守録に残っていた普段の声の一部を、音声ファイルで投稿しました。(このホームページでは音声を流せなくて、申し訳ありません。)

土下座をしてでも、投票をお願いしたい候補というのは初めての経験で、自分でも上手く言えませんが、少しでも伝わればと思います。

東京にお住まいの方、東京にご親族・ご友人がいらっしゃる方は、
どうか東京選挙区の「山口なつお」に、皆さまの一票を何卒、(伏して)お願いいたします!

ハンセン病家族訴訟の報道①まずは共同通信

「立憲民主党の枝野幸男代表も記者団に控訴見送りを「歓迎する」とした上で「選挙と結び付けるような小さなテーマではない」と指摘した。」
と、記事の本文で自ら書いているのに、社民党の又市氏のほんの一言を切り取って、この見出しですか(怒)
(頭に来たので、添付写真に全文掲載しました。)

本日の当方の投稿で、2001年にハンセン病元患者訴訟の控訴断念の道を開いた坂口厚生労働大臣(当時)の、「この問題を政局にしたくない」との想いを紹介しましたが、まさに、このような不謹慎な報道姿勢、ミスリードが問題解決への最大の障壁だと言わざるを得ません。

与野党が言い争っている印象を与えた方が、読者の目を惹くと思っているのでしょうが、
読者として記者の良心に問いたいですね。

「苦しんでいる「当事者」に対し、自信を持って見せられる記事を書いていますか?」

速報:ハンセン病家族訴訟、首相が控訴しない方針を表明

本日午前、安倍首相が控訴しない方針を表明。
ハンセン病の元患者だけでなく、その家族への差別に対する国の責任を認めた熊本「地裁」の判決を受け入れると。
初めて家族への賠償を命じた熊本地裁の判決が確定します。

2001年に隔離政策を人権侵害と認め「民事裁判史の記念碑」といわれた熊本地裁のハンセン病国家賠償訴訟判決から18年。
あの18年前、公明党から輩出したあの坂口力・厚生労働大臣と小泉首相(当時)との英断が、国が責任を認め、自ら敗訴を選ぶという、ありえない大きな流れを生みました。

当時、私はなぜ閣外協力や連立解消の議論が起きずに、坂口大臣の辞任か否かだけが話題になっているのか、分かりませんでした。
それは、坂口さんの「この問題を政局にしたくない」という想いから発していたことを最近知りました。

現在、邪な狙いと誤った数字で作成された報告書をもとに、国民にとって大切な年金を声高に騒いでいる方々がいます。真剣にやってますか?

生命や人の尊厳と向き合う政治の重みを感じます。

坂口大臣(当時)の葛藤・決断、元患者の皆さんの声をこのアドレスの動画で見られます。
題して 「ひとりの人間として〜ハンセン病訴訟「控訴断念」への道のり〜」です。
https://www.youtube.com/watch?v=yueHDi3Qo-M

教育の無償化をめぐって

今年の国会で、10月から幼児教育・保育を無償化する法案と、来年4月から低所得世帯を対象に高等教育を無償化する法案に反対したのが、立憲民主党と共産党です。

一昨年の衆議院選挙では、この2党も含め、現在残っている全ての政党が、この教育の無償化を一斉に公約にしていたのに・・・、なぜ?

そして、特にこの写真のポスター。「学費値下げ そして無償化へ」
一瞬、与党のポスターかと思うようなフレーズですが、

実はこれ、「今年の冬、1月あたり」の共産党の政策ポスターです(!)
こんなのを貼っていたのに、なぜ、すぐに反対へ転じた?

しかも、私は、このポスターが近所で貼られたのを見て、
「国会の動向を知らないのか?すでに値下げではなく、無償化の法案の審議が始まったのに…??」
と、ポスターの行く末を心配していました。(結構、普段から心配しています。ほかにも…)

案の定?2,3日後にこのポスターはなくなっていました。
町中からもほとんどなくなったので、覚えている方はほとんどいないと思います。
私は性格が悪いので、鮮明に覚えています。このとおり大事に画像もとっておきましたし。

私は、反対すること自体を責めているのではなく、
反対の目的が、市民の福祉の向上ではなく、明らかに党利党略で、しかも支離滅裂なので、事実を指摘せざるを得ないのです。

今回の法案への反対は歴史に(汚)名を残すことになります。
約半世紀前の、野党時代の公明党の金字塔である、義務教育の教科書無償化と同様に、
私たちはその歴史の証言者となるわけです。