令和7年度朝霞市自治会連合会自治会長研修会に参加しましたので、以下に報告いたします。
日程は、令和7年10月15日(水)から16日(木)の一泊2日。
テーマは「中越地震から学ぶ〜自治会にできる事とは?〜
自治会町内会会長が16名参加。
ちなみに、朝霞市内には56地域の自治会町内会があります。
一行には、松下市長はじめ地域づくり支援課職員3名も同行です。
1日目の研修は、長岡震災アーカイブセンター「きおくみらい」へ。
ここは、2004年10月23日17:56に発生した、新潟県中越大震災の記憶と教訓を後世に伝えるため、長岡と小千谷に整備された「中越メモリアル回廊」の中核施設として、2011年10月に開館されました。
はじめに、被災者本人が出演し、その方々の声を元に、発災時を振り返る動画を見せていただきました。
説明では、ネットや報道で知ることができない話を聞くことができました。
私自身、防災士として、現場に行って話を聞く事が一番大事と思っていますが、中越地震の被災現場にはこれまで来られていなかったので、今回はとてもありがたく思っています。
情報として目新しい事はありませんが、現場に行かなくては分からない事があり、大いに学ばせていただきました。
改めて、伝えていく事ことの大切さを実感しました。
中越地震での救援活動は、当時テレビでもリアルタイムで報道されていたことが記憶にあります。
土砂崩れで崩壊家屋の中から2歳の子が消防の「ハイパーレスキュー隊」に救出された事について、報道ヘリコプターの音で被災者が救援を求める声が確認できないことから「サイレントタイム」を実施したと。
すると、女性の救難の声を頼りに、瓦礫の中から2歳の子を見つけ救出。
その下には母親ともうひとりの子が居たが、残念なことに既に亡くなっていたと。
当時のレスキュー隊長は「あの女性の声はなんだったのか」と、報道では話せなかった事をお聞きしました。
避難所運営では、やはりトイレの設置で失敗だったと。
数十台の仮説トイレが数日で使用禁止になってしまった。
業者も被災し汲み取りができず、その対応策で総務省から非常トイレの黄色い袋と溶剤が大量に送られて来るも、女性からそれではトイレが出来ないとの声が多く、それ以降、食事、水分を減らす人が多くいて、そこが災害関連死の入口であったと。
中越地震での災害による直接死は10数名で、災害関連死は50名以上と。
やはりトイレ対策は、大重要課題です。
震災からまもなく、10月23日で21年。
今日説明いただい方は、震災も経験し、立ち上げからいる唯一の方。
伝承していく課題を痛感していると。
私達が、忘れないことがどれだけ震災応援となるか、改めて実感しました。
まとめとして、4つの備えをして欲しいとありました。
「物のそなえ」、「家のそなえ」、「避難のそなえ」、そして最後に、「コミュニケーションのそなえ」
まとめの動画で、避難所には行かず、農家のビニールハウスで地域の方々が寄り添い工夫しながら2週間過ごしたとありました。
避難者の声から、ここならば何ヶ月でも生活できるとの声。
地域のつながりから、ビニールハウス、お米、重機などなど、それぞれの方が持っている技術で支え合う事ができたからと。
まさに、日頃の地域のつながり、コミュニティが災害を支えたと言っていた事が一番印象に残りました。
東日本大震災でも、日頃から顔の見える関係が築けているところは、避難所運営もスムーズだったと実際の現場でお聞きしました。
「自治会にできること」
今日の視察での答えは「日頃からのコミュニティをつくること」ではないでしょうか。
町内会の行事などを通して、信頼を強め、個人情報ではあるけれど、お互いに共有し合う事で、災害時などに支え合う事ができるのではないでしょうか。
2日目の研修は、やまこし復興交流館「おらたる」へ。
ここも前日同様、中越地震で甚大な被害を受けた山古志地域の復興を目的とした施設になります。
「おらたる」とは、山古志地域の方言で「私たちの場所」と言う意味だそうです。
中越地震によって全村避難を余儀なくされた山古志が、復興に至るまでの軌跡を伝え、支えてくださった全国の人々への感謝を込めて設立された施設です。
地域に再生拠点、学びの場、そして地域交流の場として機能しています。
現地でガイドして頂いたのは、震災を経験し復興にも尽力され、今なお仕事をしながら有償ボランティアとして活動をされている方です。
山古志の地域は、数千年前は日本海のなかにあって、海中より隆起し水が引いてできた土地であると。
そのことから日本の中でも地滑りが起きやすい地域であるとのことです。
中越地震の震源地は山の中で、山間部である山古志のいたるところで地滑りが起き、道路もほぼ全域寸断され、集落をつなぐ道も絶たれ陸の孤島となってしまったと。
当時の村長が全村避難を決断。
道路が寸断されている為、ヘリコプターでの避難となったが、無我夢中で初めて乗るヘリであったが恐怖はなかったと。
ガイドさんは、震災を経験していることで、細かなところまで話していただき、やはり現場でなければ聞けない情報でした。
復興交流館での説明後、地滑りのあった場所へ実際に向かい、現地で説明を受けました。
3階建ての戸建てが、2階の屋根からしか見えていなく、地滑りで埋もれた状態を保存されています。
さらに地震でも崩壊しなかった、手掘りの中山隧道へ。
復興後、横に新たなトンネルを開通したが中山隧道は保存したと。
現在、国道から市道となっており、国からは崩壊の危険があるため通行止の対応となってしまい、入口付近のみ見学が可能になっています。
地元としては、中山隧道を観光資源としたいが残念であると。
震災で全村避難したことで、今まで住んでいた山古志の良いところに気づいたと。
雪深い地域であり、昨年も4m近い積雪となったが、ガイドさんを含め雪下ろし隊を組んでおり、雪下ろしは1人でやると苦しいけど、みんなでやると楽しいと。
震災の時も、みんなが一緒にいるから頑張れると過ごしたと。
今回の自治会長研修会で学んだ事は、日頃の地域コミュニティが災害時に限らず、支え合う力になるということ。
それは理念ではなく、実例を持って見させていただきました。
これは理解はするものの、現実はどうしていけばいいのか一番難しいところです。
さらに、現場へ足を運ぶ事の大切さ、改めて痛感しました。
今回の自治会長研修会に初めて参加させていただき、新参者なので、他の会長さんとの親睦もさせていただき良かったです。
このような機会をいただきありがとうございました。
以上、自治会連合会 自治会長研修会の報告をいたします。

