轟町中学模擬選挙に刺激されてしまった私
先ほど紹介した千葉市で初めて行われた中学校(轟町中学校)での模擬選挙の様子について、非常に興味深かったので、改めてこの欄で詳細を書き留めさせていただきます。
全体の進行としては、
①選挙管理委員会事務局から中学3年生全員に対し、千葉市の選挙について、投票率や18歳選挙権導入を中心に説明がなされます。
②千葉県弁護士会の方3名が千葉市長選挙の候補者に扮して、一人あたり7分前後の演説を行い、生徒たちは配布された選挙公報とともに、自分が投票する候補者を決めます。
③投票箱の確認も含めた投票所の手続きが説明され、いよいよ生徒による模擬投票が実際の投票グッズを用いて行われます。
④開票結果の発表と選挙の意義等について説明がなされます。
全体の流れとしては、このような感じで進められていきます。通じて印象的だったのは、関係者の方々の熱心な取り組みの甲斐あってか、生徒の皆さんがとても興味を持って、楽しみながら真剣に望んでいた様子でした。
ちなみに、模擬選挙の結果は、育児、雇用、教育の充実を訴えた女性候補(65票)が、全世代へのスポーツ推進を訴えた男性候補(28票)、千葉市へのカジノ誘致や、りんかい線と京葉線の直通運転等の公共交通機関の整備、市長給与の大幅削減を訴えた男性候補(37票)を大差で破りました。
運営に関する疑問等はここでは省き、今後の議論のために以下の点のみ書き留めます。
それは…
◎生徒たちの質問が余りにも素晴らしかったこと
◎選挙の意義を説明することは本当に至難の業だということ・・・です。
各候補者に生徒から質問をする時間がありました。
中学生という年代は、みんなの前で質問をするなどということを一番恥ずかしがる世代だと思いますが、それでも何人かの生徒が質問をしてくれて、それ自体尊いのですが、その内容というか、問いかけがギョッとするくらい素晴らしいものでした。
例えば
・出生率が低いままで、育児支援を整備することは効果があるのか
・(スポーツの国際大会、カジノ誘致等)千葉市が発展しても、騒音が問題となっている飛行機の経路は改善されないのか
・カジノを誘致する上で、懸念される犯罪は抑止できても、ギャンブル依存症やその人が抱える負債問題は予防できないのではないか
・実際にりんかい線や京葉線を利用しているが、あれだけ空いている交通機関をつなげる意義はあるのか
というものでした。
特に育児支援は極めて深い難問を抱えた問いです。
この中学生の質問は、硬くなった頭を揺さぶります。つまり、「育児支援が整備されていないから出生率が低い」「だから、出生率を上げるために育児支援を整備すべき」とばかり思いがちな我々の頭を再考させてくれます。
現代で当たり前になっているこの考え方は、歴史的に実証的に見ると、実はかなり怪しいものです。
というのも、経済的に最高潮だったバブル期でさえも少子化は進行するどころか、指標によっては「1.57ショック」と呼ばれる史上最低の水準に達し、政策効果も出生率が上がった数少ない先進国事例も、それが支援施策によるのか、社会構造全体の変化によるものか、かなり疑問です。
逆に、前の職業柄なのか、若い世代で出産しているケースで、支援制度を利用する以前に、制度自体を全く知らないケースが多々あるという印象でした。
もちろん、「だから支援策は必要ない」と言っているのでは断じてありません。
逆に、必要とされる、効果的な支援策を継続的に打つべきですが、それは短絡的に出生率と結び付けられるべきか、立ち止まって考えることの大切さを中学生から教えられた気がします。
それを発展的に考えれば、育児支援を出生率から評価すると「量」の問題に帰着してしまうのではないかという疑問に当たります。そうではなくて、育児支援というのは本来的に「質」の問題として考えるべきというか、理想論かもしれませんが、社会の在り方としてそのように考えたいと思いました。
あぁ…文章がまとまらなくて、他の質問に言及できません…。公共交通機関についても平日と週末の利用者の観点の違いや、受益者と受苦者の問題等々…、轟町中学生に刺激されました。
こうなると「模擬選挙」であると同時に、既に立派な「政策討論会」です。これこそ、主権者教育の一つの重要な在り方ですが、教育されたのは言うまでもなく、この私です(^_^;)
やっぱり、以前からつぶやいていますが、「大人が子どもに教える」ものではない、という気がしてならない感じです。
やはり「子ども」と言えども、「一人の人格者」として向き合うのが正しい在り方。
理想論?かもしれません。でも、それは前職でも目指していたつもりです。(もちろん、私は性善説ではありませんが。)
であれば、その子どもたちの意見は、立派な政治的意思の表明であると。
それにしても、選挙管理委員会の方の説明には感服しました。
私ごときが偉そうに言って申し訳ないのですが、よく練られているというか、生徒に対する教育としても非常に感化的であるだけでなく、どの角度・立場から見られても批判に耐え得るバランス感覚やリーガルマインドに裏付けされてました。
ある意味、選挙のプロである選挙管理委員会はさすがですが、教育現場でこのさじ加減をどうやって醸成するか、意外にスキルが必要だと思います。
主権者教育では教育的情熱と同様に、いやそれ以上に求められるのが、このバランス感覚やリーガルマインドだと思います。すなわち、キーは「適正」、その上での「教育」。
この「適正」は「人権尊重」だけでなく、学校という「場の適正な運営」も含まれます。
ここに無自覚だと、教育を熱心に行っているうちに、意図の有無に関わらず、生徒を特定の政治的立場へ誘導していることに気付けなくなります。
前職で、私と一緒に現場で働いた経験がある方や、研修所で私の講義を受けた経験がある方は「また言ってるよ」と思われるかもしれません…実際、前回の議会での質問にも、このような問題意識は常にありました(まだ、ネット上にアップできない???!)
外はすっかり寒くなりましたが、この話題だと熱くなってくるので、今日はこの辺で失礼します(恥)
