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カテゴリー(災害復興)

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公明党は8日、東京都新宿区の党本部で中央幹事会を開き、

東日本大震災で被災した東北各県の復興について、0109fukkou

担当国会議員の体制を強化して取り組んでいくことを確認した

【表参照】

体制強化は、昨年末の党復興加速化本部と同復興・防災部会の合同会議を受けて決定。

公明党は震災発生直後から、

国会議員の担当地域を決めて現地に派遣し、被災者の声を政治に反映させてきた。

今後も総力を挙げて復興を加速させていく。

~公明新聞1月9日掲載より~

 

私もこの一員との思いで、しっかり取り組んで動いていくことを改めて決意しました。

 

議員1期目、満3年が経ちました。

来年はいよいよ1期最後の年となります。

ここまで走ってこれたのも、みなさまの支えがあったればこそです。

本当に、感謝に堪えません。

一年間、本当にありがとうございました。

地域を廻り、みなさまからの声をひとつひとつ聴かせていただき、市政へしっかり届けてまいりました。

その結果、全てではありませんが、形となり、みなさまからの要望を実現することができました。

公明党は「現場主義」と言われています。

ひとつの声をいただいた時に、現場に行かないとわからないことが多くある、ということをみなさんから数多く教えていただきました。

これからも、「現場第一」で取り組んで参ります。

もう一点、私のなかで第一の課題としていることに「震災復興」があります。

公明党も、最後のお一人の方が生活を取り戻すまで、「復興」の看板は下ろさないと宣言しています。

ひとつに、「風化」させたくない、との思いから

ど根性ひまわり 咲かせよう プロジェクト」と一人で銘打って、多くのみなさんとひまわりを咲かすことができました。

ご協力いただき本当にありがとうございました。

また、福島県南相馬市へ4度ボランティアへ行かせていただきました。

どちらも、来年も続けて参ります。

今年は、人と人とのつながりで、多くの方とお逢いすることができました。

来年も、謙虚に誠実に行動して参ります。

どうか、これからもよろしくお願い致します。

 

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東日本大震災後、三陸牡蠣復興支援プロジェクトで牡蠣オーナー制度に申込み、約2年後「復興かき」が届いてから時々通販購入していました。

今回は、岩手県広田湾産の牡蠣を注文しました。

今日は我慢して、三十日と元旦にかけて息子と食したいと思います。

先日、女川、釜石と行き牡蠣を食べるのを楽しみしていたのですが…。

まだ時期が早かったようで、地元で食することができませんでした。

やっと美味しい牡蠣が食べられるので、楽しみです(笑)

これも東北復興支援になります。

みなさんのなかで、もし興味をお持ちになった方はぜひ、「復興かき」を求めていただければ嬉しく思います。

 

釜石市への視察に伴い、以前より交流のあった山崎長栄議員と連絡を取りました。

すると、山崎議員も視察で埼玉に行くとの事。。。

ちょうど入れ違いとなり、お会いすることができませんでした。

山崎長栄議員の釜石での実績は多く、震災後はより頼りになる存在でした。

津波を止めたと言って「命の道」と呼ばれ有名になっている、震災6日前に先行開通した釜石山田道路を推進した一人でもあります。

また、震災で亡くなられ弔慰金の給付では、親子関係でなければ出ていなかったことを、被災者の方からの声を国会議員に訴え、兄弟関係でも支給対象としたことなどなど、実績は多彩です。

また消防団としても、津波に呑まれる直前で回避し命が助かったことなど語り尽くせません。

山崎議員は自分が留守をするので、代わりに細田孝子議員に想いを託していただいたらしく、本当にありがたいです。

細田議員は、2日とも役所での視察終了後、私たちを案内してくださいました。

町長が亡くなった大槌町役場周辺。 家がたくさんあった街並みが、一瞬で何も無くなった

防災教育であった、中学生が小学生の手を取って避難した鵜住居地区。

小学1年生が全力で駆け上がるには相当大変だった思う坂でした。

また釜石湾にあった世界最大の堤防が跡形もなくなっている海。

沿岸部で18m盛土をしてから家を建てるという地区。

またいまだに規制がされており、家を建てられるのはあろ5年後だという地区。

高台から見た、何もない平地(写真)。ここは大槌町役場(写真中央白いフェンスのところ)があった場所で、震災前は家が多く立ち並ぶまちの中心部だったところ等々。

地元の人間でなければわからないことばかり。

確かに同じ公明党議員ではありますが、ここまで誠意を持って対応していただけるのは本当に感謝に堪えません。

現場をしっかり自分の目で見て、現場の生の声をしっかり聴かせていただいた、充実した視察となりました。

細田孝子議員には、この忙しい時に貴重な時間を割いていただき本当にありがとうございました。

公明党が誇る、「チーム3000」ネットワーク力を目の当たりにしました。

個人的には、議員力のアップとなりました。

これからも情報交換等をさせていただき、交流を図っていきたいと思っています。

 

岩手県釜石市役所にて、各担当課より説明を受けました。

1日目の昨日は、地域包括ケアシステムについてと在宅医療連携拠点事業について

釜石の人口は震災後落ち込み、現在は36000人程度になってしまっています。

地域包括支援センターは庁内に1ヶ所ですが、各地区に生活応援センターが8ヶ所あるといいます。

ここでは、介護保険内のことだけではなく、障がい者や子育て支援などの相談、つなぎをおこなっているとのこと。

ただ地域的に山間部が多く、市内でありながら人口の割合がまったく違うことが難しいところのようです。

どこも一緒だと思うのですが、地域包括ケアシステムを構築していくのは手座繰り状態のようです。

在宅医療連携拠点事業は、平成24年に厚生労働省委託モデル事業となり、

平成25、26年は岩手県補助事業の財源で、在宅医療介護連携促進事業として実施されています。

地域包括ケアシステムの構築で、医療と介護の連携と言うけれどなかなか出来ないことだと思っています。

 しかしここでは、この事業を推進するセクションを「*チームかまいし」と命名し、また医師会の先生をアドバイザーとして派遣し展開しているとのこと。

チームかまいしの主要スタッフでは、毎日朝晩ミーティングを行い連携を密にしていると言っていました。

私が受けた印象では、この事業のアドバイザーである先生がキーパーソンになっていると強く感じました。

さまざま事業はありますが、やはり「人」=「人材」があるところは違うと改めて感じます。

リンクを貼った「チームかまいし」のブログに、市議団が訪問したことを載せていただけるそうで楽しみです。

2日目の今日は、防災教育についてです。

釜石といえば、震災後「奇跡の釜石」という大見出しで有名になりましたが

地元ではその言葉に否定的です。

生存率99.8%は奇跡ではないからです!

残念ながら亡くなった方もいるなか喜べるわけがないし、またこの生存者を生んだのは奇跡ではなく、子どもたちが日頃真剣に取り組んだ教育から「想定外」を乗り越え得た結果であるということです。

この防災教育が始まったきっかけは、津波警報が鳴って子どもたちが逃げようと思っても、大人が「大丈夫だから早く寝ろ」と止める事態が発生したこと。

津波避難訓練を実施しても特定の人しか参加しない、等々。

この時から防災教育を実施し、約10年後に東日本大震災が発生しました。

壁面に津波到達時の高さが印してあります

発災時には、真っ先に高台へ避難する釜石東中学校の生徒、そしてその上にある鵜住居小学校の生徒の手を取り避難。

その姿を見た大人たちが、触発され一緒に、上へ上へと4段階に避難場所を変えて避難したと、生の声で説明をいただきました。

それでも亡くなってしまった方がいる…

だから「奇跡」ではなくあえていうならば「軌跡」であると。

家族を思い安否の行動が、被災者を増大させる要因につながることで、

津波てんでんこ

昔からの言い伝えから今は少し変わっていることもあり、授業として学んでいる。

命を守る「津波てんでんこ」授業

・それぞれの場所で、それぞれが確実に避難し

・そのことを信じて「自分自身が確実に避難する」こと

・そして、一度避難したら絶対に元に「戻らない」こと

これは家族の絆や信頼関係を構築しておかないと生かされないことです。

今日の説明では涙を流しながら聞いていました。。。

説明をしてくださった、危機管理課課長補佐は震災時は家も流され家族とも離れ離れになり、安否がわかったのは3日後、しかし行政の仕事は山ほどあり心配でも会うこともままならなかったと。

睡眠も1週間で1時間ほどではなかったかと。

避難所では、避難してきた場所が避難所にあるといった状態で、当時は全部把握しきれなかったと言っていました。

また行政が立ち上げた避難所ほど、避難してきた方はお客さん状態となり、苦情も多かったようです。

逆に自然に避難場所となったところは、コミュニティーもできていてみなさんが協力して成り立っていたと聞きました。

人間って…と言う感じでした。。。

今回は2日とも釜石市でお世話になりました。

やはり生の声は本当に勉強になります。

これらはそのまま朝霞市に活かせるわけではありませんが、人間的に成長させていただきました。

釜石市議会事務局、そして担当課のみなさん、忙しいところ本当にありがとうございました。

追伸…お土産に、釜石市の地酒「浜千鳥」を購入。

このラベルは、釜石祥雲支援学校高等部紙工班が作ったものとのことで、目に留まり思わず購入しました。

 
 
 

被災した住民と共に清掃活動に汗を流す遠藤市議(手前左)と参加者ら

本日の公明新聞に、私の実績を大きく掲載していただきました。

以下に掲載記事を添付します。

 

 

~公明新聞:2014年11月6日(木)付~

埼玉・朝霞市から福島・南相馬市へ
ボランティア乗せ出発

東日本大震災から約3年8カ月。埼玉県朝霞市は、市民が被災地でボランティア活動に携わることで現状を知ってもらおうと、10月24日に「ボランティアバス」を運行した。復興への思いを胸に秘め、バスには参加した20人が乗り込み、福島県南相馬市に向かった。これには、実現を推進してきた公明党の遠藤光博・朝霞市議も同乗し、活動に参加した。

20人の市民らが参加 被災地で清掃活動

公明市議の提案で実現

午後11時に出発したボランティアバスは、翌日午前8時30分、南相馬市小高区にある「災害復旧復興ボランティアセンター」(鈴木敦子センター長)に到着した。バスを降り、さわやかな朝の空気を胸いっぱいに吸い込む参加者。その顔には、意欲がみなぎっていた。
今回、ボランティア活動を行う同市原町区は現在、避難指示解除準備区域に指定されている。住民の一時帰宅や立ち入りは認められているものの、宿泊は許されていない。秋になれば、たわわに実った稲穂が辺り一帯を黄金色に染めていたが、今では雑草のセイタカアワダチソウの黄色が大半を占めている。
「原発事故で、田んぼは全部駄目になった。米を作ったとしても、風評被害で売れない」と唇をかみしめる住民。放置されたままの家屋や、生い茂った雑草を目にするたびに、「自分たちでは、どうしようもないのではないか」との思いが募るという。
「故郷を失いたくない。皆さまの力を貸していただきたい」。活動の開始前、オリエンテーションであいさつした南相馬市社会福祉協議会の門馬秀夫会長は、“まちを震災前の状態に”との願いを込め、呼び掛けた。

参加者はこの日、原町区内の、ため池周辺約500平方メートルで、あらかじめ刈り取られた雑草の集積と運び出しを行った。「最初は『こんなに広い所を?』と思ったが、やってみれば意外にできるもの」と話す男性の額には、大粒の汗が光る。生まれが南相馬市という女性は、「被災地の応援に行きたくてもなかなか行けず、悔しい思いをしていた。少しでも力になれて良かった」と笑顔を見せていた。

活動終了後、鈴木センター長は、家屋を掃除しようとしても、一人ではできない高齢者などもいることから、「ボランティアの力はとても大事」とした上で、「力を貸してもらえて、本当にありがたい。まちがきれいになると、心がホッとします」と話していた。

遠藤市議は「被災地支援を通し、自分の地域にも目を向けてもらうことが大切。これからもボランティアバスの継続的な運行を働き掛けていく」と決意を語っていた。
ボランティアバスの運行については、遠藤市議が、2012年3月定例会で提案したのを皮切りに、再三にわたり市に働き掛け、実現まで粘り強く推進していた。
 
 
公明党のホームページにも掲載していただきました。
 
 
 

 

 

私はどうも「視察」という言い方はあまり好きではありません。

現地へ行って見て聴いて学ばせていただくので、やはり「見学」がぴったりかと思っています。

今月は、宮城県石巻市、群馬県沼田市、岩手県釜石市を予定しています。

まずは石巻、「がんばろう石巻」の看板の前で合掌し、「勇気をもらった」という言葉が本当に伝わってきました。

ここには、国営で追悼・祈念施設の建設するとの報道があり、今後震災を象徴するような物が少なくなっていくのでしょう。

もちろん新たな象徴としてできてくることはいいことだとも思いますが、複雑な思いもあります。

伝えていく、ことの重要性を強く感じます。

そこえ行かなければ解らないことはたくさんあると思います。

情報だけではないこと、触れて初めて感じること。

これからも大事にしていきたいと思います。

 

朝霞市と朝霞市社会福祉協議会の共催である

「ボランティアバス」で福島県南相馬市社協ボランティアセンターに到着すると

南相馬市社会福祉協議会 会長と常務そして

公明党南相馬市議志賀稔宗(としむね)議員に迎えていただきました。

志賀としむね議員とは、こちらを出発する前から連絡を取らせていただいていました。

電話で優しい口調で、今回初めてお会いしましたが、やはり温和で優しい人柄が伝わってきました。

こうやって地方議員同士、すぐに連携が取れるのが公明党の最大の武器であるネットワーク力であると思います。

11月16日に、南相馬市議会選挙を控えているにも関わらず、現場で挨拶できたのは、本当に嬉しく思っています。

ありがとうございます!

志賀議員、がんばってください!!

 

 

朝霞市と朝霞市社協の共催事業、

ボランティアバス」に参加してきました。

 

金曜の夜11時に朝霞市役所に集合し出発です。

朝方「道の駅そうま」に到着し、そこで車中泊となります。

さすがにあまり寝られません…

それだけで、疲れましたぁ。。。

でもみなさんから文句の声はありません。

 

さぁ、いよいよボランティア開始です!

場所は福島県南相馬市小高区の社協ボランティアセンター。

参加者は20名で、市と社協から3名づつの計26名です。

以前、他党同僚議員で「私も行きます」と言ってた方の姿は見えません。

 

聞くと参加したほとんどの方が、ボランティア初経験ということ。

今日の作業は草刈り払いした後の処分運搬で、斜面での作業はかなりきつかったですね…。

でも、みなさん積極的に動いてとてもやり易かったです。

感想の中には

「親の実家が南相馬市にあり子どもの頃よく遊びに来ていた、ボランティアやってみたかったけどなかなかできなかった。たまたま広報あさかを見て嬉しくなって参加した、本当に良かった」

「このような機会をつくってくれ本当に嬉しい」

「汗はスポーツなどでも流すが、今日の汗は本当に尊い汗だ」

また、貴重な出会いもありました。

中学校まで暮らしていた南相馬市、お昼は仮設商店街で話題の双葉食堂でもやしラーメン(美味しかった)を食べていると「◯◯ちゃん?」と声が…偶然にも同級生に会った方がいました。

福島県出身の方が多かったのも特徴的だったのではないでしょうか。

帰りには「また是非参加したい」

「ボランティアの時間が短かった」との声が複数聞かれました。

私も強く訴えているところですが

単発の事業には絶対して欲しくないと強く要望するところで、せっかくこのような交流をさせていただいたのだから、これからも継続してくださいと重ねて要望します。

今日参加した方々の意識は確実に変化していると確信します。

またこの方々は朝霞市にとっても貴重な人材になっていただけると信じます。

 

今回参加した方々とは約22時間ずっと一緒にいたことになります。

運営スタッフをやっていただいた、市そして社協職員の方々、お疲れ様でした。

みなさんありがとうございました。

放射能から子どもたちを守りたいと、

朝霞市の母親さんが中心に活動をされている

「*ひまわりの会」の方々と市議団で

懇談させていただきました。

 

特に給食に安全な食材をと訴えてこられていて、それを受け、朝霞市では今まで一食丸ごとの放射性物質の測定でしたが、10月より*単品の食材の測定を実施することになりました。

私達としても、子どもたちのためにと言う思いは共感するところです。

私としては、福島へボランティアに何度も行っており、そこではやはり放射線の空間線量が高いところは事実あり複雑な思いはあります。

しかし、そこへはむやみに立ち入ってるわけではありません。

福島への風評被害はとても辛く、悔しい思いがあります。

ひまわりの会では、しっかり放射性物質を測定すれば、福島産でも安全な食材はあるので、復興支援はしていきたいと言っていました。

市議団では今、来年度の予算要望書を作成しているところです。

懇談後もこの件について、検討し、要望書に反映していくことを確認しました。

また12月の一般質問でも、市議団として訴えていくことになるかと思います。

 

 

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