本日、衆議院が解散されました。
ちょうど役所の控室でTVを観ることができましたが、議場での万歳三唱には違和感を感じました。
消費税を10%に上げる際は「景気状況をみて」という、「景気弾力条項」を入れたのは公明党です。
当時の三党合意で、公明党の判断について批判もありましたが、もしあの時公明党が入って細部にわたり決めていなかったら、ぞっとします。
結局しわ寄せがくるのは庶民です。
10%消費増税と同時に、軽減税率導入を訴えているのも公明党だけです。
今地域を廻って様々な声をいただきます。
それらを真摯に受け止めつつ、丁寧に訴えながら歩かせていただいています。
年末の忙しい時に大変に申し訳なく思いますが、応援いただければと思います。
公明党は埼玉県で候補者をだしているのは比例区のみです。
前回3議席を奪還し、今回はなんとか死守したいところです。
前回20番目で当選したのが、公明党3人目の輿水恵一氏です。
輿水議員…今日はすでに前議員となるのでしょう。
私が受けた市民相談で、脳髄液減少症の方からの声があり、これは国会議員にも届けようと、公明党脳髄液減少症対策PTの事務局次長を務める輿水氏に伝えました。
すると数日後、秘書より、「是非声をお聴きしたいので伺いたい」と連絡がありました。
私は驚きました。
いち市民の声、そして地方議員からの報告に反応していただいたことに。
これはやはり、地域に根付いた市議会議員出身であるからこそできることで、このようなことができる国会議員は貴重だと思っています。
今回の選挙では当落上にいます。
動かない議員はいりません!
世間ではしらけムード漂う選挙でもありますが、重要な選挙であることは間違いありません。
どうか、冷静に見極めていただきたく思います。
さぁ!明日からもまた動きに動いていきます。
どうかよろしくお願い致します。
公明党代表 山口那津男
公明党はきょう11月17日、結党50年の大きな節目を迎えました。長きにわたり、公明党を支え、見守ってくださった党員、支持者、国民の皆さまに心より厚く御礼を申し上げます。
1964(昭和39)年11月17日、公明党は池田大作創価学会会長(当時)の発意により結成されました。
「日本の柱 公明党」「大衆福祉の公明党」―。大会会場の左右に大きくスローガンを掲げ、開かれた結成大会。「庶民の声を代弁する政党はないのか」という国民の期待を担い、庶民の中から誕生した公明党は、以来50年、福祉、教育、環境、平和などの分野で実績と信頼を積み重ね、国政の責任ある一翼を担う政党へと発展を遂げました。現在の公明党の躍動は、結成時の誓いをそのまま体現していると自負しています。
この50年で国政に登場した政党は60を超えます。そのほとんどが、さまざまな風雪に淘汰され、消えていきました。栄枯盛衰が常の政界で、公明党が風雪に耐え抜き、50年という年輪を刻むことができたのは、ひとえに党員、支持者の皆さまが、わが身を顧みず、ご支援してくださったからであり、感謝の念は尽きません。
また、党創立者が示された「大衆とともに語り、大衆とともに戦い、大衆の中に死んでいく」という不変の立党精神が、党の根幹に脈々と受け継がれてきたからこそ、公明党は存在価値を失わず、中道主義の政党として、右にも左にも偏しない日本政治の“座標軸”としての役割を果たし得ているのだと思います。
ネットワークこそ最大の財産
私は、この「大衆とともに」の立党精神に基づき、議員と党員、支持者が半世紀の時をかけ、地域の中に営々と築き上げたネットワークこそ、公明党の誇るべき最大の財産だと訴えたい。
地域の小さな声が、地方議会さらには国会に届き、政治に反映する。こうした役割、機能を果たすことができるのは公明党しかありません。このネットワークの力を最大限に生かし、民意をつかむ感度を高め、政策を磨き実行し続ける限り、公明党に行き詰まりはないと確信しています。
次の50年へ―。今再び、「中道主義」「人間主義」の旗を高く掲げ、次なる時代を築くのは、われわれ公明党であるとの自覚と決意を新たにし、前進を開始して参ります。
釜石市への視察に伴い、以前より交流のあった山崎長栄議員と連絡を取りました。
すると、山崎議員も視察で埼玉に行くとの事。。。
ちょうど入れ違いとなり、お会いすることができませんでした。
山崎長栄議員の釜石での実績は多く、震災後はより頼りになる存在でした。
津波を止めたと言って「命の道」と呼ばれ有名になっている、震災6日前に先行開通した釜石山田道路を推進した一人でもあります。
また、震災で亡くなられ弔慰金の給付では、親子関係でなければ出ていなかったことを、被災者の方からの声を国会議員に訴え、兄弟関係でも支給対象としたことなどなど、実績は多彩です。
また消防団としても、津波に呑まれる直前で回避し命が助かったことなど語り尽くせません。
山崎議員は自分が留守をするので、代わりに細田孝子議員に想いを託していただいたらしく、本当にありがたいです。
細田議員は、2日とも役所での視察終了後、私たちを案内してくださいました。
防災教育であった、中学生が小学生の手を取って避難した鵜住居地区。
小学1年生が全力で駆け上がるには相当大変だった思う坂でした。
また釜石湾にあった世界最大の堤防が跡形もなくなっている海。
沿岸部で18m盛土をしてから家を建てるという地区。
またいまだに規制がされており、家を建てられるのはあろ5年後だという地区。
高台から見た、何もない平地(写真)。ここは大槌町役場(写真中央白いフェンスのところ)があった場所で、震災前は家が多く立ち並ぶまちの中心部だったところ等々。
地元の人間でなければわからないことばかり。
確かに同じ公明党議員ではありますが、ここまで誠意を持って対応していただけるのは本当に感謝に堪えません。
現場をしっかり自分の目で見て、現場の生の声をしっかり聴かせていただいた、充実した視察となりました。
細田孝子議員には、この忙しい時に貴重な時間を割いていただき本当にありがとうございました。
公明党が誇る、「チーム3000」ネットワーク力を目の当たりにしました。
個人的には、議員力のアップとなりました。
これからも情報交換等をさせていただき、交流を図っていきたいと思っています。
岩手県釜石市役所にて、各担当課より説明を受けました。
1日目の昨日は、地域包括ケアシステムについてと在宅医療連携拠点事業について
釜石の人口は震災後落ち込み、現在は36000人程度になってしまっています。
地域包括支援センターは庁内に1ヶ所ですが、各地区に生活応援センターが8ヶ所あるといいます。
ここでは、介護保険内のことだけではなく、障がい者や子育て支援などの相談、つなぎをおこなっているとのこと。
ただ地域的に山間部が多く、市内でありながら人口の割合がまったく違うことが難しいところのようです。
どこも一緒だと思うのですが、地域包括ケアシステムを構築していくのは手座繰り状態のようです。
在宅医療連携拠点事業は、平成24年に厚生労働省委託モデル事業となり、
平成25、26年は岩手県補助事業の財源で、在宅医療介護連携促進事業として実施されています。
地域包括ケアシステムの構築で、医療と介護の連携と言うけれどなかなか出来ないことだと思っています。
しかしここでは、この事業を推進するセクションを「*チームかまいし」と命名し、また医師会の先生をアドバイザーとして派遣し展開しているとのこと。
チームかまいしの主要スタッフでは、毎日朝晩ミーティングを行い連携を密にしていると言っていました。
私が受けた印象では、この事業のアドバイザーである先生がキーパーソンになっていると強く感じました。
さまざま事業はありますが、やはり「人」=「人材」があるところは違うと改めて感じます。
リンクを貼った「チームかまいし」のブログに、市議団が訪問したことを載せていただけるそうで楽しみです。
釜石といえば、震災後「奇跡の釜石」という大見出しで有名になりましたが
地元ではその言葉に否定的です。
生存率99.8%は奇跡ではないからです!
残念ながら亡くなった方もいるなか喜べるわけがないし、またこの生存者を生んだのは奇跡ではなく、子どもたちが日頃真剣に取り組んだ教育から「想定外」を乗り越え得た結果であるということです。
この防災教育が始まったきっかけは、津波警報が鳴って子どもたちが逃げようと思っても、大人が「大丈夫だから早く寝ろ」と止める事態が発生したこと。
津波避難訓練を実施しても特定の人しか参加しない、等々。
この時から防災教育を実施し、約10年後に東日本大震災が発生しました。
発災時には、真っ先に高台へ避難する釜石東中学校の生徒、そしてその上にある鵜住居小学校の生徒の手を取り避難。
その姿を見た大人たちが、触発され一緒に、上へ上へと4段階に避難場所を変えて避難したと、生の声で説明をいただきました。
それでも亡くなってしまった方がいる…
だから「奇跡」ではなくあえていうならば「軌跡」であると。
家族を思い安否の行動が、被災者を増大させる要因につながることで、
「津波てんでんこ」
昔からの言い伝えから今は少し変わっていることもあり、授業として学んでいる。
命を守る「津波てんでんこ」授業
・それぞれの場所で、それぞれが確実に避難し
・そのことを信じて「自分自身が確実に避難する」こと
・そして、一度避難したら絶対に元に「戻らない」こと
これは家族の絆や信頼関係を構築しておかないと生かされないことです。
今日の説明では涙を流しながら聞いていました。。。
説明をしてくださった、危機管理課課長補佐は震災時は家も流され家族とも離れ離れになり、安否がわかったのは3日後、しかし行政の仕事は山ほどあり心配でも会うこともままならなかったと。
睡眠も1週間で1時間ほどではなかったかと。
避難所では、避難してきた場所が避難所にあるといった状態で、当時は全部把握しきれなかったと言っていました。
また行政が立ち上げた避難所ほど、避難してきた方はお客さん状態となり、苦情も多かったようです。
逆に自然に避難場所となったところは、コミュニティーもできていてみなさんが協力して成り立っていたと聞きました。
人間って…と言う感じでした。。。
今回は2日とも釜石市でお世話になりました。
やはり生の声は本当に勉強になります。
これらはそのまま朝霞市に活かせるわけではありませんが、人間的に成長させていただきました。
釜石市議会事務局、そして担当課のみなさん、忙しいところ本当にありがとうございました。
追伸…お土産に、釜石市の地酒「浜千鳥」を購入。
このラベルは、釜石祥雲支援学校高等部紙工班が作ったものとのことで、目に留まり思わず購入しました。
これから、公明党朝霞市議団で
岩手県釜石市まで視察に行ってきます。
そろそろ牡蠣が美味しい時期で。。。
って、観光ではありません!
しっかり学んできます。
本日は、地域包括ケアシステムの構築について、在宅医療連携拠点事業についてモデル地域にもなっていたこともあるので、期待したいと思っています。
明日は、防災教育について。
群馬大学大学院教授 広域首都圏防災研究センター長 片田敏孝教授で有名になったこともあり、現場での声を聴かせていただき、今後の対応についてヒントを探りたいと、ここも期待しています。
今回の市議団視察は、私が企画運営、そして添乗員もやらせていただくので、絶対無事故で終了できるよう祈念していきます。
詳細の内容については、追って投稿しますので、よろしくお願いします。
では、行ってまいります!
マイナンバー制度及び自治体クラウドに関する勉強会に参加しました。
これは公明党の全国地方議員を対象に、衆議院会館にて、主に総務省の各担当課より説明を受けました。
*社会保障・税番号制度の導入は、
複数の機関に存在する個人の情報を同一人の情報であるということの確認を行うための基盤であり、
社会保障・税制度の効率性・透明性を高め、
国民にとって利便性の高い公平・公正な社会を実現するためのインフラ(社会基盤)であるということ。
社会保障・税・災害対策の各分野で番号制度を導入することで
より正確な所得把握が可能となり、社会保障や税の給付と負担の公平性が図られる。
真に手を差し伸べるべき人を見つけることが可能となる。
今までできなかった(考えられなかった)政策を実現することができるようになる等々
マイナンバー(個人番号)については、平成27年10月より番号の通知が始まり、
平成28年1月から利用が開始されます。
たぶん知らないという方が多いのではないでしょうか。
まずは私達がしっかり理解する、ということでの勉強会でありました。
4時間みっちりで、頭がパンパン状態でしたが、また復習をして周知していきたいと思います。
しかし、内閣官房から直接説明を受ける場をいただけるというのはありがたく思います。
やはり、現場に密着している公明党地方議員だからこそできるのだと強く感じました。
みなさん大変にお疲れ様でした。
群馬県沼田市に、ふじみ野市の公明党市議会議員と一緒に行って来ました。
先日、ふじみ野市で開催された男女参画の講演で、内田病院の田中志子理事長の話を聴き今日に至りました。
*内田病院は医療法人「大誠会」グループのひとつで、他に、通所リハビリ、サービス付き高齢者住宅、認知症対応型グループホーム、特別養護老人ホーム、放課後等デイサービス等々、多角的に経営をされています。
地域に密着した医療、看護、介護、福祉を考えていけば必然なのかもしれませんが、なかなかここまではできないのではないでしょうか。
「地域のために、あなたのために」は、大誠会の理念でもあります。
私が注目したのは、認知症高齢者と障がい者支援についてです。
特養老人ホーム「くやはら」内に放課後デイがあり、夕方には健常児と障がい児が施設にやってきます。
ここでは日常的に認知症高齢者と子どもたちとの交流があります。
認知症高齢者にとって、障がいが有る無しに関わらず子どもは子どもなのです。
お互いに刺激があるといいます。
まさに目からウロコだと感じました。
また今後、障害者就労継続支援B型の施設を来年に開設するといいます。
現在でも、障がい者の就労を受け入れています。
私は理想だなと感じていますし、田中理事長の話を聴いたときにグサッと刺さり、すぐに見学に行かせてくださいとお願いしていました。
これらを行政主導でやるのは難しいと思いますが、行政がこのような捉え方をし、後押しできる仕組みが必要だと思い、ヒントがないかという思いで現場を見させていただきました。
今日は学ばせていただきましたので、訴えていきたいと思います。
内田病院の方も見学させていただきました。
ここでも細かいところまで工夫がされていました。
デザインや色使い、そしてエレベーターエントランスには学生が描いたイラストがあります。
これには、認知症患者さんが「家に帰りたい」との思いに、出口を意識させない効果もあるとか。
至る所に目が行き届いているなと感じました。
今日は、お忙しいところ受け入れ、案内ありがとうございました。
帰りはちょっと足を延ばして、お隣の昭和村へ紅葉を眺め、賑やかに楽しく無事故で帰って来ました。
他市の議員とこのように行動できるのも公明党ならではないでしょうか。
朝霞市と朝霞市社会福祉協議会の共催である
「ボランティアバス」で福島県南相馬市社協ボランティアセンターに到着すると
南相馬市社会福祉協議会 会長と常務そして
公明党南相馬市議の志賀稔宗(としむね)議員に迎えていただきました。
志賀としむね議員とは、こちらを出発する前から連絡を取らせていただいていました。
電話で優しい口調で、今回初めてお会いしましたが、やはり温和で優しい人柄が伝わってきました。
こうやって地方議員同士、すぐに連携が取れるのが公明党の最大の武器であるネットワーク力であると思います。
11月16日に、南相馬市議会選挙を控えているにも関わらず、現場で挨拶できたのは、本当に嬉しく思っています。
ありがとうございます!
志賀議員、がんばってください!!
来年春の統一地方選挙の
イメージポスターが発表されました。
キャッチコピーは「人が生きる、地方創生。」
地方創生は今後の重要課題の一つだが、経済再生や雇用創出など全ての施策は「人の幸せ」が目的であり、公明党の立脚点はこれからも揺るがない。
今回のキャッチコピーには、公明党が地方創生にどのような視点で取り組むかを明確に表現した。
記者会見で山口代表は、
今回のキャッチコピーは今月2日の参院代表質問でも使用したことに言及し、
「(地方創生は)何よりもその地域に住む『人』が生きる内容にならなければならない」と指摘。
公明党は国会議員、地方議員ともに現場主義に徹することがモットーであると述べ、
「生活する人、仕事をする人の実感を大事にしながら政策実現に努めてきた。
(公明党の現場主義は)『人』が生きる地方創生につながる。
統一選でも有権者にアピールするポイントだ」と強調した。






















