お子さんを小学校に通わせる保護者さんが、救命講習をやっていただきたいと、私の事を担任に紹介してくださり、担任を通して校長先生に伝えていただきました。
その上で「小学校長先生と話をしてほしい」とお声をいただき、今日訪問しました。
それとは別に考えていたことは、新年度で校長先生が変わったところもあり、そちらへも訪問し懇談させていただきました。
これまで授業として、救命講習と認知症サポーター講座を中学校と小学校で実施いただきました。
今年度もぜひ継続をお願いし、さらに新たな学校へ拡大をと、現場で訴えさせていただいているところです。
ただ話だけでは、あまりイメージがわかないと思い、救命講習については「あっぱくん」を。
認知症サポーター講座については、市内小中学校での開催事例の資料をファイルに製作し(介護の日フェスタで展示したもの)見ていただきました。
現場で担任の先生などの負担にならないようするとともに、授業コマ数も限られている中での工夫なども、事例をもとに紹介しました。
ともあれ、子どもたちに体験をもとに学んでいただきたいと願っています。
明日は中学校長先生と懇談の約束しています。
なんか保険か何かの営業マンのようですが(笑)
余談ですが、私はどちらかというと技術肌なので、これまで営業の経験はなく苦手と思っています…
でも、そんなことは言ってられないので、これからも地道ですが、粘り強く推進をしてまいります。
朝霞市障害福祉の担当課より連絡いただきました。
埼玉県がこのほど、市町村担当課を通し、今年夏頃から「ヘルプマーク」の配布を実施すると説明があったと。
先日も「ヘルプカード」について投稿しましたが、私も議会で訴えてきましたが、まだまだ認知されていないのが現状です。
ヘルプカード、ヘルプマークの普及、配布は、市町村での実施ではなく、やはり県で一斉に実施していただくことがいいと思いますし、やっとの対応という感もあります。
ただ配布すれば良し、というものではなく、活用する当事者より周りの人達への周知、理解が最も重要です。
朝霞市においては、いつから配布ができるかなど詳細はまだでておりませんが、ぜひ事前に周知啓発に力を入れていただきたいと強く要望するものです。
東京都で活用されているポスターやステッカー等、現在ある物を上手く活用できる仕組みをつくっていただきたいものです。
また現場においては、例えば、バスや電車などの優先席に「ヘルプマーク」のステッカーを貼っていただくとか、身近に感じていただけるような対応をお願いしたいです。
さらに、こういう心配はとても残念に思いますが、悪用されないようにも対策を考えていただきたいですね。
ともかく、実際に必要としている方からもお声をいただきました。
なるべく早めの配布を期待します。
どうぞよろしくお願いいたします。
関連記事、埼玉新聞より
http://www.saitama-np.co.jp/news/2018/04/05/10_.html
今日は南相馬市消防 防災センターを訪問。
ここは広域消防本部内に作られた施設で、今日は予約をしていた訳ではありませんが、担当の方が丁寧に説明をしてくださいました。
聴くと、地元の方は気持ち的にまだここに来れない方が多いと言っていましたが、東日本大震災のアーカイブとして、重要な施設であると感じました。
入口を入ると正面に、背の高い支柱があります。
これは当時の津波の高さを実感していただくためのモニュメントとのこと。
9mの高さの津波だったということで、場所によってはそれ以上のところもあったと思いますが、想像するだけで鳥肌が立ち、改めて自然の恐ろしさを感じます。
展示は地震発災から時系列に示されていて、とても見やすいと同時に、震度4クラスの地震の多さにも驚きます。
私は震災後、気仙沼や釜石、いわきといくつか見て来ましたが、やはり、忘れてはいけないし、未来にしっかり残さないといけないと痛感し、私自身のできることでは、発信し続けることが本当に大事であると思います。
その後は、国道6号線を南下し、小高区では海岸線を走りましたが、以前では津波被害に遭った建物や車など、未だにそのままでしたが、昨年7月に避難指示が解除になったことが大きいと思いますが、今日はきれいになっていました。
ただ、浪江、大熊、双葉では、原発の影響で、まちに生命力を感じなく、本当に胸が痛くなります。
少し足を延ばして、いわき市豊間地域も寄りましたが、建物の土台はきれいになくなり、その海岸線には盛り土がされ防風林の植樹もされていて、これからに向けた動きが見えました。
今回の視察は、個人的には福島県には何度も行っていますが、公明党朝霞市議団で来れたことに意義を感じます。
公明党は、被災者の方、最後のおひとりが復興できるまで「復興支援」の看板は下ろさないと言ってきています。
これからも、被災地の現場を見て、今の立場でできることをやっていきます。
ともあれ、今回の視察は無事故で帰宅したことをご報告いたします。
福島県南相馬市へ視察に、公明党朝霞市議団で行って来ました。
南相馬市と朝霞市とは、これまで災害ボランティアバス運行事業で4年間関わりを持たせていただいています。
この度、南相馬市災害復旧復興ボランティアセンターが今年度で閉鎖されるというので、今までの取り組みや今後について、南相馬市社会福祉協議会でお話を聴かせていただきました。
南相馬市社協の常務理事は、朝霞市に2回も来ていただき、講演を行っていただきました。
今回の視察は急なお願いでしたが、快く受け入れてくださり、本当に感謝申し上げます。
ボラセン閉鎖の背景としては、対象としていた福島第一原子力発電所から20km圏内である小高区が、避難指示解除準備区域の制限が平成28年7月に解除されたことで、これを機にひとつの区切りをつけようとのこと。
今後のニーズへの対応は、社協内の総合ボランティアセンターで受け付けていくと言います。
朝霞市ボランティアバス運行事業は、私が平成24年、25年と訴え続け、平成26年10月に実現したものです。
これまで4年間続けてきて、前述の南相馬市社協の状況を踏まえ、まだ決定ではありませんが、こちらも今年度までに…との状況です。
私としては来年度も継続していただきたいと思っていますが、今までと同じような活動とはならないと思っています。
そもそもボランティアバスは、単なる被災地へ人員の協力というものだけではなく、参加した方々は、被災地での作業を経験したことで、朝霞に戻って来た時に「我がまちで自分は何ができるか」との思いになって欲しい、そして地域福祉を強化推進する人材へとなっていただきたいとの想いがあり訴えてきました。
南相馬市社協さんからは、形が変わってもぜひお互いの関係を続け、協力いただけたら有り難いと言っていただきました。
社協さんには、今、地域福祉懇談会を開催している最中、時間を作っていただき本当にありがとうございました。
そのあとは、第一回の朝霞市ボランティアバス運行にも駆けつけてくださった、南相馬市議会議員の志賀稔宗副議長(公明党)に、大変お世話になり様々段取りをしていただきました。
小高区の市の災害公営住宅に移り住んだ方々との懇談もさせていただきました。
ここは平屋の戸建てタイプで20軒ほどの地域となっていて、これまで小高区に関わる方ではなく、住む方々は本当に様々な地域から来られた方ばかり。
新しいコミュニティを創り上げることが本当に難しいと。
志賀議員も深く関わり、ここの区長さんは自身の時間を惜しまず、みなさんのためにこれまで動いてきたことで、コミュニティを築き上げてこられたと。
お話の中では、普段の生活の足がない事が困っていると。
また一番深刻なのはやはり原発の問題。
保障については、被災者同士で僻みなど辛い思いもしたと。
見えない災害に不安で歯がゆさで希望が見えないと。
災害公営住宅の中にはどこも集会所が用意されているようですが、どこの地域でも活用されているとは限らないと。
でもこの地域では、様々悩みや不安はあるけれど、こもっていてはしょうがないと、以前畑をやっていた方や編み物が上手な方が先生となって、みなさんと一緒に活動をされて明るく生活しているのが伝わってきました。
今日みなさんと懇談し、私達がこの地域に直接何か支援できることはあまりありませんが、この様な状況をもっと発信していく事や、自分達の地域の防災計画の整備など、意識を高くしていくことがとても重要であると、改めて痛感しました。
明日は南相馬市原町から小高区、そして浪江町、双葉町へと国道6号線を南下し、視察していく予定です。
また報告させていただきます。
昨年、防災士の資格を取得するために受講した普通救命講習で、心肺蘇生のための胸骨圧迫やAEDの取り扱いなどの重要性を学びました。(昨年ブログ投稿)
平成29年第2回(6月)定例会で、小学校で救命講習の実施を強く訴えました。
その後も、心肺蘇生胸骨圧迫体験簡易キット「あっぱくん」を持ち、何人かの小学校校長先生と懇談もさせていただきました。
そんな中、来月、朝霞市内で初めてとなる、小学校の授業として救命講習が実施されます。
対象は6年生で、保健体育の時間を使い行われるとのことで、今日、校長先生と実施に至った経緯など懇談をさせていただきました。
詳細については、実施後にまた投稿させていただきます。
助かる命を助けるために、今後も拡大できるように動いてまいります。


























