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バックナンバー 2015年 7月 17日

平和安全法制が衆院を通過しました。

以下、公明党山口那津男代表の見解と、遠山清彦議員の討論、そして7月1日の参考人質疑での静岡県立大学特任教授、小川和久氏の発言を投稿します。

_1_wd_240公明党の山口那津男代表は16日午後、

国会内で記者団に対し、衆院本会議で平和安全法制の関連法案が可決され、衆院を通過したことについて、大要、次のような見解を述べた。

 

 

 

 

一、大きな混乱もなく、(衆院本会議で)可決できたことは大変に良かった。

残念ながら、一部の野党は本会議で討論を行ったものの、最終的な賛否を示す採決は退席し、態度を明らかにしなかった。

長い時間をかけて議論したのだから、結論を示すべきだ。参院でも、しっかり議論を重ね、政府・与党は引き続き、謙虚に真摯に分かりやすい議論を展開し、国民の理解を一層進めていく必要がある。

一、(安倍晋三首相が「国民の理解は進んでいない」との認識を示したことについて)その認識は共有している。

各党の考え方を国民に分かりやすく伝えるため、議論が散らないようテーマ別に行うなど、参院での質疑では工夫があってしかるべきだ。

一、(公明党が「平和の党」として平和安全法制の整備を進めてきたことに関して)

平和の党だからこそ、抑止力を高め、戦争を招かないような隙間のない体制を築き、そして外交に生かすことが大切だと思っている。国際社会の平和と安定に日本が貢献することも大切だ。

新しい法制に自衛隊を有効に生かす視点と、適切な歯止めをかける視点のバランスを取ることができたのは、公明党がPKO(国連平和維持活動)協力法の成立以来、約20年間、取り組んできたからだ。

 一、(参院送付から60日たっても議決されない場合、衆院で再可決できる「60日ルール」について)与党として使おうとは考えていない。参院が自主的に議論を行うことが極めて大事であり、良識を発揮する姿勢が与野党ともに問われている。

 

遠山清彦衆議院議員の討論

法案は、日本の安全と、国際社会の安全の2分野で構成されている。

国際社会の安全は日本の安全を築く大前提であり、国際貢献の拡大は欠かせない。

ただし、「自衛の措置」として自衛隊に認められる武力行使は日本の防衛に限る。

国際社会の安全のために活動する自衛隊には武力行使は一切認められない。

現に戦闘行為が行われている場所以外で、輸送や補給などの後方支援を実施するだけである。この考え方は政府の憲法解釈に基づいている。

 政府は、憲法9条の下で許容される「自衛の措置」は日本防衛に限られ、もっぱら他国防衛を目的とした集団的自衛権の行使、また、海外での武力行使は自国防衛を超えるため許されないとの憲法解釈を示してきた。

この解釈の下、日本は専守防衛を基本理念とし、今回の法案でも堅持されている。

 弾道ミサイルが瞬時に日本に着弾するかもしれない時代であれば、日本への直接の武力攻撃が発生していなくても、それと同様の深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな事態が起こる可能性はある。

 例えば、自衛隊と共同で弾道ミサイルの警戒監視に当たっている米艦が先に攻撃された場合、その米艦を守れないと警戒監視に穴が開き、日本への武力攻撃を阻止できなくなる。そこで法案は、いまだ日本への直接の武力攻撃がない段階であっても米艦を守れるようにした。あくまでも自国防衛のためである。

 法案は万が一にも恣意的な判断で憲法を超えた武力行使にならないように「自衛の措置」の新3要件を定め、厳格な歯止めとしている。

 これに対し、一部で行われている「他国防衛の集団的自衛権の行使を容認した違憲の法案」との一方的なレッテル貼りは、国民的な合意形成を阻害するものと言わざるを得ない。

レッテル貼りに終始していては国民の理解を深める議論にならない。

 

 衆院平和安全特委の参考人質疑

小川和久氏の意見陳述(要旨)

 

<憲法と閣議決定>

 日本の安全保障、平和主義に関する議論は憲法と国連憲章と日米安保条約を合わせ読み、その整合性の下に進められなければならない。

その視点から言うと、昨年7月1日の閣議決定も現在行われている(平和安全法制の)議論も憲法に反する部分はない

 なぜかと言えば、憲法は国連憲章のいずれの条文も否定していない。

また、憲法は日米安保条約のいずれの条文も否定していない。

条約を結ぶということは憲法に反していれば結べない。

その中でわれわれは、この集団的自衛権の議論というものを整理しなければならない立場だ。

 よく解釈改憲などという言い方があるが、昨年の閣議決定は解釈改憲という考え方から見てもほとんど抵触しないようなレベルのもので、過去、憲法解釈がドラスティックに変えられたのは昭和29年(1954年)12月、保安隊が自衛隊になる時だ。これはそれまでの吉田(茂)首相の見解とは全く異なるところで解釈が変えられた。これについても国民の過半数は許容範囲内にあるという受け止め方をしてこれを認めた。

そこから見れば昨年の閣議決定は、憲法解釈の変更には該当しないという考え方だ。

 日米同盟>

 集団的自衛権について日本的な議論を整理しようというのが私の立場。

(賛成、反対だけを聞かれるが)何のために賛成するか、反対するかという前提がない。

国家、国民の安全を図るための選択肢は、防衛力整備一つ取っても現実的なものは二つしかない。

片方を選べば集団的自衛権の行使は前提条件になる。

片方を選べば集団的自衛権なんて言葉を使わなくて済むようになる。

どちらなのかという話である。

 だから集団的自衛権という言葉なんか使いたくなければ同盟関係を解消すれば良い。

そして独自に防衛力を整備すれば良い。

 ただ、実務家の立場で言うと、いまのレベルの安全を独力で実現しようとすれば、(防衛費の大幅増など)やはり大変な負担に耐える覚悟が必要だ。

負担に耐える覚悟が国民にあるのか。

とにかく経済的な発展を追求するために日米同盟を使おうとしてきた。そうであればもう一つの選択肢、日米同盟を活用するのが良いし、これが現実的だと言いたい。

 その場合、同盟関係を選ぶというのは相互防衛が前提。

相互防衛というのは集団的自衛権の行使が前提条件になる。

個別的自衛権は自分の国の安全を自分の国の軍隊で守る権利。集団的自衛権は自分の国の安全を同盟国などの軍事力で守る権利。いずれも自分の国の安全が先だ。

 戦争への歯止め>

 (平和安全法制論議の中で)他衛だとか、他の国の戦争だと言っているが、自分の国の安全なくして他の国の戦争に手を貸すなんてあり得ない。

日本の軍事力はドイツと同じで自立できない構造だ。戦力投射能力(敵を壊滅させる能力)は逆立ちしても出てこない。外国を軍事力で席巻しようとしてもできない。

 そういう中で歯止めの問題が常にされているが、大枠の話をすると、歯止めと言えるのは国連憲章であり、集団的自衛権であり、自衛隊の戦力投射能力なき軍事力、これらが全部歯止めだ

国連憲章にはその精神と齟齬(そご)をきたす行動を米軍がとるときにはそれを抑制させる機能がある。それから海を渡って外国を軍事力で席巻することのできない構造の自衛隊。

これも歯止めになる。

 だから後方支援が(自衛隊による海外での武力行使になるなど)いろいろ議論になるが、(自衛隊に)できること、できないことがあって、できないことの方が圧倒的に多い

軍事組織としては。それも歯止めの一つであることを認識してほしい。

 

 

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