九州大分県に到着し、そのまま別府市へ。
障害者就労支援の視察で、*社会福祉法人「太陽の家」を訪問。
約50年前、*中村裕博士が創設した施設です。
当時としては障害者は社会からは離され保護されるような時代。
そのなか保護の時代は終わった
「No Charity, but a Chance!」(保護より働く機会を!)
と訴えたところから始まったと。
今日に至るまでの沿革を述べたのならば、かなりの時間を要すると思います。
注目するのは、一般企業と太陽の家との合同出資による「福祉子会社」の設立だと思います。
現在では規制もありできないそうですが、工業系の業種だけではなく、銀行の窓口やIT関連さらに、スーパーのレジ係まで幅広い業種の企業とタイアップし、雇用の拡大に貢献しています。
中村博士の言葉「太陽の家の社員は 被護者ではなく労働者であり後援者は投資者である」と。
さらにさらに、その企業の敷地内には、一般就労だくではなく、就労支援B型をも併設しています。
スーパーでは、就労支援A型として運営され、レジや品物を受け取る台の高さが、普通ならばレジの高さに従業員が合わせるところを、障害を持つ従業員は様々な状況があることを配慮することから、レジ台の高さが変化します!
これは驚きで、従業員が合わせるのではなく、従業員に合わせるという姿勢は全く違うものです。
さらにこのスーパーは就労支援A型として運営していることに、重ねて驚きました。
そして、この太陽の家は、地域に根差した開かれていると。
これは施設の方が先にあり、そのあとにまちが形成されていったからでは、と伺いましたが、そんな簡単なもではないと思います。
これはやはり、先代の熱い熱い情熱が年月をかけて、地域を育てていったのではと考えます。
例えば、居酒屋さんやパチンコやさんにもバリアフリー対策がされ、太陽の家の中には温泉施設や先に述べたスーパーがあり、地域の方が日常的に活用し関わっているということも大きいのではと思います。
ともかく、敷地内の福祉子会社などを見学させていただくなか、驚きと感動で言葉が出ませんでした。
このようなところを見学させていただくと、これはここだからできたのだ…などと思ってしまうことがあります。
でも…そういうことではないということもわかっています。
私はここを見学するなかで、感心するばかりのなか、何かヒントはないかと、思いつつ今日の視察を終えました。
まずは、もう少し頭を整理して、また明日からの視察に向かいたいと思います。








