少し理屈っぽい投稿です。
先の投稿で紹介したシンポジウムでは、研究者の方々から
刑法175条(わいせつ表現規制)の文脈で陳列対策への批判、
行政関与の在り方や有害排除・自己規律化につながる権力性への疑問、
議会提案とパブコメのみという手続きの粗さや、市長の手法に対して、「熟考の政治」をもっと目指すべきとの批判など、
様々な批判も戴きました。
前回までの投稿で示唆したように、私は、ネット上で意図的に文脈をねじ曲げて記事を書いているようなネットライターの批判に辟易していたので、シンポジウムの目的は、このようにきちんとした批判をしてもらうためでもありました。
なので、批判は大歓迎でしたし、今でも最大の成果だと思っています。
その中でも、批判/肯定の次元を超えて印象的だったのは、海外からの招いたクイア理論、LGBTの研究者からの発言でした。
それは、新宿二丁目のゲイに対する警察の取り締まり強化は、危険な現象であること、その一方で、日本のコンビニに並ぶ成人雑誌の表紙において、「表現の自由」は多様性どころか、性の搾取にまっしぐらに向かっている、との指摘でした。
報道機関の方や新日本婦人の会の方も、東京からわざわざ千葉大学にお越しいただき、発言をして頂きました。
改めて参加して頂いた皆様に、この場をお借りして感謝申し上げます。
ありがとうございました。