毎年開催される「青少年健全育成の集い」(主催は朝霞市・朝霞市青少年育成市民会議)
作文の発表では、市内小中学校から3307点の作品が集まり、そこから優秀作品に選ばれた15名の児童生徒と、朝霞高校、朝霞西高校の2名を含む、17名の作品が発表されました。
登壇した、彼らはみな堂々と、そして凛々しく発表していました。
彼らの視点は鋭く、学ぶところが多いと感じます。
私は毎年楽しみにしていて、全て聞き終えたときは、本当に清々しい気分になります。
内容は、自分の将来の夢や、高齢者と接することが好きで、将来介護職に就きたいと思い、今もボランティア活動を積極的にしていること。
そして、いじめについては、いじめられたことではなく、いじめに加わってしまったことについて。
自分の友達が、いじめているので、特に相手がどうというこもなく軽い気持ちで一緒にいじめていたことがあったと。
最初は面白かったけど、数日後「ぼくは何をやっているのだろう」と。
そう思った時、仲間にいじめをやめようと言って、いじめは終わったが、その時いじめていたことを悔いていると。
そのことを文字にし、登壇して発表することはとても勇気がいることと感じます。
いじめを美化するつもりは絶対ありませんし、いじめは、いじめられる人にも理由がある、などと言われる場合がありますが、それは、絶対違う、いじめは、いじめる側が100%悪いということ、ということも、別の子の作文でしたが、文中にありました。
発表の中に多かったと感じたのは、障害者に対する内容でした。
弟が障害を持っていることから、弟だけじゃなく障害を持っている人に対して「ぼくが助ける」と宣言した作文。
また、人間は皆平等な権利を持っていると訴える生徒。
小さいときは障害を持つ子と遊んでいても何も抵抗がなかった。
しかし、中学に入って、他の人と違うことがわかったけど、差別することはないし、差別をする人がいれば自分が注意をしていきたいと。
さらに、車いすを利用した彼は、脳性麻痺で障害があるけど、今は普通学級でみんなと一緒に学んでいると。
多くの人が障害がある自分のために支えてくれることは嬉しいと。
でも悲しいこともあると。
例えば、朝霞台駅から北朝霞駅に乗り換える時、エレベーターが無いため2回もエスカレーターを乗り継ぐため、健常者であれば3分とかからないことでも、自分は9分もかかり、一度は乗りたい電車に乗り遅れたこともあったと。
さらに悲しいこととで、自分の事を見る目が、何か卑しいものを見るような視線を感じると。
また幼い時に、小学校へ進学する時、ある専門職の方から「普通学級には入れないと思います」と言われ、なぜ、生きる希望を消すようなことをいうのか…と嘆いたこともあったと。
ぼくら障害者が世間に対して思うことは、差別をなくして欲しいと。
私が議会で、強い思いで訴えるもなかなか進まない支援政策と感じていますが、今日のように障害者当事者で、しかも小学生からの訴えはとても胸に刺さりました。
この作文を聴いて、朝霞市の福祉行政に携わる方々は、本当に真剣に取り組んでいただきたいと強く思いました。
議員の方々にも、忙しいとは思いますが、ぜひもっと多く出席いただきたいと感じます。
来年も楽しみにしていますので、今後も継続をお願いしたいと思います。
優秀作品の表彰を受け登壇されたみなさま、おめでとうございます、そして大変にお疲れ様でした。
受賞はされなかった多くの児童生徒さん達も、お疲れ様でした。
さらに、作品への取り組みを子どもたちと一緒に行ってきた学校や、作品の選定等に携わった青少年育成市民会議のみなさま大変にありがとうございました。

