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バックナンバー 2013年 5月

大宮ソニックシティで開催された

乳がん市民フォーラムinさいたま へ参加して来ました。

日本における、乳がん発生数は増加の一途をたどっているそうです。

一方、あらゆるマスメディアからの情報があふれている状況のなか、このフォーラムは乳がんの患者さんや家族の方々のみならず、健常な人たちに正しい最新の情報を提供し、乳がんについて考えてもらいたいということで企画され、今回で12回になるといいます。

私も親戚に、乳がんで奥さんを亡くした方がいます。

闘病中、確か合併症かで体調が急変して亡くなられました。

いい機会なので、きちんと理解したいと思い、参加しました。

講演の内容は以下の通りです。

・最新の乳がん診断 君塚 圭(春日部私立病院外科 部長)

・最新の外科治療 櫻井 孝志(埼玉社会保険病院外科 部長)

・最新の薬物治療法 永井 成勲(埼玉県立がんセンター乳腺腫瘍内科 副部長)

・乳がんの心のケア 大西 秀樹(埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍化 教授)

・病理情報で決める最新の乳がん治療 黒住 昌史(埼玉県立がんセンター病理診断科 部長)

・キレイは生きる力になる 山崎多賀子(美容ジャーナリスト)

以上。

講師は錚々たる先生方。なのに入場無料です。なかなかないと思います。

講演を聞いて、難しい内容もありましたがとても解り易かったです。

なによりも早期発見が重要。死に至ることがなくなり、社会復帰もできる。

そして治療においては、様々な方法があることを今日は知りました。

女性としては、美容ジャーナリストの山崎さんの講演が一番興味深かったのではないでしょうか。

がんと宣告され、病気への恐怖、社会からの疎外感。

現実を受け入れ、病気と向き合っていくために自分に出来ることはないか

治療中も体調がいい時は「普通の人」に戻って暮らしたいと。

ウィッグを買い化粧をして、元気を取り戻した体験を語っていただきました。

今日はとても勉強になり、参加して良かったと思っています。

何においてもそうですが、正しく理解する、ということがどれはど大事なのかということも改めて感じました。

またこれも今後の活動に活かしていきます。

夏の参院選埼玉選挙区候補

矢倉かつお氏の時局講演会が新座市市民会館で開催されました。

ここは震災で被害に遭い、耐震工事を終え今月リニューアルオープンしたばかりです。

改修工事は約15億円かかったそうです。

私は役員でしたが、時局講演会では初めて屋内に着任しました。

印象的だったのは

参加されたみなさんが、入場されたときと退場するときの顔つきが違っていたことでした。

ほとんどのみなさんが、笑顔で帰られていました。

役員で着いている私達も本当に嬉しかったですね。

矢倉さん!ゴールはもう直前!

最後まで共に走り切りましょう!

本日視察最終日、郡山市役所と隣接する「ニコニコこども館」を視察し、震災後にオープンした東北最大の屋内遊び場

ペップキッズこおりやま」を視察しました。

この施設は民間企業の多大な協力無しには、存在しない施設です。

郡山市では震災前から、高齢者支援以上に子育て支援に力を入れてきたとのことです。

それは市の状況が、交通の便が良く福島県の中心部との位置づけもあり、転勤族が多く隣人を知らない、子育ての相談をどこにすれば…との背景があったとのことです。

ニコニコ子ども館では、屋内の遊び場がありスペースも十分で、妊娠時から乳児、幼児、児童、学童とすべてこの施設で対応できDV等の女性相談業務もあります。

 

         

ペップキッズこおりやま

震災後、放射能問題があり、皆さんもご存じのとおり、子ども達は屋外で遊ぶことができなくなりました。

そんな折、子ども達に屋内での遊び場をと。

小児科の菊池医師を中心とした若きプロジェクトメンバーが催した、屋内遊び場「夏のキッズフェスタ」を3日間開催。

そこへは3500人もの子どもが押し寄せ大盛況。

その活動にヨークベニマルの大高社長は、「私の心を揺さぶった」と。

創業の心である『地域のお役に立つ』ことはできないかと、福島県の新卒高校生の採用枠を増やしたりなど

また親会社会長に熱い思いを語り、グループとしての全面支援を取り付けたとのこと。

郡山市へ土地、建物を無償貸与する協定を結び、同時に屋内遊び場の遊具一式、総額1億6千万円の寄付をし、この素晴らしい施設が完成したと聞き、本当に感動しました。

私はこれが本当の人間の心だと、強く感じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実際に現場を見たら、本当に素晴らしいの一言。

ここには市外、県外関わらず、無料で利用ができます。

施設内のジュースの自動販売も格安で提供されていました。これも民間企業の協力

あとはキッチン体験もでき、ここでは300円の料金はかかりますが、楽しさが想像できます。

遊具は大人でもわくわくするし、砂場もあります。

直線25mもあるかっけこのコースもあります。

 

1日1000人の利用があり、90分入れ替え制で1回150組の利用があるそうです。

運営資金は年間7000万円。

しかし市からの持ち出しはゼロ。国からの支援金が3分2で残りは寄付金によるそうです。

郡山市は放射能の問題は本当に切実です。

県外に自主避難されている方も多くいます。

残るのか、県外か、どちらの選択をしても辛いです。

ただ、おっしゃっていたのは、風評被害が一番辛いと。

ここにいるみなさんは、明るく生活していました。

私達も自身の目で見て、正確な情報をしっかり伝えていかなくてはと、改めて感じました。

 

今回の福島県への視察、全行程無事故で終了することができました。

同行したなかには、初めて被災地を訪れたという方もいました。

私は福島県には、また何度でも足を運ぼうと決意をしました。

そしてこの視察で得たことを、今後の活動に必ず活かしていきます。

また、情報を発信し続けて参ります。

 

今回、視察地で丁寧な対応してくださった事務局そして関係団体の方々、貴重なお時間を割いていただき本当にありがとうございました。

 

今日もいわき市での視察です。

震災時の障がい者への対応について、わくわくネットいわき理事長より説明を受けます。

あたりまえの生活を、地域の中で」をモットーに、障がいのある方と、その家族の生活を支えるサービスを担う民間の福祉事業所を立ち上げられました。

願っていれば叶うと、大変な思いをされながらも情熱を持ってここまで活動されてきたと言っていました。

震災10日後には、障がい者向けの避難所として開設されました。

発災時、指示できる人、リーダーとなる人がいないとダメだと言うことが実感できたと。

隣接する養護学校を利用させてもらうにあたり、日頃からのネットワークが大事であった等々。

また一時避難所で、多動障がい児の子でも、パーテーションのような仕切りがあれば障がい者もいることができたなど、現実に体験した生の声は本当に貴重であるし、勉強になりました。

 

今日は、震災時保育園にお子さんを預けていたお母さんから、当時の生々しい状況を聞かせていただいた。

当日は子どもを迎えに行ったが、園が津波の被害に遭い、そこまでたどりつけず会うことができなかったと

翌日園の子ども達に被害はなく会うことはできたが、園がなくなり子どもを預けることができなくなり、行政からの案内もなく困り果て、毎日泣いてばかりいたといっていましたが、今日は辛い思い出にも関わらずしっかりお話ししてくださいました。

本当にありがたいです。

最後にいわきの復興支援に奔走している、NPO法人いわき自立生活センター理事長から、様々お話をいただきました。

行政として、また議会人として考えさせられることが多かったです。

私達ができる復興支援とは何か、もう一度改めて考えさせられました。

 次に隣りにある

ゆいまーる・ふたば」を視察しました。

ここは、東日本大震災等により被災した、発達障がい児(者)の個々のニーズに応じた援助を行い、安心して生活をするための支援をすることを目的とした施設です。

国からの発令で県の事業で、県内2ヶ所と言っていましたが、あまり取り上げられることもないが、大事な場だと強く感じるしもっと多くあればとも思いました。大学の研修生も来ていました。

 

午後は、被災場所を視察しました。

久ノ浜沿岸

浜風商店街は小学校の敷地にあります。今日は運動会の練習をしていました。

おばちゃん達(写真)も、子どもらの声を聞くと元気がでるよって言っていました。

「私らも仮設住宅から通ってんだよ」

「元気でやってるよ」

みると、少し涙をながしながら笑っていました。

「また来ますね!」と交わし、あとにしました。

この商店街で日本酒の「又兵衛」を購入しようと思っていましたが、休みでした…。

浜風笑店街」の缶バッチを買いました。

 

 

課題、問題はたくさんあります。

でもそのなかでも生活はしなくてはなりません。

被災していない私達がまずできること、ここに来ることです!

観光で結構、本当に見て欲しいです。

私はまた来ます。

 

今日から私の所属する民生常任委員会で、福島県に視察へ行って来ます。

ところが出だしからハプニングが…。

山手線に乗って上野駅に向かうが、電車が停止ししばらく動かないとアナウンス(後からわかったが、人身事故らしい)

タクシーに乗り換えるにも、予定の特急に間に合わなく、1本遅らせることとなりました。

あとの行程には影響はありませんが、こういうこともあるんですね。

 

本日の視察の内容

いわき市社会福祉協議会にて、震災発災時よりボランティアセンター立ち上げに至る経緯と今までの活動をお聞きします。

それと、市の福祉部障がい福祉課より、障がい者の避難所での対応を聞かせていただきました。

 

地域を廻っていて、障がいのお子さんを持つ方から、「私達は避難所へは行けないでしょ」と言われたことがあります。

現実どうだったのか、生の声を聞きたかったんです。

当時避難所はどこも満杯状態、それでも別にスペースを確保できるところ、体育館の倉庫や保健室など用意できるところは確保したそうです。

やはり周りからのクレームの声でいられなくなり、車のなかで過ごしたかたなどいて、これからの課題となっているようです。

明日も別に障がい者の方への対応はお聞きします。

社協では、会長にお会いしました。当時は常務理事で実質リーダーとなった女性の方です。

センター長が言うにはこの方がいなかったらば、ボランティアセンターは成り立たなかったと。

当時は原発の問題があり、ボランティアセンターの立ち上げも遅れ、また立ち上げたその日、

常務より、「明日より職員は自由出勤とします。ただ私は最後の一人となってもここに残ります」との言葉があったと。

センター長とは2度目の再会です。

前回は2月末に支援者の方といわきを訪問した際、お会いし懇談させていただきました。

今日もほぼ同じ話しでしたし、私も同じ質問をしました。

それは同僚議員に聞いてもらいたいと、前回来た時から思っていたので、本当に良かったです。

センター長は前回と同様、熱く語っていただきました。

このような方が、いたら中の雰囲気は全然変わるだろうと思いましたし、そこへあの会長の存在は大きいと強く感じました。

やはり「人」で決まると改めて感じました。

明日は被災した場所にも視察へ行く予定です。

センター長から、事実は事実として、それ以上のことの情報は発信しないで欲しいと言われていました。

厳しい現実は確かにあります、しかしここで頑張っている方たちは暗く落ち込んでいる訳ではないです。

ボランティアも被災された方の所へ行き、楽しく活動し、被災された方も明るくなる。

少し言葉がたりないかもしれませんが、とにかく前を向いている。

私ができること、震災を忘れないことは勿論、情報を発信続けること、そして何度も足を運ぶこと。

またセンター長と会長にお会いしたい…。

本日は貴重な時間を作っていただき、また丁寧な対応ありがとうございました。

 

 

 

子ども(長男)がこの春、新聞社に入社し、つい先日研修で東北の被災地を何ヶ所か廻って来ました。

そこで、ひまわりの種をいただいてきました。

それは(下記参照)、津波で被害に遭った石巻、あの「がんばろう!石巻」の看板が震災後建てられた場所に、ひまわりが咲き、その種を採取し咲続いた三世の種ということです。だから、ど根性ひまわり。

その種は、全国各地に広がっているようです。

我が家にもその2粒の種が…。

うれしいです。

さっそく鉢に植えました。

大事に育て、4世の種をたくさん採ることができたら、できるだけ多くのみなさんに分けて差し上げたいです。

希望の「ど根性ひまわり」として、そこからまた、元気のパワーを降り注げると確信します。

私はこれからも、復興への情報を発信し続けます。

 

がんばろう!石巻の会 会報誌創刊号より

ど根性ひまわりは、がんばろう石巻の大看板が立つ、震災前お店だった基礎からひまわりが伸び始め開花しました。

このひまわりは、津波によりどこからか流されてきた種が流れ着き、津波にも塩害にも負けず開花したものです。

花が散り種の収穫もできましたが、身の入った種は三分の一ほどしかなく初めは取れないのではと、心配しました。 

しかし翌年見事に二世のひまわりも発芽し命をつなぐことが出来ました。

二世の種は、知り合いや友人にも贈り、北海道から九州まで各地で希望の花を咲かせることが出来ました。

リンク⇒ http://soldier.ic-blog.jp/kurosawa/2012/06/post-2f38.html

この度、朝霞市商工会政治連盟様より、

今夏予定の参院選埼玉選挙区、公明党公認候補

矢倉かつお氏推薦し支援していただけることが決まりました。

商工会会長へは、地元議員として度々ご挨拶させていただいておりましたが、推薦をいただいたあとにはまだ訪問できていなかったので、本日伺いました。

会長は、矢倉かつお氏の推薦にあたっては快く承諾くださっており、公明党に対しても応援をしてくださいました。

今日も、憲法改正や靖国参拝の件など、しばし懇談させていただきました。

この度は、心強い支援となります。本当にありがとうございました。

朝霞市産業文化センターにて

家族理解ワークショップに参加しました。

講師は「団 士郎」さんです。

なんだろう?と思う方もいるでしょう。

これは、対人援助職のための家族マネージメントプログラムといっています。

 

リンク⇒ http://www.asoblock.net/works/will/lw_hp/lw_what.html

受講は有料で6時間でしたが、時間が短いなと感じるほどでした。

午前は、問題を抱える当事者への援助、問題解決への道筋のひとつ、として講義を受けました。

援助する側、有効な助言の中味に専門は必須ではない

当事者の解決への願い、小さな行動変化が必要など。

また援助側が、相手のことを知りすぎない方が良いアドバイスができることとも。

なるほど…私も経験があり、これを言っても今の状態ではできないだろうと思ってしまったことがある。

しかし、それでは解決に向かって何も変わっていないということ。

第三者だからこそ見えることもあり、当事者にとっては「そんなこと」と思うことでも言ってあげることが重要だと。

そのことにより、当事者の行動に変化を起こすと。

しかしながら、人の行動は頑固で、たいがい人のアドバイスは聞かないもの。

結局は、なにをするか、しないかは本人が決めることであると。

しかし、当事者が解決したいと思っていれば、行動に移せる、またその本質を見極めることが大事だとわかりました。

午後は、相談者からの問題だけにターゲットを向けないで、その背景、事実をいかに聞き出すか、またここでも何が問題なのかと本質を見極める、そのためにも当事者だけの情報ではなく、取り巻く家族の情報をスムーズに聞いていく方法を講義があり、そのあとは、グループに分かれディスカッションをしました。

そこでは、相談者、面接者、それを観察する人に順番でなって実際に面接をしていきました。

私も市民相談をお受けするときなど、とても役に立つことばかりで、これからは相談者の方に安心してお話をしていただけるかなと思います。

ここまで記述してもたぶんわからないかと思いますが、

このような講座だと、問題を分析したり、それを社会(世間)に照らしたり、話しのテクニックを講義したりといったものも多いと思いますが

団さんは、当事者が問題としている事は、特に重要ではないと、むしろ、その方の置かれている環境はどうなのか、家族との関わりはどうなのか。

その自身の凝り固まった思いに、ひとつ石を投げてあげる。

問題が解決した時には、当事者が自ら決めて行動してきた形になる。

それが当事者も思ってもみなかったことが起きる、「」が良かったと思うこともある。

援助者は、その「」を導いてあげるために、当事者の周りを耕してあげること、それがひとつではなく多面的に

先に述べましたが、こちらが何かやってあげたという印象ではなく、自身が決めたと思うようです。

今回初めて受講して、話しの内容はわかりましたが、これを実践でというのはなかなか簡単にはいかないので、次回11月にもあるようなので、また参加してみたいと思っています。

今回の参加者は20名で、ほとんどの方が介護関係の仕事をしています。

このような場でいろんな方と知り合うことができ、本当に感謝ですし、これを機に交流できたら嬉しいと思っています。

このたびお誘いいただいた、「ケアプランわかば」の袴田さんありがとうございました。

今日は一日、さいたま市を廻りました。

走行距離にして、約80kmくらいだったでしょうか(道に迷ったのだろうという声もありますが…)

途中、長沼たけし選挙事務所にも立ち寄りました。

公明党の為書も入口入って正面に貼ってありましたね。

昔、地区の80歳になる壮年の方とよくいろんなところへ行きました。

今は年齢的なものもあるので、今回はその方の友人宅ですが、私一人で訪問させていただきました。

今日は雨だったせいか、私の友人宅含め訪問したみなさんに会うことができました。

壮年の方と当時廻った時には、好きなラーメンを食べわいわい言いながら廻ったことを、思い出しました。

このように、みなさんが手弁当で一軒一軒廻り票になっていることを候補は忘れないで欲しいと思います。

岩手県釜石市より、埼玉交流に来ていただきました。

地元地区の壮年のお兄さんの山崎長栄市議会議員です。

 

震災後度々公明新聞に掲載されていて、地区の壮年、山崎さんからも話を聞いていたので、来ることを連絡いただいて、今日お会いできてとても嬉しいです。

 

山崎市議は震災で自宅を流され、親戚も22人亡くされ自身が被災されました。

震災後市議会の改選があり、本来なら定年する予定でしたが、このときだからと押され出馬され見事当選されました。

しかし、厳しい闘いだったと当時のことを話してくれました。

震災前、釜石市の人口は約9万人、それが震災後は4万人以下に。

以前は公明議員は2人、震災後の改選でも2人でたそうです。

そして2人共当選!

それはなぜできたか。 それは、山崎市議のように被災者であっても、仮設を丁寧に廻りみなさんの声を聞き、それを国へ繋いでいった。

これができたのは公明党だけです

その証に、弔慰金の支給対象は親子だけだったものを、相談を受けた声のなかに、兄弟で暮らし生計を支えていたのは弟さん、しかし津波で亡くなられ、弔慰金を申請したところ、支給対象ではないと。

それはおかしいと、国会議員に制度改正を強く迫り、再三の訴えに、支給対象が兄弟までに拡大できたというものです。

(書籍「人間の復興」へ、P205掲載)

また、当時消防団副団長を務める山崎市議。

今思うと、一瞬一瞬の判断が今こうして生かされていると思う、と。

これは使命があるからだと言っていました。

今は数年先のことがどうだとは考えられなくなった、今懸命に生きようと思うとも。

山崎市議から発せられる言葉には重く、決意使命が感じられました。

今日初めてお会いしたのに、そんな気は全くせず、本当に嬉しかったです。

今度はこちらから釜石に行きます!と約束しました。

この後と明日、また埼玉の友人に会うそうです。

東北は燃えているよ!「矢倉かつお」は東北が絶対勝たせる!と断言していました。

本当に、本当に、感謝です。

くれぐれも無事故で、と祈念致します。

追伸、写真で私の顔が赤いのは、酔っている訳ではありません、御輿と地区廻りですでに日焼けしているのです。ちなみに…。

 

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