今朝早く、中坊公平氏の訃報にふれました。

私は、随分前に、氏の活動(森永ヒ素ミルク事件・豊島産廃処理問題・豊田商事事件などの対応)をテレビで見たことをきっかけに、氏に関心を持っていましたが、ここ数年は、氏についての情報をすっかり受け取れずにいました。

中坊氏につての久しぶりの報道が、今回の訃報となったことが残念でなりません。

けれども、ニュースの中で、豊島産廃問題活動代表の方いわく、中坊氏は常に「私たち豊島住民は・・・」と言っておられたと。つまり、単に弁護士としてアドバイスをするというのではなく、我がこととして本気で問題解決に取り組んできたことがうかがえました。

そして、氏との約束を果たすために、完全解決に向けて活動を続けたい旨のお気持ちを代表は話していました。

中坊氏は、様々な問題の相談にたいして、弱者を放ってはおけない!何とかしてあげたい!との想いで弁護に取り組んできたとのこと。(若い時分は弁護士活動にあまり情熱をもっていなかったものの、森永ヒ素ミルクの被害者に会ってから変わったとも聞いていますが)

何とかする!というのは、いい加減なことではなく、相談者の苦しみや、課題を少しでも軽減できるように、死力を尽くして戦うことであると思います。

例え時間がかかろうとも、このままにはしておくまい!との強い信念を継続しながら進むことであると思います。

今日、私のところへも、街頭演説を始める前に、一件の相談の電話が有りました。

直ぐに解決できる内容ではなく、むしろ「この件は私ではなく、別の相談先があるのではないか・・・」とも思える案件でありました。

しかし、相談者にとっては、「困ったらまずは渡辺さんに聞いてみよう」という気持ちでかけてきたようで、私に相談すれば、その先の公明党のネットワークで解決策が見いだせると思われたのだと察します。

我が「公明党」という政党は、まさに、どこに相談して良いか分からない人や、どの党に相談しても取り合ってもらえなかった問題を受け止めてきた半世紀の歴史を持っている党なのです。

例え、自分に力がなくても、どんなに微力であっても、公明党議員の端くれとして、困っている人の相談を受け入れなかったり、いい加減に対応することはできません。

現状を少しでも解決の方向に導けるように悪戦苦闘していくのが、私たちの使命であると痛感しています。

中坊氏が弱者に寄り添い、共に戦い続けた弁護士人生から、ほんの僅かでも学び、自分の立場で活かせることができたなら、それこそが追悼になるのではないかと、勝手に思っております。

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