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稲毛区 櫻井秀夫
hsakurai2016@yahoo.co.jp

千葉県知事選①負けたのは朝日新聞?

千葉県知事選と千葉市長選挙の同日選挙。
結果は、いずれも過去最高得票、県知事選で140万票以上を獲得した熊谷俊人・元千葉市長、市長選で20万票以上を獲得した神谷俊一・元千葉市副市長の圧勝でした。
この歴史的な選挙、勝利者は熊谷候補だ、負けたのは関候補ではなく森田県知事だ、自民党県連だ等々、様々な意見が飛び交っています。

 

 
それらの論評に対して、個々に賛否を述べるつもりはありませんが、話題になっていない異様な光景が、一つだけあります。
それは、3月20日(土)と同月22日(月)の朝日新聞千葉首都圏版の記事です。
①投票日前日の20日(土)30面には、「歴代知事に聞く」と題し、森田健作氏(古賀大己記者、今泉奏記者)と堂本暁子氏の談話を紹介。
堂本氏は、今回の候補に対して将来ビジョンを公約で示してほしいと求め、知事の在り方として情報公開の姿勢や市町村との連携が重要であるとしています。きわめて納得。

 

 

一方、森田氏は、知事の在り方として道路行政の重要性を踏まえた上で経済の活性化をいかにしていくかを述べています。こちらも一つの見識。十分ありです。
しかし、森田氏が、自分がほとんどの政策を実現できたのは、中央政界とのパイプがあったからで、「麻生さん。菅さんたちの協力あってこそ」で、国会議員の経験があったから、友情を大切にしてよかったと述べたことを紹介したうえで、
最後に、
「批判し、敵を作り、大きな声で目立とうとする劇場型の人は、ぼたん雪のようだ。積もるのも早いが、溶けるのも早い。何も残らない。何事かを残したいなら、しんしんと降る粉雪にならなければ。」
と締めくくっていることは、いただけません。

 

 

 
記事全体の中で、明らかに浮いた箇所です。
私はここの箇所を読んで、「熊谷候補への批判」だと思いました。
それは私の勝手な邪推かもしれません。
しかし、投票日前日の3月20日(土)というデリケートなタイミングで、こんなコメントをわざわざ最後に付す必要があるのかなと思いました。
私が抱いた疑問は、発言した森田知事に対してではなく、編集して掲載した記者の意図です。
(森田知事は、対抗馬である関候補を自らの後継者として明言していました。)

 

 
②投票日翌日の22日(月)29面には、「視点」の欄に「批判ではなく協調を」と題し、熊谷俊人氏が当選したことへの分析、そして(なぜか始まる前から)評価を展開しています(古賀大己記者)。
結論から言えば、
分析というか認識の枠組み自体が古いというか、現実にそぐわない、
そして根拠のない否定と、不可思議な「上から目線」…、こんな文章を社を代表して残して大丈夫か?と心配になりました。

 

 
では、その内容を具体的に上げると、
出だしから「自民党批判の風を一身に受け、…初当選」と短絡的な見解で始まります。(ここのあたりの分析は次回の投稿で)
そして、熊谷氏の政治手法を森田知事、県政、自民党批判をSNSで展開して知名度を上げたと。(SNSを極めて効果的に活用しているのは事実ですが、彼の批判を楽しみにしているのはマスコミや一部の他県住民。千葉市民も千葉県民も、帰宅困難者対応に典型的に見られた災害対策や、全国一斉休校時に学校預かりを行ったコロナ対策などの正しい情報をいち早くキャッチするためにフォローし、そして普段から市政について発信しているから継続している。)
だから「他人の批判はもういい。」などと、驕った表現で最後に締めくくろうとする。

 

 

 
他にも突っ込みどころ満載で、
「政権中枢との太いパイプで政策を実現してきた森田知事ほどの政治力も期待できないだろう。」
などと、恐ろしいことを明言してしまっています。
台風被害の折に菅首相(当時:官房長官)に被災地の首長さんと引き合わせたり、半壊被害を支援対象に盛り込ませたりしたことを、熊谷氏のツイッターのフォロワーに限らず、多くの県民は知っています。

 
それにしても、朝日新聞がここまで森田知事を評価していたとは、少し驚きました。
この部分、他の同僚記者さんも同意できるのでしょうか?
確かに、一昨年の台風での「私的視察」が展開された折に、辞任に追い込むような論陣を張るかと思いきや、真逆でしたから。
そして、一応私も議会人なので、議会についての言及箇所についてはほっとけません。この記事では、議会の過半数を占める自民党の協力がなければ課題は解決できないという書きぶり。このような経験は既に千葉市議会との関係でも熊谷氏が経験して乗り越えてきていることは、記者だったら当然知っているはずで、知らなければ、かなりヤバいです。
それに、向き合うべきは熊谷氏だけでなく議会もしかりで、しかも次に選挙があるのは熊谷氏ではなく、県会議員です。つまり、県民から問われるのは、どちらなのかということです。
はぁ、建設的な文章でないので疲労感というか徒労感がひどいです。
なぜ、このような記事が出たのか。

 
地方の独自性を認めず、認識の枠組みが国政の枠組みで、しかも与野党という分析枠組みとしては一番稚拙な枠組みにとらわれているからです。
または、熊谷氏が日頃からマスコミの報道の在り方についても率直な意見を発信するからでしょうか、それも無関係でない気がしますが、所詮は私の邪推です。
確かなのは、140万人以上の県民を見下してしまっていることです。
大量得票の前にひれ伏せよ、みたいなアホなことを言う気はありませんが、市民がエスタブリッシュメントに対して、その権威で沈黙している時代はとうに終わっているのに、
いまだに「上から目線で、自分だけが知っているかのように語ってしまう」状態です。
でも何もわかっていない。

 

 

 
なぜ、140万人以上もの千葉県民が熊谷氏に投票したのか、この全ての議論の出発点に対し、エビデンスなく、日頃の悪感情がルサンチマン状態になったままで、ペンを走らせ始めてしまったのではないかと思ってしまいます。
なので、次回は投票行動について考えてみようと思います。
あ、最初のお題を忘れるところでした。
この3月20日(土)と同月22日(月)の朝日新聞千葉首都圏版の二つの記事、かたや森田知事の談話、かたや記者の主張で、全く別のタイプの記事ですが、実は文章が同じ構造であったり、同じ主張であることはお分かりいただけたでしょうか。
ですから、森田知事の言葉を借りて、投票日前日に熊谷氏への批判を新聞紙上で展開していたわけですが、140万人以上の県民の方々が、その主張に「NO!」と突き付けたわけです。
では、この県知事選挙、負けたのは、だれ?

 

 

 

 

追記:上述の投稿を行って以降に、さらに朝日新聞で同種構造の記事(今泉奏記者)が出ました。

3月26日(金)の27面ちば首都圏版では、「森田知事、最後の定例会見」の欄に「熊谷氏 小池知事と似てる」という意味不明な見出しを付けて、森田知事による熊谷観を展開。
森田知事が約30分話したという3期12年の実績については、アクアラインに関する発言を数行にまとめただけで、森田知事に熊谷次期知事について語らせて、森田知事の熊谷観を記事の半分以上を割いて紹介。

 

 
「あんまり付き合いはない。」と森田知事が言っているにもかかわらず、「責任を人に転嫁して、誰かのせいだというのはよくない。」「ちょっと小池(百合子)東京都知事と似ていると思うことがよくある」とピックアップして、この見出しですね…。
同じ記者会見について、1期目のアクアラインだけでなく、2期目のオリパラ、トップセールス、3期目の…と会見の全体像を掲載した千葉日報と対照的です。

 

私は、マスコミが候補者を批判してはいけないとなどと言っているのではありません。発言者の意図どおり記事にしろというわけでもありません。

ただ、読者が情報源(今回は森田知事の記者会見)をたどらないと、情報源への基本的理解もおぼつかない状況を危惧しています。

その意味において、森田知事の口を借りて熊谷氏への批判や印象操作をするのは、在り方に疑問を感じた次第ですが、

その一方で、22日(月)の「視点」の「批判ではなく協調を」という記事は、新聞社としての自らの意見がはっきり書いてあり、驕っているとはいえ、人の口を借りずに自分の言葉で語っているので好感さえ持ちました。

ただし、その語り口は、まるで落選した陣営のコメントのようでした。

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