今日の聖教新聞に嬉しい記事が掲載されたので紹介いたします。
今年5月に、私も訪問した福島県楢葉町(5/14のブログ参照ください)
記事中、「今年の夏からみんなと協力して、竜田駅周辺に花を植え始めてね」とあるのは、ブログに書いてありますが、一緒に種まきをした方です。
この写真を見てまた来年行こうと思いました。
新聞より
本年を締めくくる創価家族の集いが、列島各地でにぎやかに行われた今月の座談会週間。
“この時”を格別の思いで迎えた地域が、みちのくにある。福島県の楢葉町。
東日本大震災による原発事故のため、全町避難指示が発令された町である。昨年9月5日午前0時をもって避難指示は解除されたものの、帰還した人の数は、今月2日現在の集計で405世帯737人。
震災前の2887世帯8011人と比べて、1割にすぎないのが実情だ。この楢葉町で実に5年10カ月ぶりに座談会が開催されると聞き、18日、会場へと向かった。
いわき市の中心部から、国道6号線を車で北上すること約40分。広野町を過ぎてしばらく走ると、ぱっと視界が大きく開け、左右に田園風景が広がった。
「美しく」「のどかな」と形容するのが、ふさわしいはずのその景色の中に、いや応なしに目に飛び込んでくるものがある。
除染した土や草木を入れる膨大な数の黒い袋(フレコンバッグ)だ。ここ楢葉町のほぼ全域が、福島第1原発から20キロ圏内に入っている。
脇道を抜け、住宅地に進むと、解体作業中の家や更地が目立ち始めた。
借地が多いために、町外に避難した人がこの機に家を壊し、土地を返すケースが少なくないという。
楢葉町を訪れる前に聞いた、原発事故によって故郷を追われた婦人部リーダーの言葉を思い出す。
「どんどん変わってゆく古里に、自分の心が付いていけずにいるんです」
座談会の会場は、一部区間が不通となっているJR常磐線の“仮の終着駅”竜田駅から程近い場所にあった。
楢葉支部の支部婦人部長、新妻節子さんの自宅である。
玄関の外では、夫の文明さん(地区幹事)が竹ぼうきを右に左にと、リズミカルに動かしている。
節子さんは会場の準備の手をいったん止め、ガラス窓越しに映る夫の姿に目を細めた。
「あの人、去年の7月に定年退職して以来、植木や庭の手入れにハマリだしたんですけど……。きょうは一段と力が入ってて」
その気持ちは誰よりも分かる。座談会の開催を呼び掛けたのは、ほかならぬ、節子さんだったから――。
楢葉町に帰町後、節子さんは、隣接する広野支部の座談会に参加してきた。
広野町も一時、避難指示が出されていた地域である。どこにあっても変わらぬ創価家族の温かさ。
そのぬくもりに、どれほど助けられたことか。
一方で、ふと思いにふけることも増えた。
「このままで、いいのかな……」と。
きっかけは、長年勤めてきた楢葉町の社会福祉協議会で、デイサービスの仕事を再開したことかもしれない。
帰還した高齢者たちがホッとした表情で、おしゃべりを楽しむ姿を見るたび、慣れ親しんだ古里で、勝手知ったる者同士が語り合う“場”の大切さを感じた。
と同時に、帰りたくても帰れない人たちを思った。
「ありのままの自分を出せず、つらい思いを抱えているかもしれない」同志たちのことを――。
続いて一人一言コーナーへ。
「皆さん、話したいこといっぱいあるでしょう」と促すと、皆が我も我もと語りだす。
避難指示解除後、真っ先に帰還した壮年の方は行政区長を務めている。
「今年の夏からみんなと協力して、竜田駅周辺に花を植え始めてね」。
ヒマワリから始まって、スイセン、チューリップ、さらに「楢葉町の花」であるヤマユリも。
「少しでも”復興の証し”を示したくて」と。

